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怪我人たちの静かならざる日常3

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「いません。見合いの話はよく来ますが、そのような時間が持てず、断っています」
「へえ、見合い、来るんだ」
「公務員は多いですよ。わたしは両親も親族も公務員が多いのですが、皆見合いや紹介です」
「俺、一度もないよ」
「友利さんが亡くなった奥さんを今でも想っていることは皆知っていますから」
「俺の机に飾ってるカミさんと息子の写真のこと? ははは、美人だろ」
「わたしの考える美人とは異なりますが」
「大変素直でよろしい」

 桐生さんのいう通り、カミさんは美人ではなかったが、笑顔が可愛い女だった。
 偽りのない回答は気分がいい。

「ですが、ずっと申し訳なく思っています」
「何が?」
「亡くなる前……わたしの教え方が悪かったために、友利さんはパソコンの操作を覚えるのに時間がかかってしまいました。残業も多かったではありませんか」
「あー……あれな」

 ここは素直に正直にいうべきだろうか。わざと分からないふりして押し付けていたんだよなあ……。

「わたしに人材教育に関する、より高いスキルがあれば、友利さんは残業などすることはなかったと思いますし、精神的に余裕も持てたことでしょう」
「まあ、それはほら……俺も新人だったし。仕方ないって。桐生さんだって初めて教える立場になったわけだしさ」

 私は後ろめたい気持ちからいったのだが、桐生さんは首を振った。

「友利さんの家族が救急車で運ばれたと知った時、友利さんが仕事を優先するのを当然と思ってしまいました。業務時間中は業務に集中すべきと考えていましたから」
「ああ」

 それについては苦笑いするほかない。そんなひどいことが起きると思っていなかった私も似たようなものだ。

「友利さんは、結城事務局長と良く似ています」
「は? どのへんが?」
「結城事務局長も、若い時に奥さんが亡くなっているそうです。県内に医療機関が少なかったために……搬送中の救急車の中で亡くなったらしいと、絹井先生が話してくださいました」
「そうなんだ」

 だとすれば、結城事務局長が医療センターの立ち上げに必死になったのもわかるし、頷ける。
 私も妻が存命だったら「医療センター30年の歩み」なんて本は決して読まなかっただろう。ただの正義感だけで赤の他人ために動くには限界がある。
 子供向け番組のヒーローだって、正義感で動いていたわけじゃない。

「ここに配属された時、課長から言われました。わたしは人付き合いが下手だから、友利さんから学ぶようにと」
「はあ? いつ言われたんだよ、そんなこと」

 なんだそれは。初耳だ。
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