幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

文字の大きさ
35 / 72

怪我人たちの静かならざる日常2

しおりを挟む
 完璧超人な桐生さんにも苦手なことはいろいろあるらしい。
 私は中庭に面したカウンター席で、中庭で日向ぼっこをしているクロネコを眺めた。
 平和だ。
 とてもあんな大捕物があったとは思えないほど、いつも通りだ。
 互いが包帯に巻かれているのが目に入らなければ、あんな騒ぎはなかったのではないかと思ってしまうほどだ。
 桐生さんは肩で、私は頭だ。
 頭を殴られ、私は脳震盪を起こして意識を失った。
 血も出ていたが、MRIとCTとレントゲンの検査の結果、異常はなく、すっかり元気だ。
 ちなみに、肩の骨にヒビが入ってしまった桐生さんは、実は私よりも重症だ。
 どうやらカートの接触事故を防ぐ時にラックにぶつけて小さなヒビが入っていたところを、元気な爺さんを抑えるのに無茶をして悪化したということらしい。
 いやあ、あの爺さん、どんだけ元気だったのだろうか。
 それにしても、あの元気すぎるふるまいが、実は症状の一つだと聞いた時は、驚いた。病気になれば弱る、元気がなくなるものだと思っていたのだが、中にはその逆に見える言動をする患者もいるらしい。

「レビーってさ。怖いんだな」
「来週には院内向けに認知症講演会をするそうです」
「マジか。まあ、今回は俺らだったからよかったけど、女性スタッフじゃとても太刀打ちできねえだろ。知ってることは大事だよな」

 私がつぶやくと、桐生さんは頷いた。
 あの爺さんは、神経内科の患者でレビー小体型認知症だった。
 近年、社会問題になりつつ「怒れる年寄り」はひょっとすると、病が作り出した怪獣なのかもしれない。
 レビー小体型認知症は、症状の一つに反社会的行動が挙げられるそうだ。もちろん、すべての患者がそうなるわけではないだろうし、程度も異なるだろう。
 当事者である私たちはこうして療養に努めているわけだが、お偉方は毎日のように会議でいそがしい。
 とにかく大人しくしていろと、二人揃って朝ラン出勤を禁止されてしまった。
 完治したころには太っていそうで心配だ。筋肉も落ちていそうだし、何もすることがないときはそわそわしてしまう。
 おかげでこの土日は余計なことばかり考えてしまった。

「なあなあ、桐生さんってさ、俺のカミさんと息子、会ったことあったっけ」

 海老クリームパスタをくるくると巻き取りながら、できる限りさりげなく問いかけた。
 土日、チキンブイヨンを作りながら私はずっと、そればかりを考えていた。
 殴られ、意識を失う直前、カウンター下の薄い板の向こう側で、桐生さんが言っていたことが気になって仕方がなかったのだ。

――亡くなった奥さんと息子さんに顔向けができないっ!!

 桐生さんはものすごく怒っていたし、必死だった。
 あんなに感情的に声を荒げている桐生さんを見たことがなかった。

「いえ、面識はありません。失礼ながら、友利さんがご結婚されていたことも――あの時初めて知ったので」
「え、マジで。言ったことなかったっけか」
「ありませんでした」

 結婚してる、子供がいる、最初の頃は桐生さんが苦手だったとはいえ、そんな話すらしていなかったのか。
 何かと桐生さんのせいにしていたが、私にも相当問題があった。
 変わらず接し続けてくれている桐生さんには頭が上がらない。

「じゃあ、カミさんと息子が事故ったって連絡来た時、ビビっただろ。ま、俺の同級生もほとんど独身だしな。桐生さんも、まだそういうの、意識してない感じ? 実は彼女がいたりとか……って、こういうのってセクハラだっていうなら答えなくていいけど」
「通常、仕事でする話題としてはセクハラに該当する可能性があり不適切ですが、今、わたしに関しては不快ではないのでセクハラには該当しません」
「そりゃ良かった。で、いるの?」
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...