青い少年は最初で最後の恋を知る

にわ冬莉

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気持ちをこめて

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 気を取り直して、私は台本を開いた。
「えっと、どこ練習したいとかあるの?」

 落ち着かない雰囲気を何とか払拭すべく、きびきびと話を進める。とにかくタケルの棒読みっぷりは規格外だし想定外だ。何でも器用にこなすタイプだと思ったのだが、あそこまで棒読みだとは……。

「さっき牧野さんに言われたのは、とにかく最後のシーンだけはちゃんとやろう、ってことだったけど」

 ああ、と思う。

 最後のシーンは、悪徳令嬢アリアナがジュリエットに毒を盛るのだ。それを口にしたジュリエットが倒れる。アリアナはその場で処刑され、ロミオがジュリエットを抱き起こす。愛の告白をして、ジュリエットにキスをすると、ジュリエットは愛の力で蘇り、ハッピーエンド、というご都合主義な終わり方。

「あそこか……、」
「有野さん、なんかアドバイスとかない?」
「アドバイスって言われても…、そうだなぁ、言えばいいんじゃないかな?」
 役者がよく言っている。その役の気持ちになって台詞を喋るんだ、と。
「気持ちを込めて、か」
 タケルが台本を見ながら何かを考え込むように押し黙った。
「とりあえずやってみる?」
「うん」

 タケルは一瞬目を閉じ、天を仰ぐと、パッと台本を離し、私をじっと見つめた。

「へっ?」
 あまりにも真剣な眼差しを向けられ、思わず変な声が出てしまう。

「ジュリエット、」

 私を横から抱きしめるように胸に押し付けると、そのまま続ける。
「あなたは私を置いて天へと召されようというのか。私にはあなたが全て。あなたなしで生きていくことなどどうして出来ようか。ああ、ジュリエット、私を置いて逝かないで。あなたを取り戻すためなら、この命尽きようと構わない。私の元へ戻って、あの笑顔を再び見せてくれ。頼む……」

 グッと抱きしめる腕に力を込める。

「神よ。私の命の半分をジュリエットに与えてはくれないだろうか。この口付けで」
 私の顔を覗き込む。そのままゆっくりと顔を近付け……優しい、キス。

 き……きす~~~~?!

「あ、ごめん、思わず……」
 タケルが唇を離し、言った。

 私はバッと飛び退き、今起きたことを頭の中で整理してみた。

 タケルは大根ではないし棒読みでもなかった。いっぱしの役者並みの演技力を発揮し、どこからもケチのつけようがないいい演技をしていた。思わず聞き入ってしまったのだ。そして、台本に書いてある通り、ジュリエットにキスをした。

 キスを……した……。

「きゃぁぁぁ……」
 めちゃくちゃ小さい声で悲鳴を上げ、両手で顔を覆う。

 キスをした。

「ほんとごめん!」
 タケルが珍しく慌てている。今まであんなことやこんなことしてても平気だったくせに、キスは慌てるんだ。

「いっ、今のは、お芝居だったってことだよねっ? うん、わかってる、うん。っていうか、大和君めちゃくちゃ上手だよね? 練習、もう終わりだね。じゃ!」

 私は早口でそう言うと、カバンと台本を手に持ちダッシュで部屋を出てしまった。閉まりかけのドアからタケルが何か言ってるのが聞こえたが、無視した。

 心臓が口から出そうだ。
 初めてだったのにぃぃぃぃ!!

*****

 タケルは取り残された部屋で頭を抱えていた。今のは駄目だろ……、と自分を責める。

「ちゃんと両想いになってからロマンティックにキスしたかった……、」
 思わずしてしまったのだ。ジュリエットが愛おしくて。愛おしかったのは志穂か。
「気持ちを込めろなんて言うからじゃん」

 気持ちを、込めたのだ。
 思いっきり。
 これでもかってほど。

 その結果、ああなった。

 はっきり言って芝居なんかまったく興味がない。ロミオなんか、やりたくもない。ジュリエットが志穂だというなら話は別だが。

「ああ、なんか俺、焦りすぎてるのかなぁ」
 志穂を前にするとどうも調子が狂うのだ。好き過ぎておかしくなる。いつもの自分とは違う、もう一人の人格が出てくるような感覚。
「でも……柔らかかったなぁ。ああ、もっかいしたいなぁ」
 一瞬のキスの感覚を思い返し、自分の唇にそっと触れる。

「恋の引力、半端ねぇなぁ~」

 タケルはこっ恥ずかしいことをさらっと言って、大きく溜息をついたのだった。
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