青い少年は最初で最後の恋を知る

にわ冬莉

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保健室 ~タケルの呟き~

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「先生っ、助けてくださいっ!」

 勢いよく保健室に駆け込んできた姿を見て、谷口遥は、いつかどこかで見た映画を思い出していた。

「どうした~?」

 相手が慌てていたり動揺したりしている場合は、一緒に慌ててしまうとよくない。務めて冷静に、ゆっくり落ち着かせるように相手をするのが基本である。
「有野さんがっ、有野さんがっ」
 動揺しまくりの男子生徒を誘導し、抱いている子をとりあえずベッドへと運ばせる。事情を聞くと、頭にボールが当たったとのこと。外傷はないようだ。当たったボールもハンドボールだというし、多分軽い脳震盪だろう。

 念のため血圧を測る。正常。
 意識がない、というより、眠ってるようだ。

「うん、大丈夫そうだ。すぐ目も覚めるだろうし、君……大和君? もう戻っていいよ」

 体操服の名前を見て、気付く。
 これが噂の転校生か。
 職員の間でも話題になっていたのだ。

『転校初日に女子生徒に告白したイケメンのツワモノがいる』

 と。
 確かに、これはイケメンと呼ぶにふさわしいかもな。
 谷口遥はキッチリ値踏みを終えた。

「目が覚めるまでついてちゃダメですか?」
 この上なく神妙な面持ちで、タケル。
「……いや、まぁ、いいけど」
 あまりにも真剣なので、断りづらい。
「有野さん……、」
 この子が追いかけられてる方の子か。意外にも、普通の子だ。絶世の美女ではない。言い方悪いけど。
「ありがとうございますっ!」
 そう言うと、タケルはベッドで横になっている志穂の手を取り、志穂を見つめたまま動かなくなった。

 映画かよ。

 谷口遥は小さく息を吐き、仕事に戻る。こう見えて事務作業が多いのだ。
 静かだな……。
 振り返ると、さっきと全く同じスタイルでタケルが手を握っていた。
 そうこうしているうちにチャイムが鳴る。

「谷口先生」
 保健室にやってきたのは女子生徒二人。聞くと、倒れた有野の友人とのこと。
「志穂、どうですか?」
「どうと言われてもね。あの通りだ」
 くい、と親指でベッドの方を指す。
「あいつ、なんなんだ?」
 思わず聞いてしまう。
「あー……、大和君、志穂のことになると大分おかしいんで……、」
 みずきがそう言って苦笑いを浮かべた。
「大和君、志穂どう?」
 香苗が後ろからそっと声を掛ける。が、タケルは小さく首を横に振っただけで何も言わないし、退こうともしない。
「あー、そうかー」
 香苗が後ずさりで戻る。

「またあとで来まーす」

 みずきと香苗は保健室を後にした。

「有野~?」
 入れ替わりでやってきたのは背の高い男子二名。
「って、大和なに手なんか握ってんだよっ」
 後ろから突っかかるも、タケルは振り向きもしない。じっと志穂を見つめたまま、微動だにしないのだ。

「先生、有野、目、覚まさないの?」
 もう一人が聞いてくる。
「あれな、多分……寝てるんだよな」
「は?」
「寝て……?」
 二人が口をぽかんと開けた。
「脳震盪の方は問題ないんだ。起こせばいいんだが、いかんせんアレが」
 と、タケルを指す。
「ずっとあれだ。微動だにせん」
「くそっ、大和のやつっ」
「また来ます」
 そうして二人も去って行った。

「……大和君、君も教室戻りなよ。あとは私が見ておくから」
「嫌ですっ」
「なんで、」
「絶対ここを離れませんっ」
 振り返りもしない。

 強情だな。

「そいつは寝てるだけだ。そのうち目を覚ますから問題ないだろ?」
「だったら! 目を覚ました時に俺が最初に声を掛けたいっ」
 譲らない。
「はぁぁ、いっそキスでもすりゃ起きるんじゃないか? 眠り姫」
 ピク、とタケルの肩が震えたのを遥は見逃さなかった。
「おい、今のは冗談だ。するなよ?」
 念のため釘を刺しておく。

「しっかし、そんなに好きなのか、その子のこと」
 何の気なしに、聞いてみる。
「好きですよ。世界中の誰より好きです」
「言うねぇ~」
 ニヤニヤしてしまう。今時の子は随分ハッキリ物を言うんだな、などと感心する。
「有野さんは俺にとって唯一無二の存在です。こんな風に意識がないのを見たら、不安でいても立ってもいられなくなる」
 だから起こせばいいと思うんだが。
「声掛けて起こしてやれよ」
「でも、寝てるんだったら寝かせておいてもあげたい」
「なんじゃそりゃっ」
「だって先生、有野さんの寝顔だよ? こんな可愛い寝顔、一生見てられる」

 ゴンッ

「痛てっ」
「お前、顔がイケメンでも中身がキモいわっ」
 思わず殴ってしまった。
「なんでですかぁっ」
「教室戻って勉強せい!」
「あああ、もうっ、そんな大きな声出さないでくださいよ、起きちゃうでしょっ?」

 堂々巡りだな。

 遥は溜息をつくと、
「ちょっと職員室行くけど、くれぐれも、変なことすんなよ」
「しませんよ」
「どうだか……、」
 そう言い残し、保健室を去る。

 残されたタケルは、そっと志穂の額に手を当てた。

 そうこうしているうち、次に休み時間になる。みずきと香苗が再び保健室を訪れた。
 が。

「なんか、声しない?」
 香苗が保健室の扉の前で、止まる。
「大和君の声? 志穂、起きたのかな?」
 みずきも耳を済ませる。

「だからね、有野さん、俺がどれだけ君の事を好きかってことを、もう一回話すけど、まず、有野さんは誰より可愛い。笑った顔は特にね。俺の前ではあんまり笑ってくれないのが難点だな」

 みずきと香苗が顔を見合わせる。
「あれってさ、」
「うん、独り言……なのかな?」
 志穂の声が一切聞こえないのだ。
「どうする?」
「そーっと入って何してるか見てみない?」

 みずきと香苗はドアをそろそろを開き気付かれないようにそっと中へ潜り込む。
 タケルは喋っていた。やはり、独り言だ。そして、眠っている志穂の手を片手で握り締め、もう片方の手で志穂の頭を優しく撫で付けていた。

「出会った瞬間に思ったよ。ああ、俺は君と出会うために生まれてきたのかもしれないって。今までこんな気持ちになったこと、ないんだ。でもそれをどうやって伝えたらいいのか、まだわからない。これから少しずつ、俺のこと好きになってもらえたらいいな、って思ってるよ?」

 ひゃぁぁぁぁ……、

 聞いているみずきと香苗は赤面していた。みずきがハッとしたように携帯を取り出す。
「ちょっと、みずき?」
「だーって、これは録画でしょっ?」
 コソコソと囁き合う。

 タケルは優しい眼差しを向けたまま、ずっと志穂に話しかけていた。
 チャイムが鳴る。

 みずきと香苗はそっと保健室を出るときゃいきゃい言いながら教室へと向かう。途中、谷口遥に出くわした。
「あ、谷口先生!」
「おぅ、あの子、起きたか?」
「ううん、まだみたい。てか、大和君がヤバすぎて保健室入れない!」
「ねー!」
「はぁ?」
 遥は気になりつつも何も聞かず、保健室へと戻った。

「おい、大和? ……あーあ」

 大和は寝ていた。

 志穂の寝ているベッドに突っ伏して、志穂の手を握り締めたまま。
「まったく、映画かよっ」

 遥は腰に手を当て、保健室で寝入る二人を上から見下ろしていた。

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