ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

文字の大きさ
146 / 325

124

しおりを挟む
━━━━━落ち着かない

夜神は第二剣道場に来たはいいが、じっと出来るはずもなく、道場をウロウロしていた。
緊張しているのか、心臓の鼓動がいつもより早いような気がするし、変に喉がカラカラとしてくる。
どうすることも出来ずに、道場を周っていたが、それでも落ち着くことが出来ず悩んでいると、壁に立て掛けていた「蒼月・紅月」に、目が行く。

━━━━━刀を振るうか・・・・・・・

そうと決まれば早速支度をする。
今つけているベルトを外して、刀が既に付いているベルトを巻く。それが終われば道場の真ん中に移動して、正座をする。
「蒼月」を鞘ごとベルトから外して自分の横に置く。

そして、床においた刀の鞘に手を置くと、自分の後ろに鞘だけを滑らせて刀を抜く。抜き身の刀になった状態の刀を、素早く掴むと、下からの袈裟懸け、上から袈裟懸けをしながら立ち上がり、見えない敵に向かって刀を振るう。
上段・中段・下段、八相の構え、突きと絶え間なく技を繰り出す。途中からは「紅月」を抜刀して、二刀流になる。

静かな道場には、刀が空気を切る音と、足音、夜神の息遣いだけが聞こえる。
一通りの型をしながら、「紅月」を納刀し、見えない敵を斬りながらも、「蒼月」の鞘があるところまで移動すると、静かに構えながら正座をして「蒼月」を納刀する。
「ふぅ━━━」
深い、長い深呼吸をする。全神経を集中していたため、必要な呼吸しかしていない。集中が途切れた今は体全体が空気を欲している。

更に深呼吸をしていると、「パチパチ」と拍手が聞こえる。振り向くとそこには、軍帽を小脇に抱えた庵が拍手をしていた。

「やっぱり、夜神大佐の型は綺麗ですね。凄く引き込まれます」
「私はまだまだだよ。先生の方がもっと凄かったんだよ?本当に凄かったんだ・・・・・けど、もう見れないんだよね」
俯いてしまい、表情は庵からは見えないが、その顔はきっと悲しい顔をしているのかもしれない。

「でも、いつかは嵐山大佐を超える剣士になるのではないんですか?自分は夜神大佐なら可能だと思ってます」
「超えられるかなぁ?私の中では先生は絶対だから・・・けど、いつかは超えたいと願っているよ?」
庵の顔を見て、いつもの微笑みを浮べる。けど、その顔は少しだけ寂しそうにも見える。

「・・・・・庵君、ありがとうね・・・・・・・・あの時の返事しなきゃだね」
「蒼月」を持ったまま立ち上がり、ベルトに鞘を固定させる。それが終わると庵の元に静かに歩き出す。
庵も夜神が歩き出すのと同時に歩き出して、道場の中央で向かい合うようにして、顔を見合わせる。

庵の心臓は恐ろしいほど、心拍数が上がっていた。胸の動悸が耳まで聞こえている錯覚を起こす。
手のひらは汗が滲み、それを白手袋が吸い込む。立っているのも奇跡なのでは?と、思うほど膝が震えている。

頭一つ高い庵を見上げるようにして、夜神は顔をあげる。その白い瞳に庵の顔を写し込んで見つめる。
「・・・・・帝國にいた時に、ずっと思い出す人がいたの。それは先生でもなく、第一室の皆でもなく、元帥達でもなかったの・・・・・」
静かに語るその言葉を、聞き逃したくなくて庵は夜神の目を見ながら話を聞く。

思い出すのはいつも一人だった。クルクルと表情が変わっていくのが好きだった。真剣に竹刀を振るう顔も、冗談を言われて笑う顔も、全部好きだった。
「いつも、庵君を思い出していた。庵君を守りたかったから、あのおぞましい事にも耐えられていたのかもしれない・・・・・・」

おぞましい事・・・・・・それは皇帝に無理やり暴かれた事。陵辱させ続けたこと。今でも夢に出ると飛び起きてしまう程、全てを忘れることは出来ない。

「おぞましい事」で目線をずらした夜神を見て、庵は堪えきれず、その華奢な体を自分の胸に閉じ込めていた。
「いおり君?!」
夜神の上擦った声を聞く。だが構わず抱きしめていく。
すると遠慮がちに背中に腕が回る。その温もりと、優しい腕の加減が心地よかった。

目線をずらした夜神は突然の出来事に固まるしかなかった。体が、力強い腕の中にスッポリと収まり抱きしめられる。
心臓の鼓動が伝わる。それはとても早くて緊張していたのが分かる。夜神も同じぐらいの鼓動で、庵と話していたのだ。

庵君も「同じなんだ」と思うと、嬉しくなってしまった。どう表現したら良いのか分からなくて、庵君と同じように、その逞しい背中にゆっくりと腕を回していく。

「辛かった。逃げたかった。そして、気が付いたら軍の病室にいて驚いた。けど、それと同時に凄く安堵した。やっと帰ってこれたって・・・・・けど、周りは私をどんな目で見るのか怖かった。だって私、皇帝に好き勝手されたんだよ。皆から白い目で見られるのが怖かった。庵君から白い目で見られるのが本当に怖かったの・・・・」

気がついたら、庵君の胸に顔を埋めて声を出していた。背中の上着を、皺が付くぐらい握り絞めて震えている。
「けど、皆そんな事関係なく接してくれて嬉しかった。庵君は、食事が上手くできなくなった私に付き合ってくれた。凄く嬉しかったの・・・・・」
涙が滲んでくる。恥ずかしいのか、色々な事を思い出してしまったのか、それとも別の理由か分からない。

「そして、そんな庵君が好きになっていた。けど、好きになるのが怖かった。だって私が好きになった人は皆殺されたから!!集落のみんなも、お母さんも、先生も!大好きな人はみんな皇帝に殺された。庵君も好きになったら、また奪われるのかと思うと、怖くて好きになれなかったの!」
限界だった。涙が一筋流れると、後に続くように次々と流れてくる。

「心の何処かで蓋をしていた。けど、指摘されたの。「そんなに弱くない」って。「自分の気持ちに素直になれ」って。素直になったら、やっぱり庵君の事が大好きなんだって素直に思えたの」
背中に回していた腕を緩めて、庵の顔を見上げる。
眉を寄せて、何か思い悩むような顔をしている庵の目と、顔を上げた夜神の涙で濡れた目がぶつかる。
暫く見つめていたが、夜神が口を開く。

「大好き。庵君に「好きだ」って言われた時嬉しかった。私も同じ気持ちだったから・・・・大好きだよ」
嬉しさと、恥ずかしさと、色々な感情が混ざっていく。どう、言ったら良いのか分からなくて、気持ちを伝えるのに、いい言葉は見つからず「大好き」と簡単な言葉しか出てこなかった。けど、その言葉に沢山の想いを込めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

レンタル彼氏がヤンデレだった件について

名乃坂
恋愛
ネガティブ喪女な女の子がレンタル彼氏をレンタルしたら、相手がヤンデレ男子だったというヤンデレSSです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...