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━━━━━落ち着かない
夜神は第二剣道場に来たはいいが、じっと出来るはずもなく、道場をウロウロしていた。
緊張しているのか、心臓の鼓動がいつもより早いような気がするし、変に喉がカラカラとしてくる。
どうすることも出来ずに、道場を周っていたが、それでも落ち着くことが出来ず悩んでいると、壁に立て掛けていた「蒼月・紅月」に、目が行く。
━━━━━刀を振るうか・・・・・・・
そうと決まれば早速支度をする。
今つけているベルトを外して、刀が既に付いているベルトを巻く。それが終われば道場の真ん中に移動して、正座をする。
「蒼月」を鞘ごとベルトから外して自分の横に置く。
そして、床においた刀の鞘に手を置くと、自分の後ろに鞘だけを滑らせて刀を抜く。抜き身の刀になった状態の刀を、素早く掴むと、下からの袈裟懸け、上から袈裟懸けをしながら立ち上がり、見えない敵に向かって刀を振るう。
上段・中段・下段、八相の構え、突きと絶え間なく技を繰り出す。途中からは「紅月」を抜刀して、二刀流になる。
静かな道場には、刀が空気を切る音と、足音、夜神の息遣いだけが聞こえる。
一通りの型をしながら、「紅月」を納刀し、見えない敵を斬りながらも、「蒼月」の鞘があるところまで移動すると、静かに構えながら正座をして「蒼月」を納刀する。
「ふぅ━━━」
深い、長い深呼吸をする。全神経を集中していたため、必要な呼吸しかしていない。集中が途切れた今は体全体が空気を欲している。
更に深呼吸をしていると、「パチパチ」と拍手が聞こえる。振り向くとそこには、軍帽を小脇に抱えた庵が拍手をしていた。
「やっぱり、夜神大佐の型は綺麗ですね。凄く引き込まれます」
「私はまだまだだよ。先生の方がもっと凄かったんだよ?本当に凄かったんだ・・・・・けど、もう見れないんだよね」
俯いてしまい、表情は庵からは見えないが、その顔はきっと悲しい顔をしているのかもしれない。
「でも、いつかは嵐山大佐を超える剣士になるのではないんですか?自分は夜神大佐なら可能だと思ってます」
「超えられるかなぁ?私の中では先生は絶対だから・・・けど、いつかは超えたいと願っているよ?」
庵の顔を見て、いつもの微笑みを浮べる。けど、その顔は少しだけ寂しそうにも見える。
「・・・・・庵君、ありがとうね・・・・・・・・あの時の返事しなきゃだね」
「蒼月」を持ったまま立ち上がり、ベルトに鞘を固定させる。それが終わると庵の元に静かに歩き出す。
庵も夜神が歩き出すのと同時に歩き出して、道場の中央で向かい合うようにして、顔を見合わせる。
庵の心臓は恐ろしいほど、心拍数が上がっていた。胸の動悸が耳まで聞こえている錯覚を起こす。
手のひらは汗が滲み、それを白手袋が吸い込む。立っているのも奇跡なのでは?と、思うほど膝が震えている。
頭一つ高い庵を見上げるようにして、夜神は顔をあげる。その白い瞳に庵の顔を写し込んで見つめる。
「・・・・・帝國にいた時に、ずっと思い出す人がいたの。それは先生でもなく、第一室の皆でもなく、元帥達でもなかったの・・・・・」
静かに語るその言葉を、聞き逃したくなくて庵は夜神の目を見ながら話を聞く。
思い出すのはいつも一人だった。クルクルと表情が変わっていくのが好きだった。真剣に竹刀を振るう顔も、冗談を言われて笑う顔も、全部好きだった。
「いつも、庵君を思い出していた。庵君を守りたかったから、あのおぞましい事にも耐えられていたのかもしれない・・・・・・」
おぞましい事・・・・・・それは皇帝に無理やり暴かれた事。陵辱させ続けたこと。今でも夢に出ると飛び起きてしまう程、全てを忘れることは出来ない。
「おぞましい事」で目線をずらした夜神を見て、庵は堪えきれず、その華奢な体を自分の胸に閉じ込めていた。
「いおり君?!」
夜神の上擦った声を聞く。だが構わず抱きしめていく。
すると遠慮がちに背中に腕が回る。その温もりと、優しい腕の加減が心地よかった。
目線をずらした夜神は突然の出来事に固まるしかなかった。体が、力強い腕の中にスッポリと収まり抱きしめられる。
心臓の鼓動が伝わる。それはとても早くて緊張していたのが分かる。夜神も同じぐらいの鼓動で、庵と話していたのだ。
庵君も「同じなんだ」と思うと、嬉しくなってしまった。どう表現したら良いのか分からなくて、庵君と同じように、その逞しい背中にゆっくりと腕を回していく。
「辛かった。逃げたかった。そして、気が付いたら軍の病室にいて驚いた。けど、それと同時に凄く安堵した。やっと帰ってこれたって・・・・・けど、周りは私をどんな目で見るのか怖かった。だって私、皇帝に好き勝手されたんだよ。皆から白い目で見られるのが怖かった。庵君から白い目で見られるのが本当に怖かったの・・・・」
気がついたら、庵君の胸に顔を埋めて声を出していた。背中の上着を、皺が付くぐらい握り絞めて震えている。
「けど、皆そんな事関係なく接してくれて嬉しかった。庵君は、食事が上手くできなくなった私に付き合ってくれた。凄く嬉しかったの・・・・・」
涙が滲んでくる。恥ずかしいのか、色々な事を思い出してしまったのか、それとも別の理由か分からない。
「そして、そんな庵君が好きになっていた。けど、好きになるのが怖かった。だって私が好きになった人は皆殺されたから!!集落のみんなも、お母さんも、先生も!大好きな人はみんな皇帝に殺された。庵君も好きになったら、また奪われるのかと思うと、怖くて好きになれなかったの!」
限界だった。涙が一筋流れると、後に続くように次々と流れてくる。
「心の何処かで蓋をしていた。けど、指摘されたの。「そんなに弱くない」って。「自分の気持ちに素直になれ」って。素直になったら、やっぱり庵君の事が大好きなんだって素直に思えたの」
背中に回していた腕を緩めて、庵の顔を見上げる。
眉を寄せて、何か思い悩むような顔をしている庵の目と、顔を上げた夜神の涙で濡れた目がぶつかる。
暫く見つめていたが、夜神が口を開く。
「大好き。庵君に「好きだ」って言われた時嬉しかった。私も同じ気持ちだったから・・・・大好きだよ」
嬉しさと、恥ずかしさと、色々な感情が混ざっていく。どう、言ったら良いのか分からなくて、気持ちを伝えるのに、いい言葉は見つからず「大好き」と簡単な言葉しか出てこなかった。けど、その言葉に沢山の想いを込めた。
夜神は第二剣道場に来たはいいが、じっと出来るはずもなく、道場をウロウロしていた。
緊張しているのか、心臓の鼓動がいつもより早いような気がするし、変に喉がカラカラとしてくる。
どうすることも出来ずに、道場を周っていたが、それでも落ち着くことが出来ず悩んでいると、壁に立て掛けていた「蒼月・紅月」に、目が行く。
━━━━━刀を振るうか・・・・・・・
そうと決まれば早速支度をする。
今つけているベルトを外して、刀が既に付いているベルトを巻く。それが終われば道場の真ん中に移動して、正座をする。
「蒼月」を鞘ごとベルトから外して自分の横に置く。
そして、床においた刀の鞘に手を置くと、自分の後ろに鞘だけを滑らせて刀を抜く。抜き身の刀になった状態の刀を、素早く掴むと、下からの袈裟懸け、上から袈裟懸けをしながら立ち上がり、見えない敵に向かって刀を振るう。
上段・中段・下段、八相の構え、突きと絶え間なく技を繰り出す。途中からは「紅月」を抜刀して、二刀流になる。
静かな道場には、刀が空気を切る音と、足音、夜神の息遣いだけが聞こえる。
一通りの型をしながら、「紅月」を納刀し、見えない敵を斬りながらも、「蒼月」の鞘があるところまで移動すると、静かに構えながら正座をして「蒼月」を納刀する。
「ふぅ━━━」
深い、長い深呼吸をする。全神経を集中していたため、必要な呼吸しかしていない。集中が途切れた今は体全体が空気を欲している。
更に深呼吸をしていると、「パチパチ」と拍手が聞こえる。振り向くとそこには、軍帽を小脇に抱えた庵が拍手をしていた。
「やっぱり、夜神大佐の型は綺麗ですね。凄く引き込まれます」
「私はまだまだだよ。先生の方がもっと凄かったんだよ?本当に凄かったんだ・・・・・けど、もう見れないんだよね」
俯いてしまい、表情は庵からは見えないが、その顔はきっと悲しい顔をしているのかもしれない。
「でも、いつかは嵐山大佐を超える剣士になるのではないんですか?自分は夜神大佐なら可能だと思ってます」
「超えられるかなぁ?私の中では先生は絶対だから・・・けど、いつかは超えたいと願っているよ?」
庵の顔を見て、いつもの微笑みを浮べる。けど、その顔は少しだけ寂しそうにも見える。
「・・・・・庵君、ありがとうね・・・・・・・・あの時の返事しなきゃだね」
「蒼月」を持ったまま立ち上がり、ベルトに鞘を固定させる。それが終わると庵の元に静かに歩き出す。
庵も夜神が歩き出すのと同時に歩き出して、道場の中央で向かい合うようにして、顔を見合わせる。
庵の心臓は恐ろしいほど、心拍数が上がっていた。胸の動悸が耳まで聞こえている錯覚を起こす。
手のひらは汗が滲み、それを白手袋が吸い込む。立っているのも奇跡なのでは?と、思うほど膝が震えている。
頭一つ高い庵を見上げるようにして、夜神は顔をあげる。その白い瞳に庵の顔を写し込んで見つめる。
「・・・・・帝國にいた時に、ずっと思い出す人がいたの。それは先生でもなく、第一室の皆でもなく、元帥達でもなかったの・・・・・」
静かに語るその言葉を、聞き逃したくなくて庵は夜神の目を見ながら話を聞く。
思い出すのはいつも一人だった。クルクルと表情が変わっていくのが好きだった。真剣に竹刀を振るう顔も、冗談を言われて笑う顔も、全部好きだった。
「いつも、庵君を思い出していた。庵君を守りたかったから、あのおぞましい事にも耐えられていたのかもしれない・・・・・・」
おぞましい事・・・・・・それは皇帝に無理やり暴かれた事。陵辱させ続けたこと。今でも夢に出ると飛び起きてしまう程、全てを忘れることは出来ない。
「おぞましい事」で目線をずらした夜神を見て、庵は堪えきれず、その華奢な体を自分の胸に閉じ込めていた。
「いおり君?!」
夜神の上擦った声を聞く。だが構わず抱きしめていく。
すると遠慮がちに背中に腕が回る。その温もりと、優しい腕の加減が心地よかった。
目線をずらした夜神は突然の出来事に固まるしかなかった。体が、力強い腕の中にスッポリと収まり抱きしめられる。
心臓の鼓動が伝わる。それはとても早くて緊張していたのが分かる。夜神も同じぐらいの鼓動で、庵と話していたのだ。
庵君も「同じなんだ」と思うと、嬉しくなってしまった。どう表現したら良いのか分からなくて、庵君と同じように、その逞しい背中にゆっくりと腕を回していく。
「辛かった。逃げたかった。そして、気が付いたら軍の病室にいて驚いた。けど、それと同時に凄く安堵した。やっと帰ってこれたって・・・・・けど、周りは私をどんな目で見るのか怖かった。だって私、皇帝に好き勝手されたんだよ。皆から白い目で見られるのが怖かった。庵君から白い目で見られるのが本当に怖かったの・・・・」
気がついたら、庵君の胸に顔を埋めて声を出していた。背中の上着を、皺が付くぐらい握り絞めて震えている。
「けど、皆そんな事関係なく接してくれて嬉しかった。庵君は、食事が上手くできなくなった私に付き合ってくれた。凄く嬉しかったの・・・・・」
涙が滲んでくる。恥ずかしいのか、色々な事を思い出してしまったのか、それとも別の理由か分からない。
「そして、そんな庵君が好きになっていた。けど、好きになるのが怖かった。だって私が好きになった人は皆殺されたから!!集落のみんなも、お母さんも、先生も!大好きな人はみんな皇帝に殺された。庵君も好きになったら、また奪われるのかと思うと、怖くて好きになれなかったの!」
限界だった。涙が一筋流れると、後に続くように次々と流れてくる。
「心の何処かで蓋をしていた。けど、指摘されたの。「そんなに弱くない」って。「自分の気持ちに素直になれ」って。素直になったら、やっぱり庵君の事が大好きなんだって素直に思えたの」
背中に回していた腕を緩めて、庵の顔を見上げる。
眉を寄せて、何か思い悩むような顔をしている庵の目と、顔を上げた夜神の涙で濡れた目がぶつかる。
暫く見つめていたが、夜神が口を開く。
「大好き。庵君に「好きだ」って言われた時嬉しかった。私も同じ気持ちだったから・・・・大好きだよ」
嬉しさと、恥ずかしさと、色々な感情が混ざっていく。どう、言ったら良いのか分からなくて、気持ちを伝えるのに、いい言葉は見つからず「大好き」と簡単な言葉しか出てこなかった。けど、その言葉に沢山の想いを込めた。
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