ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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少しだけ汗の匂いがするシャツの匂いを嗅ぎながら息を整えていく。
少しでも触れていたくて鍛えられた胸に手を、顔を押し当てていく。
頭を、剥き出しの背中を撫でる手が気持ち良くて、目を閉じていく。

「少しは息、整いましたか?」
「うん・・・・・」
そう、返事するとギュウと抱きしめてくれる。
力強く、けど圧迫を与えない力加減が心地いい。
このまま時が止まればいいのに・・・・
明日なんて来なければいいのに・・・・

静かになった部屋には、時計の秒針の音だけがやけに響いてくる。
コチ、コチ、コチと音がなる度に、明日に近づいて来る。
「・・・・・明日なんて来なければいいのに・・・・・」
「凪さん?」
「行きたくない!みんなといたい!海斗といたい!帝國なんて、帝國な、んて・・・・・やだょぉ・・・・・」

心の限界を迎えて、涙でシャツを濡らしていく。いつの間にかシワがつくほど握っていた手が震えだす。
嗚咽混じりに泣き出し、震える体を更に強く抱きしめる。
「いたいよ・・・・・」
「っ・・・・・俺も同じです。凪さんといたいです。凪さんの微笑んでる顔が好きなのに、その微笑みを守りたかったのに、無力で何も出来ない自分が悔しいです」
震える声で思いの丈を吐き出す。

大好きな人の微笑みを守りたいと誓ったけど、相手は余りにも強すぎる。
自分の力が何処まで通用するか分からない。
未知数の相手に挑むのは不安もある。
けど・・・・・・

「けど、一人だけ戦わせたりはさせません。俺は、俺達は「吸血鬼殲滅部隊」ですよ。人間を害する吸血鬼は許さないんです。だから、俺達を信じて!」
一人では無理でも、みんなと力を合わせればきっと・・・・
その為に、ここまで必死になったんだから
「・・・・・ありがとう。気休めでも嬉しいよ・・・・・ねぇ、海斗約束して欲しいの」
「何でしょう?」

きっと明日、私は帝國にいく。その時、残される庵君に少しでも罪悪感なく次に進んで欲しい。
「明日まで、明日まで私の事を思っていて。明後日からは私の事を忘れて!」
「嫌です!!どうしてそんな酷いことを!聞けません」
お願い、聞いて欲しい
あなたは優しいから
あなたのせいではないのに、自分を攻めてしまうから
そんな事ないのに。だから・・・・
「上官命令よ。命令に従いなさい!」
少し興奮した声で、強目に伝える。それを聞いて「ぐぅ・・・・」と、声を出している庵の顔を見る。
苦痛、苦悶、葛藤、それが似合うような顔をしている。
ごめんなさい。あなたにはそんな顔似合わないのに。
私が好きな顔ではないのに。

「ごめんなさい。あなたは優しいから・・・・自分のせいにしてしまうから。私はあなたの笑った顔が好きなの。だから笑って?いつまでも私がいたらいけない。だから、明日まで。明日まで私の事を思っていて。そして、いなくなったら・・・・・・・ね?」
少しでも罪悪感がないように笑っていたはずなのに、涙だけは溢れてしまう。
その涙を庵の指先が掬い、もう一度強く抱きしめる。
「・・・・分かりました。けど、脅威が、もし脅威がなくなったらその言葉撤回してくれますよね?」
何か祈るような、真剣な声に夜神は何度も頷いた。
「うん、うん・・・・・もちろんだよ・・・・・」

きっと拙い夢物語だろう。けど、そんな物語を見てみたい。
「絶対、絶対忘れないで下さい」
「うん・・・・ありがとう海斗」
叶うなら、叶って欲しい。けど、壁は余りにも高すぎる。その壁を打ち破ることが出来るのかは正直分からない。けど、望みだけは持ち続けたい。
その、望みが力の糧になるならば。
そして、私の力の糧の一つの庵君も笑顔でいてもらいたい。

「海斗・・・・そろそろここから出ないと。上層部の人間に見つかったら大変なことになる」
「・・・・・・・このまま朝を迎えたい気持ちです。けど、見つかって反省しろで閉じ込められるのも癪なので、名残惜しいですが行きます」
もう一度、軽く抱きしめ夜神の額に軽く唇を落とすと体を起こして、はだけた夜神の肢体に寝間着の浴衣を掛けていく。
「ありがとう」
浴衣で前を隠しながら起き上がる夜神を見てから、自分の身支度を終わらせると、もう一度夜神を包み込むように抱きしめ、唇同士を重ねる。

「一人だけ辛い思いはさせませんから。俺達は凪さんの味方です。それだけは忘れないで下さい」
「うん。ありがとう。信じてるね」
慰めの言葉だろうとその心遣いが嬉しい。
みんな優しいから
私の周りの人はみんな優しいから
その優しさに甘えてしまう
「行って・・・・気をつけてね」
「はい」
だから、いつまでも甘えてはいけない

庵が名残惜しい顔をしながらも、上層部の見回りを気にしながら部屋をそっと出て行く。
その扉が閉まるのを聞いて、涙がとめどなく溢れてしまった。
けど、声は、声だけは出さないように必死になって漏れ出さないように、手で抑えていく。
もし、声を聞かれたら引き返して来るかもしれない。それだけは避けたかった。


暗い廊下を急いで渡る。けど、足音をなるべくたてないように注意は怠らない。
角を曲がると、いるはずのない人間がいて心臓が飛び出るほど驚いてしまう。
「っ・・・・・・本條局長っ!」
「おや?庵伍長ではないですか。どうして?」
全てを分かっているのにあえて聞いてくる本條局長の顔は、愉悦を含んでいた。
そして、立ち止まった庵に、ジリジリと近づいていく。
庵はあまりの驚きと、対処に困って動けなくなっていた。
庵の目の前に本條局長が腕を組みならが、歪んだ笑いを向ける
「服が乱れてますよ?あぁ、大佐と一時ひとときの逢瀬でもしていましたか?」
「・・・・・・」
余りにも適格過ぎて、ぐうの音も出ないでいると、本條局長はお構いなしに話を続ける。

「大方、藤堂元帥に唆されましたか?「上層部の監視の手薄な時間に夜神大佐に会いに行け」とか?あぁ、やっぱり!けど、その手薄な時間は私が設けた時間です。きっとこのような事態になると予測してましたが・・・・大当たりですね」
わざとらしいため息をして「ヤレヤレ」と両手を軽く上げて、首を左右振る。
庵は本條局長の話を驚きながら聞いていた。話が本当なら自分達は上層部の手のひらで踊らされている。

「まぁ、藤堂元帥はそれを理解した上で君を大佐の元に行かせたのでしょう。気にしないことです」
何故か肩に手を置かれ、慰められる。本当ならその手を振りほどきたいが、グッと拳を握り込むだけに押しとどまる。
「所で、猿や犬のようにまぐわっていたようですが・・・・・大佐に体に鬱血の跡を残しましたか?」
「?!」
まるで見ていたかのように話していく本條局長に、薄気味悪さを覚える。
庵の様子を見ながら話をしていく本條局長は、楽しそうに続ける。

「そうですか。それはなによりですよ・・・・・腑に落ちない顔ですね?知っているでしょう。大佐が帝國にいる間に、どのよう状態だったか。毎夜、毎夜皇帝に抱き潰されていたんてすよ?挙げ句に今回の交換条件に名指し。恐ろしいほどの執着だと思いませんか?」
庵もそこは思っていた。何故、夜神大佐を執拗に追い立てるのか。
「そんな大佐の体に、他の男の跡があったら・・・・・「お仕置き」と言う名のそれは、それは酷い攻めを受けるでしょうね?泣き叫んでも許してはくれないでしょうね?」
まるで、その事を実現して欲しい口振りに、庵は混乱を覚える。

上層部は軍と同じで、吸血鬼の殲滅を願っている組織ではないのか?
これではまるで・・・・・
「本條局長。あなたは一体何者なんですか?まるで夜神大佐がそうなって欲しいと願っているように聞こえます」
「おや?私は平和を求めるの人間です。そして、これは見解ですよ。もしかしたらのね?」
軽く肩を叩き、本條局長はもと来た廊下を歩きだす。
「明日は藤堂元帥達が何やら画策しているようですが、結果は変わりません。夜神大佐は帝國に行きます。人類の為にね。あなたは指を咥えて見ておけばいい。何故なら「伍長」の「新人」隊員ですからね」
笑いながら暗い廊下に消えていく本條局長を睨みながら、庵は拳を握りしめた。

爪が食い込み、皮膚を突き刺して血が滲んでいても構わず握りしめ続けていた。
余りにも悔しくて、そして本当の事だったから。
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