ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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体が怠いな・・・・・
ルードヴィッヒは仮眠で使用していた執務室のソファから身を起こし、軽く背伸びをする。
いつもなら、寝心地のいいベッドで眠り、傍らには柔らかい肌に、甘い吐息が擽ったい、お人形さんピュップヒュンがいる。

スタン侯爵のヘリの一件で慌ただしくなり、その処理に追われ今日はこんな場所執務室で仮眠してしまった。

余りにも苛つき、凪ちゃんに全てをぶつけるように烈しく、少々痛い事をしてしまったことは反省するべきかもしれない。
体を綺麗にしてもらった凪ちゃんに一度会ったが、それ以降は会えず今に至る。

「雨か・・・・・」
窓から伝わる音で、外は雨が降っているのが分かる。
そう言えば、凪ちゃんは頻りに雨が降ることを願っていた。

「あめはね、きれいにしてくれるの」

幼い子供のようになってしまった凪ちゃんは、雨が綺麗にしてくれると言っていた。
見えない雨に手を伸ばして、無表情になってしまった顔を見上げる。
まるで、自分が汚い存在で、それを綺麗にして欲しいと訴えているように。

「きっと外に出てしまったのかもしれないね・・・」
容易に想像出来る。雨の降る中を楽しそうにステップを踏みながら濡れていくことが・・・
「風邪を引いてしまっては大変だ。けど、折角、待ち侘びていたのだから思いっ切り楽しませてその後、優しく包み込めばいいか・・・・」
温かい、肌触りの良いタオルを準備しよう。あぁ、飲み物も用意しないとね。体は冷えているだろう。体の中から温めないとね・・・・
そして、私が抱き締めて温めてあげよう

ルードヴィッヒは楽しい事になるだろうと思い浮かべてソファから立ち上がり、未処理の書類が乗った自分の机に向かった。


夜神が普段過ごす部屋に一歩踏み出す。部屋のどこを見ても夜神はいない。
今日は私が所望した「ピンクのドレス」を着ている。
ピンクと言っても可愛らしいピンクではない。
凪ちゃんに合うように、少し落ち着いた薔薇色のドレスを用意した。
けど、この部屋にはそんな色は存在しない。

部屋から一歩も出てないことは知っている。
そうなると次に予測出来るのはバルコニーだ。
部屋には、外のバルコニーに繋がる硝子の扉がある。
ここで、首を絞めながら抱き潰してしまったが、仕方ないよね?凪ちゃんなら許してくれるよね。
昨日の事を思い出しながら、口の端を歪めてしまう。
悦に浸るではないが、昨日の情景を思い浮かべると、自然と顔が歪むのだ。

きっとバルコニーで楽しそうに雨を浴びている、夜神を想像しながら近づき外を見る。
水滴の付く窓を見ると、やっぱりといっていいのか薔薇色の布が見える。けど、それ以上に驚愕したのは、薔薇色の布の直ぐ側に映り込む黒色の布。

腹の底から沸々と何かが生まれる。歪んだ顔はみるみると強張っていく。金色の瞳に暗い殺意が宿る。
ギリリッと、奥歯を噛み締め、叫びそうになった自分を治める。
「・・・・おのれっ!」
冷え冷えと、聞いたものは尻餅をつく程、怒気を殺意をはらむ。
一瞬で陽炎のように体から無数の鎖が生まれる。


貴様が全ての元凶かっ!扉が消失したのも、スタン侯爵のヘリの件も全てっ!
折角、愛らしい人形のように私の全てを受け入れていたのに。
感情が破綻して可笑しくなり子供のようになったのに。

全て奪って、壊して、まっ更にしたのに・・・・

何故、口づけを交わす?それは私の唇だ
抱き締めるなど許さない。その柔らかな体は私のものだ
誰にも渡さない・・・・・
凪ちゃんは、私のものだ。例え、アベルの末裔だろうと知らない

気づいた時には、鎖は一気に硝子を突き破り地面に深々と穿つ。
「貴様が全ての元凶か・・・・王弟の末裔?」
ルードヴィッヒの凍えた棘のある声が、降り注ぐ硝子の破片のように、二人に降り注いだ。


無残な姿になった硝子の扉の方に顔を夜神は向ける。自分が普段から過ごす部屋に詰め襟の軍服を着た皇帝が仁王立ちて立っていて、体からは無数の鎖が生まれ、揺らいでいる。
離れていても分かる程、殺意が射殺さんばかりに、私を守る為に抱き締めている庵君に突き刺さっている。

私が対象でなくても恐怖が生まれる。ゾクッと、雨に濡れて生じる寒さでないのは容易に想像出来る。
知らず知らず、庵君の軍服を握りしめる。庵君から唾を飲み込む音が聞こえると、同じように私を抱きしめる。

「返して貰う。凪さんは皇帝に屈しない。そして、我々も同じだっ!!」
「たかが餌が何をほざく!!いいだろう。貴様は殺す。忌々しい因縁をここで断ち切る。もう二度と煩わしい事に悩む事がないようにね?・・・・あぁ、凪ちゃん?待っていてね。目の前で餌を殺してあげようね?そして、その死体に牙を突き立て血を啜りもう一度壊れて?今度こそちゃんと壊してあげるからね」

恐ろしい事を言いながら一歩、一歩部屋から歩き出す。ジャリ、ジャリと、硝子の破片が踏みつけられる音がするが、雨音に掻き消されていく。

動かない夜神を庵は無理矢理立たせる。
以前と比べると細くなってしまった体が痛々しい。
けど、今はそれに心を揺さぶられる時ではない。
自分よりも力の差は歴然。劣っている自分がどれ程付いて行けるのか分からない。
分からないが、ここで引き返したくもない。

藤堂元帥達を何とか納得させてここまで来た。目の前に大切な人がいるのに、守ると一度は誓った相手がいるのに・・・・・

庵は夜神の体を片手で抱きしめると、もう片方の手は己の武器に手を掛ける。
━━━━━「高位クラス武器」澌尽灰滅しじんかいめつ

白い柄巻きを握り込む。けど、視線は皇帝からけして離さない。
誰かを守りながらの戦闘など殆ど経験がない。果たしてどこまで出来るのか全く分からない。分からないが、この腕にいる大切な人夜神 凪は何が何でも守りたい。

「・・・・・庵君・・・・・」
小さな、掠れた声で呟いてしまう。皇帝の尋常ではない雰囲気に、庵君のただならぬ雰囲気に圧倒され、けど、何か言いたくて名前を呼んでしまった。
その、小さな声を聞いたのかグッと、私を抱きしめる力が強まる。
私を守ろうと伝わる。その行為が嬉しくて心に温もりの灯火が宿る。

離れたくない・・・・
私は、庵君の側にいたい・・・・
けど、私の我儘でっ!!
そんな思案をしているときだった、体が宙に舞ったのは・・・・・

ルードヴィッヒの鎖が数本夜神達に向かって伸びる。
それを避けようとしたが間に合わず、夜神の腰に巻き付いてしまう。
そして、物凄い力で庵と引き離され、体が宙に浮かびそして・・・・

バルコニーの精巧な細工のある欄干に背中から叩きつけられた。
「!!ガハッっ・・・・」「凪っっ!!」
名前を叫ぶ声と、叩きつけられた時のうめき声が重なる。

一瞬、背中の衝撃で息が出来なくなり詰まる。そして、何とか息が出来る時には痛みが背中全体に広がる。
叩きつけられたまま、ズルズルと地面に落ちて倒れてしまう。
何とか息と、痛みの両方を元に戻そうと必死になって整える。

「凪ちゃんは邪魔だからそっちで休んでいてよ。折角、待ち望んだ雨が降っているんだ。雨遊びしていて構わないからね・・・・・・さて」
歪んだ顔で夜神を眺め、鎖を使用した理由を告げると、顔が一変、汚らしいモノを見る蔑んだ顔に代わり庵を見る。

愛剣の柄を握ると剣を引き抜き、雨に濡れる白刃を庵に向ける。
「さぁ、始めようか?王弟の末裔」
「くっ・・・・・」
庵も抜刀の構えをして対峙する。

夜神は背中の痛みを追いやりながら、乱れた息を整える、二人の姿を倒れた地面から見上げる。
空から降り注ぐ雨が少し強くなり、地面に落ちる雨粒が少し痛いぐらい、夜神の薔薇色のドレスに包まれた冷えた肢体に降り注いだ。
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