ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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切りよくしたら少し、長くなりました。

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子供の一件から翌日、今度は杖をついた老人だった。
次は、学生、初老、赤子、妊婦までいた。性別、年齢と様々で本当に老若男女で試すような事を次々にしていく。
向けられる視線も感情も全て敵意を持ったもの。
段々と疲弊してくる。それに合わせて喉の渇きが段々と酷くなる。
水や紅茶をどんだけ飲んでも一向に収まらない。
頼んで蜂蜜や果物を多く持ってきてもらい、摂取したけど駄目だった。
そして、等々、実験の最中に倒れるように眠ってしまった。

体は色々と限界が来ている。それに合わせて心も・・・・・
けど、絶対に血は飲まないと心に誓った。
どんなに魅力的でも、どんなに鼻腔をくすぐる蠱惑的な香りでも。

一体、実験から何日経ったのだろう?永遠に長い時間を過ごしている感覚に苛まされていはじめた頃だ。
今日も実験が終わり、相手から罵倒され、疲れて床を感情の乏しい目で眺めていた時だった。
「・・・・・・凪。検証は明日で終わりだ。明日さえ乗り越えれば認めてもらえる。もう一息だ」

既に光が消えかけている赤い瞳を声の主に向ける。
立っていたのは藤堂元帥だった。感情の読めない目を向け話してくる。
「・・・・・分かりました」
これ以上、喋る気力もない夜神は藤堂の言葉に簡単な返事だけをする。
藤堂も分かっているのか、これ以上話すことはなく部屋を出ていく。そして、いつものように軍人達が来て、夜神の足枷を外し目隠しをして部屋に連れ帰る。

行動する事さえも億劫で、夜神は布団の中に潜り目を閉じる。
シャワーも何もかも、次に起きた時にすれば良いと考えてしまった。
今は、ただ眠くて、疲れた体と心を休めたかった。
何も考えず眠りたくて、目を閉じた。


いつもと変わらない目覚めを迎え、そして、変わらない行動を繰り返す。
シャワーをし、迎えが来るまで部屋で待機し、「特別訓練室」に連れてこられてる。
ここまでは同じだが、違ったのはここからだ。
普段なら足枷、手錠をされるのに今日はされない。
きっと、今日が最終日だからなのかもしれない。

周りにいる軍人もいつもなら「高位クラス武器」を開放しているのに今日はしてない。
いつもと違う違和感に戸惑っていると部屋の扉が開き藤堂元帥と安曇局長が入ってくる。
「今日が最終日だ。これが終われば認められる。期待している」
「夜神さん。全ては貴女の心、次第です。我々を失望させないで下さい」
二人は夜神の返事を待たず壁に寄る。そして、再び部屋の扉が開かける。
そして、一人の人物が部屋に入ってくる。

「?!・・・・・・・な、んで・・・・」
夜神はその人物を見て呟き、膝から崩れ落ちてしまう。余りにも驚き力が入らない為。その人物はネクタイを外した軍服姿で、「高位クラス武器」を発動した状態でこちらにやって来る。
そして、数メートル、たとえ足枷をしていても鎖なんて意味がないほどの距離まで近づくと、座り込んでしまう。
「・・・・・・い、おり君・・・・・」
夜神の目の前まで近づいた人物は、庵海斗伍長・・・・夜神の一番の理解者であり、最愛の人だった。

「・・・・・これで全てが終わります」
その人物は感情が見えない黒い瞳を夜神に向けて、静かに抑揚のない声で話しながら、抜刀した澌尽灰滅しじんかいめつで指を傷付ける。
血の滴る指でネクタイを外し寛げた首筋に一筋の赤い線を描く。
それは、皇帝がしていたことと同じだった。夜神が噛む場所を知らせる行為だ。
庵本人は夜神がされていた事を知らない。

「っぅ・・・・・・・・」
その行為に対してか、それとも目の前で魅せられる赤色に対してか、鼻腔に漂う甘い匂いのせいか分からないが息を呑んだ。
カラカラに渇いたら喉が「限界」だと訴えるように水分を欲している。
心臓の鼓動がさっきからうるさい程ドキドキと鳴っている。
腹なんて凄く空いていて、今すぐにでも胃袋を満たしたい。
息が苦しくて、上手く吸えなくて、可笑しな息遣いをするせいか、体全体で呼吸を繰り返す。
涙が溢れてくる。我慢しているせいか、相手が庵だからか、何に対してか分からないが涙が止まらない。

滲んだ視界の先に、庵が辛そうな顔をして夜神を見ている。
「はぁ・・・・・・庵、くん・・・・」
「はい・・・・・・これを乗り越えれば終わります。凪さんが吸血したのは俺だけです。血の味を知ってるのもこの世界では俺だけです。だから選ばれました。目の前にあっても理性を保つことが出来るのか・・・・」
「そうだね・・・・・この世界では庵君だけだね・・・・・吸血したのは。ねぇ、もし、理性を失くして庵君の首筋に牙を突き立てたら、私は澌尽灰滅で命を絶たれるの?」
脂汗をにじませ、苦悶の表情で庵を見つめながら、震える腕を伸ばして澌尽灰滅を指差す。
「はい。他の人は手を出しませんので俺が息の根を止めます。勿論、俺の「高位クラス武器」の澌尽灰滅で・・・・・だから・・・・・俺の手を赤色に染めさせないで下さい。澌尽灰滅を赤色に染めさせないで下さい・・・・・」
そう言って庵は深々と頭を下げる。床に頭を付けそうな程深く。

「・・・・・・澌尽灰滅はいい子だもの。私にも力を貸してくれた・・・・・そんな子に悲しい思いはさせたくないね。勿論、庵君も・・・・・」
手錠も足枷もなくて、周りにいる軍人も「高位クラス武器」を開放してないのはこの為だったのか・・・・・

━━━━私の理性がどれだけ試されるのか
━━━━万が一、理性を失くして人を、庵君を襲ったら最後、手を下すのは最愛の人が息の根を止める
━━━━互いに心を傷つけながら最後まで・・・・

「ふふっ・・・・色々と辛いね・・・・・」
辛くて当たり前なのかもしれない。それぐらいの事を乗り越えないと、自分の存在意義を示せないのかもしれない。
「けど、俺は信じてますよ。勿論、周りの皆んなも・・・・・部屋の皆んなや室長、元帥達だって・・・・・」
床に座ったまま庵は、ずいっと近づいてくる。夜神は驚いて身を震わせ後退ろうとしたが、それよりも早く庵の腕が伸びて、夜神を絡め取るように抱きしめていく。

「?!!い、おりくん?」
突然の事に上手く喋れない。それに、先ほどから漂う甘い香りが更に強くなる。
それは、目線を上げれば直ぐそこには一筋の赤い線が見える。
それが、庵自身が傷付けた指で描いた線だ。
赤い色からは、夜神の鼻腔に入り、脳内を犯すほどの誘惑で理性をグズグズにする程の香りがする。
「・・・・・・・・ふぅ・・・・・」
息が一段、強くなるのが分かる。辛くて自分のシャツの胸元を握りしめる。息が荒く、早くなる。
息を吸っても、吸っても苦しいし、吸う度に甘い匂いが体内に入り込んで更に可笑しくなる。

「耐えて・・・・・」
辛い声で小さく呟く。周りには聞こえない、夜神にしか聞こえない。
「これが乗り越えたら何がしたいですか?」
何かに縋るような寂しい視線を、夜神に向けて話す庵を見上げる。

したいこと・・・・・沢山ある。
皆に会いたい。また、くだらない事を話して、笑いたい。
お出かけしたい。式部やあずさに服を選んでもらって、お洒落したい。
けど、一番したいのは他にある。きっと叶わない「夢」なのかもしれないけど・・・・・

「あのね、皆んなと食事したい。大好きな食堂のご飯を皆で食べて、飲んで、お喋りして、笑って・・・・・いつか叶えたい・・・・夢のような時間を過ごしたい。叶うか分からないけど」
初めて自分の実験に子供が現れた時、話していた事だ。
食事が出来ない、必要ない体になった。否定したいのに・・・・・
けど、いつかそれを乗り越えたい。途方のない、ある意味壮大な「夢」なのかもしれない。それでも私は叶えたい・・・・・

ずっと息苦しかったのが段々と落ち着いてくる。
勿論、喉の渇きも、空腹も未だに私を襲う。
辛くない・・・とは言わない。けど、何故か全てが治まるような、乗り越えられるような、不思議な気持ちになる。
ずっとシャツを握っていた指が、段々と開いていく。ゆっくりと持ち上げていき、庵の頬にそっと触れる。

庵の辛そうな表情が変わる。驚き、目を見開き夜神の赤い瞳を見つめる。
そして、泣きそうな顔になっていく。けど、段々と瞳から微笑み、いつしか顔全体で微笑んでいる。
「叶えましょう。時間は沢山ありますから。焦らずゆっくりと・・・・・・そして、皆でご飯を食べましょう・・・・」

それは、この検証が無事に終わり、夜神は「人類の敵」ではなく、「人類の味方」と証明される事を意味する。
人類に害なす者となれば、夜神はこの場で命を絶たれる。けど、証明されれば、監視される事は免れないが生かされる。
それが分かっているだけに、庵の言葉を聞いて夜神は微笑む。
その微笑みは、いつも見ていた微笑みだ。懐かしい、慣れ親しんだ表情に庵は懐かしくなる。

「ありがとう・・・・・叶えようね・・・・だってはあるんだもんね。私は・・・・皆の元にいたい。だから乗り越えてみせる。負けないよ・・・・・」
倒れるように庵に抱かれていた体を、ゆっくりと起き上がらせる。
そして、向かい合うようにして座り、居住まいを正す。
真正面から庵を見つめる。呼吸の荒さも何もない、平常通りの様子になる。
庵も夜神の行動に感化されたのか、居住まいを正し夜神を見つめる。
赤と黒の瞳が互いにを見つめる。沈黙が辺りを支配する。

どれぐらいの時間が過ぎたのだろう。時間も忘れて互いを見つめていると、鋭い声が場の空気を一瞬で変える。
「やめいっっ!!これにて全ての検査を終了するっ!!各自、持ち場に戻るように。分かっていると思うが守秘義務を守るように。伝達があるまでは、この部屋で見聞きしたことは他言しないように」
「「はっ!!」」「「心得ました!」」
藤堂元帥の厳しい声に、壁の周りにいた軍人達は敬礼し声を出す。
張り詰めた状態のまま軍人達は部屋を出ていく。
残されたのは夜神と庵、そして藤堂元帥と安曇局長の四人だけだ。

「老若男女、相手の状態や体調も様々。そして、唯一、自分の牙で吸血したのは庵伍長だけ。だから、最後は血の味を知っている庵伍長に協力してもらった。そして、我を忘れず、最後まで乗り越えた・・・・・・勿論、これからも監視は続くし、人を襲う吸血鬼と何ら変わらない行動を一回でもしてしまったら、我々は凪に対して武器を使って命を奪う。完全に自由ではないが、それでも凪は人類の為に命を懸けて吸血鬼と戦うのか?」

先程の厳しい、鋭い声はなくなり、落ち着いた静かな声で夜神を見下ろす。
床に座った状態の夜神は、見上げたままで藤堂の言葉を聞いていたが、ゆっくりと立ち上がり藤堂を見つめる。
赤い瞳は、庵の時に覚悟を決めた眼差しのままだ。
「勿論です。私は吸血鬼になってしまいました。自分から望んで吸血鬼になった訳ではない。けど、どう足掻こうとなってしまったものは変えられない。変わるなら変えたいですが・・・・・・」
最後は段々と声の覇気がなくなり小さな声になる。何かを堪えるように握った拳が震えている。
「けど、私は他と違う。私は人の味方でいたい。人を助けたい。吸血鬼から守りたい。だから、守らせて下さい」
藤堂と安曇に向かって深々と白練色の頭を下げる。その様子を見ていた庵も同じように頭を下げる。
「私からもお願いします。な・・・・夜神さんは人の味方です。そして、誤った道に進んだら私はは容赦なく命を断つ覚悟をしてます。だから、どうかご配慮願えればと思います・・・・・」

二人の様子を見ていた藤堂は口を開く。そこからつむぎ出される声を、二人は頭を下げながら聞いた。
「覚悟は相分かった。なら、実行しなさい凪。味方だと言うならば、人とは違う、並外れた力を使い人を助けなさい。吸血鬼の毒牙から人を守りなさい。けして、我々を人を裏切ることのないように・・・・・・庵伍長。たとえ君にとって凪が大切な人であろうと君は軍人。人を守る立場だ。凪が人を襲う吸血鬼に成り果てたら、迷いなく凪を討伐する事を誓うか?」

それだけの覚悟を持って頭を下げているのか?口から出た言葉に誓えるか?覚悟があるのか?
藤堂の言葉には色々なモノが含まれている。その言葉に嘘偽りなく誓える覚悟があるのかを聞いてくる藤堂に庵は頭を上げる。
真剣な黒い瞳が藤堂を見つめる。その瞳は覚悟を決めた男の目だった。
「はい、誓います。私はたとえ、大切な人だとしても、人を襲う吸血鬼なら命を懸けて戦い、討伐します・・・・・・何があろうと・・・・・」

固い声で宣言する。それを聞いた藤堂と安曇は頷く。
「分かりました。二人の覚悟・・・・後は、我々に任せてください。二人とも今日はお疲れ様でした。疲れたでしょう。部屋に戻って休んで下さい。庵伍長、夜神さんを部屋まで連れて行って下さい。目隠しはちゃんとして下さい。それから夜神さん。後日、我々の判断を知らせると思います。それまでは部屋で待機していて下さい」
安曇局長の落ち着いた声に夜神は顔を上げて、藤堂と安曇の顔を見る。
その顔は先程とは違い、穏やかな表情をしていた。

何かに安心した表情にも見えるのは気のせいだろうか?それぐらい穏やかな表情に夜神も硬かった表情が少し解れた。それでも真剣な表情には変わりない。
「はい。ありがとう御座います。良い返答がある事を願います」
「はい。承知しました」
二人の返答を聞いた藤堂と安曇は頷くと部屋を出ていく。

残された二人は、上司の二人が部屋を出ても動く事はなかった。
何かに安堵したのか、これからの事を考えているのか、それはそれぞれの胸の内にしか分からない考えだった。
その中でも二人の手は近づき、触れ合うと互いににギュッと手を繋ぐ。
互いの体温が手を伝わり、互いの体に広がる感覚がする。冷えていた体と心が熱で温められる気持ちになる。

暫しの間、心と体の安堵を互いの熱で補った。それが当たり前だと錯覚するほど自然に。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

何とか大佐の存在意義(なのか?)が認められました。
それにしても、手当たり次第の人で試しているような気が・・・・・軍って怖っ!!
藤堂元帥が考えてなのか、安曇局長が考えてなのか、それとも別の人間かは謎です。
取りあえず、人類の味方か敵かを確認したかったんでしょうね~

大佐は軍に復帰出来るのか?それとも雑用係か?はたまた実験体か?
そのうち分かるでしょう・・・・・
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