ブラッドゲート〜月は鎖と荊に絡め取られる〜 《軍最強の女軍人は皇帝の偏愛と部下の愛に絡め縛られる》

和刀 蓮葵

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藤堂元帥や七海中将を先頭に、後をついて行くように夜神が歩く。
気不味いとかの雰囲気はない。むしろ、「やっとか・・・」と、期待に溢れた雰囲気で居心地が良い。
けど、何を話せばいいのか分からなくて無言になってしまう。
三人の靴音だけが聞こえる廊下を歩く。この廊下を歩くのも久しぶりだ。

皇帝による侵略から上層部や、軍の施設にいたし、その後は帝國にいた。
再び、軍の廊下を歩けるとは思いもしなかった。けど、実際は歩いている。それも、着ることは叶わないと思っていた軍服を着てだ。
夢心地とか、曖昧でふわふわした表現が合いそうなほど、自分の心は浮足立っている。
見栄なのか、恥ずかしいのか、なるべく顔に出さず、長谷部室長もびっくりの無表情を装っているが、口の端が少し持ち上がるのは内緒だ。

夜神が顔の表情で一人、戦っている時、藤堂と七海もまた同じように顔の表情で戦っていた。
幼い頃から見てきた娘が立ち上がり、再び軍服を着て共に戦う。
全てを奪われて、心を打ち砕かれた。沢山、泣いただろう。何度、自分を追い詰めたのだろう。けど、自分の足で再び立ち上がり、歩みだした。
誇りに思うし、何より強いと思ってしまう。

養父だった友は既にこの世にはいない。きっと空から見守っていると思う。余りにも色々あって、心休まる暇なく、ハラハラしながら見守っていたと思うが、やっと落ち着いて見守れるかもしれない。
この世にはいないが、その分、我々が見守るから安心して欲しい。

そして、軍の復帰を心から祝おう。平常を装おって無表情でいると思うが、我々を甘く見ないで欲しいものだ。嬉しいのが分かるほど雰囲気が伝わる。顔が綻んでいるのが分かる。それは、我々も一緒か・・・・・・
互いに無表情で平常を装いながらも、心は浮足立っていて、今にも羽ばたきそうな程の気持ちを互いに隠しながら廊下を歩き目的の場所に着く。

「第一室」と書かれた扉の前で三人は立ち止まる。藤堂はノックすると、返事が聞こえる。
ゆっくりと扉を開き、藤堂、七海、夜神の順で入室する。
部屋の奥には大きな机があり、その場所を使用する人物が座っていた。
この「第一室」の室長であり、夜神の上司でもある長谷部 匡介はせべ きょうすけ中将だ。相変わらずの無表情で感情が分からない・・・・・のは、慣れてない人だけで、夜神達ぐら付き合いの長い人達ならすぐに分かる。
とても喜んでいる事を。目の表情、口の微妙な角度で分かる。夜神の復帰を歓迎しているのが。

その周りには第一室の隊長達である七海 虎次郎ななみ とらじろう中佐、相澤 千明あいざわ ちあき中佐、式部 京子しきぶ きょうこ大尉、そして、夜神の部隊で唯一の隊員である庵 海斗いおり かいと伍長が立っていた。
腕章には金や赤ラインがあり、全員「高位クラス武器」保持者を意味している。

そんな、優れた人物達の前に進み出る。あれ程、浮足立っていたのに、一歩、一歩進むごとに緊張してきてしまう。足が震えるまではいかないが、妙に重く感じるのはなぜだろう・・・・・

両端に避けた藤堂元帥と七海中将の間から、夜神は長谷部の座る席に近づく。すると、待ち受けていたように長谷部室長は立ち上がり夜神を見る。その行動を一通り見ると夜神は敬礼する。
「本日より復帰しました。至らない所等、御座いますでしょうがご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」
「夜神大佐の復帰を心より喜ぶ。以前のような活躍を期待する」
夜神の言葉に答えるように、長谷部室長は敬礼し活躍を期待する言葉を言う。
その言葉と共に周りにいた隊長達も同じく敬礼する。

その顔は皆、心から歓迎する顔だった。例え夜神が吸血鬼になろうと、自分達の敵である吸血鬼に変わっても、夜神は夜神だと。
幼い頃から知っている夜神は強くて、少し世間とズレていて、相手の恋慕を尽く打ち砕く事に事欠かない。
華麗で苛烈な剣士の夜神を知っているから、今、目の前にいる女性は姿形は吸血鬼でも、中身は自分達の知っている夜神だ。
誰よりも吸血鬼を憎み、この手で殲滅する事を望んでいた。
なのに、その、吸血鬼になってしまい、心の葛藤は計り知れないのも分かっている。

なら、少しでも安心を安らぎを与えるにはどうしたらいいか・・・・・・悩んた末、今までと変わらない態度で接することがいいのでは?と、誰もが思った。
変に態度を改めても気まずいだけ。だからといって気を使いすぎるのもよくない事は分かる。
なら、今まで通りが一番いいだろう・・・・・が、皆の共通認識だった。

「おかえりなさい・・・・夜神大佐」
式部の落ち着いた、けど、何かを堪えているような詰まった声を夜神に向ける。
「・・・・・ただいま・・・・式部、みんな・・・・」
敬礼する為に上がっていた腕がゆっくりと下がっていく。
いつものように微笑んでいるのに上手く出来ない。
目頭が熱くなる。何で熱くなるのかも分かっている。必死に涙を堪らえようとしているからだ。
泣かないように頑張っているから、目頭が熱くなる。

「こみ上げてくる気持ちは分からんでもないが、少しだけ話をさせて欲しい・・・・・長谷部室長を・・・・・」
少しだけ気不味そうな藤堂元帥の声に、夜神と式部は少しだけ恥ずかしい気持ちで藤堂元帥を見る。
「例のモノ?」
気になる言葉に夜神は藤堂元帥をまじまじと見てしまう。
すると、長谷部室長は机の下から、トランクを取り出す。長くて黒いトランクは金属製で頑丈な作りだ。
カチャカチャと音をさせながらトランクを開き、夜神に開いた方を見せる為に方向転換する。
「?!!っ・・・・・」
トランクの中に入っていたのは見覚えのある「高位クラス武器」だ。
青い柄巻きの蒼月そうげつ
赤い柄巻きの紅月こうげつ
黒い柄巻きの黒揚羽くろあげは
仕込み簪の月桜つきざくら
どれも自分が使ってきた、命を預けて、力を信じて振るい続けた刀達だ・・・・・

「みんな・・・・・・」
無意識に手が伸びそうになるのを堪えた。まだ、許可は下りてない。それに、再び力を貸してくれるのかも分からない。
意思を持つ武器で、自分達の力を発揮してくれると信じた者にしか力を貸してくれない。
一度、手放した者に再び力を貸してくれるのかも正直分からない。何故なら、前例がないからだ。
手放すイコール「死」を意味するからだ。
武器を使用した者は、吸血鬼の戦闘で命を落としている。そして、武器を回収して次の使い手に行く。それを繰り返してきた。
また、生きてる間に譲渡し、新たな使い手が使い続ける事も稀にある。
そのどれにも、今回は当てはまらない。

「再び「高位クラス武器」が使い手として認めてくれるかは正直分からない。それでも武器に問うか?やめるか?」
藤堂元帥の固い声と表情で、真剣に質問する。
このまま引き返すのもありだし、どんな結果になろうと試練を乗り越える事も出来る。
なら、自分は・・・・・・
「武器に・・・・私はもう一度、使い手として認めてくれるのかを問わせてください」
覚悟を決めて藤堂を見る目は、真剣で迷いのない赤い瞳だった。
その覚悟を肌で感じた藤堂は軽く頷き、手を武器が置かれているトランクに差し伸べる。

一歩近づき武器を見つめる。緊張してしまい唾を飲み込んでしまう。武器を見つめるが、急に怖くなり顔を上げてしまう。
目が合ったのは式部だった。心配しながらも切れ長の目で真剣に見つめてくる。そして、軽く頷く。「心配ない」と言っているようにも見える。
隣りにいる虎次郎は、いつもの飄々とした態度で笑っていた。心配なんて全く感じない。むしろ「早くしろ~」と言っているようにも感じる。
相澤中佐は式部と同じような顔で、心配そうな顔だったが、でも何処かで信じているような雰囲気だった。
そして、隣にいる庵君は真剣な顔で見つめていた。心配も不安も微塵に感じない。ただ、武器と私の絆を信じているような顔で見つめていた。
みんなの顔から、不安は感じない。そのことだけで背中を押さえられた気持ちになる。

軽く深呼吸をし、手を蒼月に伸ばす。触れるギリギリまで手を伸ばし止まる。少し手が震える。このまま何もなかったら・・・・・・
一抹の不安が脳内を過る。けど、信じたい・・・・
躊躇いながらも黒い鞘に手を置く。一呼吸置いて鞘から温かさが伝わる。まるで生きているように「ドクン」と鼓動が伝わる。そして、ほのかに淡く青白い光彩を放つ。
「あ・・・・・・」
それは、初めて蒼月を手にした時と同じ光景だった。武器が使い手として認めてくれた証━━━
そのまま滑るように紅月にも手を伸ばす。
蒼月と同じ様に温かくなり、鼓動と共に赤い光彩を放つ。
黒揚羽に手を伸ばすと一羽の黒い蝶が生まれ、ヒラヒラと羽ばたき霧のように消えていった。

月桜は何も起こらない。寧ろそれが正しい。自分の家の家宝として代々受け継がれた。幼い頃からいてくれた存在。そして、いざという時の大事な懐刀ふところがたな。アベルがルルワに託した武器。万が一、カインがこの世界を手中に収めようとした時に戦う為の武器。

「・・・・・・ありがとうみんな・・・・・私を認めてくれて、再び力を貸してくれて・・・・貴方達にもう一度触れられて嬉しい・・・・・」
認めてくれる仲間武器がいてくれることは幸せなのかもしれない。
自分の居場所を、元々いた居場所を少しずつ取り戻せて幸運なのかもしれない。

「高位クラス武器」が夜神を使い手として認めた為、しばしの眠りから目覚める。そして、覚醒した為、隊長達の「高位クラス武器」が一斉に鳴きだす。
「どうやら、短い眠りから目覚めたようだ。夜神大佐を使い手として認めたのを確認した。もう一度、蒼月達を使い討伐任務を遂行してくれたまえ。己の力と存在をたっぷりと奴らに見せつけろ。そして、自分は奴らとは違う事を仲間に知らせろ。自分の居場所は己で掴み取りなさい・・・・・嵐山もだが、少なくとも私達も夜神大佐の味方である事を忘れないで欲しい」

元帥の立場なら言わない言葉を、夜神に向かって投げかける。
一人ではない。仲間はいる。少なくともこの部屋にいる人は夜神の事を邪険にはしない。
辛いこと、壁にぶつかり挫けそうになっても、手を差し伸べる人はいる事を知って欲しい・・・・・
色々な意味を込めて、藤堂は夜神に言葉を投げかけた。そして、夜神は藤堂の言葉を聞いて、周りにいる人達を一人、一人見ていく。
その誰もが、邪険や軽蔑、侮蔑などの眼差しは一切ない。あるのは、温かい優しい眼差しだけ。
日だまりのようは眼差しに、ずっと強張っていた表情が段々と溶かされていく。
そして、ずっとみんなに見せていた微笑みを、再びみんなに向かって微笑む。

「・・・・・ありがとうございます・・・・」
多くを語ることはなく、短いありふれた言葉だけで感謝を伝える。けど、その言葉だけ十二分だと周りの人達も思ってしまう程、夜神の感謝の言葉はそれだけの重みがあった。



夜神が軍に復帰したが、すぐに討伐任務をする事はなかった。
著しい体力の低下の為リハビリと、事務作業をする為に内勤を言い渡される。
また、活動範囲は軍の施設の中だけに留まり、施設外━━━━━外に出ることは許可されなかった。
それでも生かされる事、認めてもられる事が嬉しかった。
もし、存在を認めてもらえたならば、外に出ることを許可されたならば、真っ先に母親や先生のお墓に行きたいと心の中で願いながら、与えられた仕事を着実にこなし、時に仲間の剣術指導をする。
そんな、日々を過ごしなから数ヶ月が過ぎたある日、夜神は等々、外出の許可が出た。勿論、一人だけの外出は出来ない。それでも一歩前進だと思った。

それは、自分の存在が人類に仇なす者ではなく、手を差し伸べる者、人を救う者として認められた証しだと夜神は思った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

蒼月達も夜神の元に戻ってきました!
これで、完璧な「夜神大佐」の復活です!
そして、やっ~~と外出許可が出ました。長かったねーです。
許可が出て、真っ先に向かうのは先生のお墓参りです。勿論、一人では外に出られないのでお供はいますよ?その、お供は誰でしょう~
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