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「夜神中佐を追いつめた人物は、エルヴァスディア大帝國、皇帝、ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルです。吸血鬼の親玉ですよ」
「七海それは間違いないのか?」
長谷部はあまりの事に、普段は崩さない表情を少しだけ崩す。
────皇帝・ルードヴィッヒは我々、軍の人間にとって一番重要人物で、一番危惧しなければいけない存在なのだ。その、危険人物が夜神を追いつめたとなると、黙ってはいることは出来ない。
「俺は一度だけ、皇帝に会ってます。三年前の「スクランブル交差点襲撃事件」で。その時夜神と一緒でした。藤堂元帥と長谷部室長も記憶にあるのではないですか?そして、二人は嵐山大佐から何か言われてませんでしたか?」

藤堂と長谷部はお互いの顔を見合わせる。

────七海の言う通り、嵐山の最後の言葉を聞いていたのだ。「皇帝は凪を狙っている」だから気をつけろと。

「聞かせて貰おうか。七海少佐。どういう経緯で皇帝に会ったのか。凪とのやり取りを」
藤堂は七海に詰め寄る。七海も夜神がおかしくなったのを見てから、覚悟を決めていた。

「はい。三年前の事です」
七海は今でも記憶に鮮明に残っている出来事を語っていった。



嵐山大佐の元で、夜神と七海は今回の討伐の任務にあたった。そして湧き出る下位クラスを討伐していく。
「煙幕が邪魔で視界が悪いな・・・・夜神、気をつけろよ!」
「分かっているよ虎次郎。それにしても大胆な奇襲を仕掛けてきたよね。ヤケになったのかな?」
「知るか!・・・・チッ、また出やがった」

第一ゲートから一番近い大都市で、吸血鬼による奇襲攻撃があり、軍はこれを掃討する為、大規模な避難をさせたり、マスコミや民間人に悟らせないように煙幕を張り、「毒ガスが出た」と偽って近づけさせないようにした。
これが「スクランブル交差点襲撃事件」だ。その時、吸血鬼は多くの下位クラスやBクラスを引き連れてきた。それに対応する為、日本軍も大量の人員を導入して掃討作戦を決行する。
その結果、殉職者を多数生み出した。その一人が夜神嵐山大佐で、夜神凪の義理の父親でもある。

「抜刀・黒揚羽くろあげは!」
夜神は懐剣を取り出すと名前を呼んで、武器に力を宿す。そして蜘蛛型のDクラスに一気に詰め寄る反動を利用し、跳躍して頭から腹にかけて唐竹割りでDクラスを討伐する。
「夜神!大丈夫か?・・・・・あぁー大丈夫そうだな」
七海は夜神の様子を見る。七海よりも多くの討伐をしているが、疲れを一切見せることなく淡々とこなしていく。
自分より小さくて細いのに、どこにそんな力があるのか不思議で仕方がない。
「討伐終了。虎次郎ちゃんと仕事してよね。早く終わらせないと夜になるよ」
「お前が出張って横取りしていくんだろうが!次は俺の番だからな」
「はぁーい。了解しました」
「分かってんのかよ?」
七海も夜神も軽口を言い合いながらも、次々に討伐していく。

そしては突然現れた。煙幕のせいで人影が陽炎のように揺らめいているが、その力を誇示する圧迫感や威圧感が二人に緊張感を高める。
「・・・・夜神、気を抜くなよ。相手が強すぎる・・・・・Sクラスとも違う。ましてやW・Tダブル・トリプルとも違う。何者なんだ?あいつは!」
七海は今まで討伐してきた吸血鬼と比べる。全てにおいて他の吸血鬼とは違いすぎるのだ。
「虎次郎、来るよ!!」
夜神は懐剣を構える。七海も槍を構えていく。煙幕の中から姿を表したのは一人の男性だった。
アイスシルバーの髪を緩く括り、金色の目は涼しげな奥二重で、詰め襟の軍服を着ている。
「おや?ここにも居たのか。はぁー面倒くさいが仕方ないか・・・・・・」
ルードヴィッヒはため息をして二人の軍人を見る。だか、その視線の先にいる白目の女性軍人を見て、下降気味だった気分が一気に上昇する
「ハァハハハ、まさかこんな所で会えるとは思わなかったよ。ローレンツと別れて正解だった。あんなに幼かったのに大きくなったんだね、凪ちゃん」
「はぁっ!?夜神、これはどう云うことだ?」
七海は吸血鬼が喋っている事が理解出来なかった。夜神とこの威圧感を放つ吸血鬼が顔見知りの仲にあることに。

夜神は煙幕から出てきた吸血鬼を見て、体が強張った。だが、すぐにフツフツと感情がその強張った体をほぐす。その感情は怒りや憎しみだった。
「皇帝っ!!」
夜神は叫んで握っていた懐剣に更に力を込めて握り、ルードヴィッヒに向かって走り出す。
「夜神!感情で動くな!!」
七海の注意も通り過ぎて、夜神は真っ直ぐ向かっていく。ルードヴィッヒは悦楽の表情を浮かべて、両手を広げる。それは自分に走ってくる夜神を受け止めるようにも見える。
「嬉しいな。凪ちゃんから来てくれるなんて。けど、その手の物はダメだよ。お仕置きが必要かな?」
ルードヴィッヒの広げた両手から鎖が生み出されると、夜神に目掛けて放ち、体を拘束する。首にも巻き付いた鎖が圧迫して夜神の息を止めていく。
「あぁ、ぐっ、あ・・・・・・」
鎖を巻き付けた夜神を手繰り寄せるようにして、ルードヴィッヒは自分の胸に抱き寄せて、首の鎖を外す。
夜神は圧迫や息がでかなかったことで咽てしまい、一瞬無防備になる。そこをルードヴィッヒは見逃さず、首元を無理やり広げて鎖の跡が残る首に牙を突き立てる。
「いっ、あぁぁぁ!!」
「夜神!!手を離せ──っっ!!」
七海は夜神の居る所まで走り、吸血鬼の頭に槍を突き立てようとしたが、無数の鎖が七海目掛けて来る。それをかわすために、後ろに後退して、槍で叩き落とす。

「くっ、近づくことも出来ないのか!」
「相変わらず、凪ちゃんの血は蜜よりも甘いね。あぁ、君は凪ちゃんの仲間かな?返して欲しいの?仕方ないなぁ~。ちゃんと受け止めろよ」
吸血鬼はそう言って、体を拘束していた鎖を外すと、血を吸われすぎてふらついている夜神を、七海の方向に思いっ切り突き飛ばす。
「おい!ぁぶねー。夜神大丈夫か?」
軽い貧血を起こしているが、命に別状はなさそうで軽く安堵する。
「さて、凪ちゃんは残すけど、君は要らないかな?会ったばかりだけどゴメンね」
「チッ!抜刀・・・・・」
「凪!!虎次郎!!抜刀・蒼月そうげつ吼えよ!!」
七海の後ろから二人を呼ぶ声がしたと思うと、軍服を着た人影が通り過ぎて、ルードヴィッヒに一太刀浴びせる。
だが、ルードヴィッヒも応戦するように、腰に下げていた剣を抜いてその大刀をかわす。
「嵐山大佐!!」
「遅くなってすまない。凪を連れて逃げろ。ここは私が引き受ける」
「勝手なことをしないで欲しいな。凪ちゃんは置いていって欲しいけどな。仕方ない。二人は死んでもらおうか」
ルードヴィッヒは嵐山から繰り出される突きを、ギリギリの位置でかわしていく。
「人間にしてはやる方だね」
「褒めていただき光栄だね。貴様は皇帝だな?」
「エルヴァスディア大帝國の皇帝で間違いないよ。そんな君は何者だい?」
「吸血鬼殲滅部隊、夜神嵐山。そして凪の先生だ」
「へぇ~先生かぁ」
嵐山とルードヴィッヒの刀と剣がぶつかり合う。お互い一歩も引かず、そしてギリギリの所を狙う。喉元を狙えば喉元を。眉間を狙えば眉間を。

ルードヴィッヒは後ろに跳んで、一旦距離を置く。嵐山はそのまま、下段に構えて動きを見る。互いが引かず沈黙だけが過ぎていく。そして、ついに動いた。
動いたのはルードヴィッヒだった。片手だけで剣を持ち、腕を自分の前に突き出して突進してくる。

それを嵐山は刀でなしていくが、ルードヴィッヒは鍔迫り合いに持ち込んでいく。そしてお互い自分の後方に跳び、それぞれ構える。
「流石、凪ちゃんの先生だね。けど、残念」
ルードヴィッヒは薄ら笑いを浮かべて、片手で剣を持ち、剣の先を地面に向けて、自由になった手は手の平を空に向ける。すると手の平から無数の鎖が生み出され、次々に地面に刺さっていく。
刺さった鎖は、地面を伝い七海や夜神の居る所や、嵐山の足元から絡め取るように、次々と生えてくる。
それはまるで植物の様に。三人の肢体を絡め取り、自由を奪い、他者が簡単に嬲られやすい様に。
ルードヴィッヒの意思で動いてく。
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