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暫く嗚咽を漏らしていたが、次第に落ち着いてきたのか体の震えもなくなり、スンスンと鼻を鳴らしていく。

落ち着く間、庵はずっと髪を撫でていた。黒髪の夜神しか知らない庵にとって、この髪の色に驚きだった。
白練色で光に当たるとキラキラと輝いて、神々しくも見える。髪も瞳も白い夜神を見て、汚してけがしてはいけない気持ちになる。
だが、寝間着の隙間から見える首や腕には、無数の噛み跡や、男女の交わりで付けられた鬱血の跡が色濃く残っているのを見て、軽い憤りを覚えた。何か大切なものを汚された気分になってしまう。

「夜神中佐。落ち着きましたか?ここは軍の病院です。帰って来たんですよ。ここには味方しか居ませんよ。誰も夜神中佐を傷つけたりしません。だから安心して下さい」
庵はゆっくりとした口調で夜神にひたすら「安心」を言い続ける。
夜神も落ち着いてきたのか、庵の首に回っていた腕を外して、布団にポスッと力無く置く。庵から離れてベッドに座った夜神の目からは涙が溢れて、次に次に頬を伝う。庵はその涙を優しく指で拭っていく。
「泣き止んで下さい。ここにいる人間は中佐に酷いことはしません」
いつも微笑んでいた時と比べたら、今の夜神は色々と危うさを感じる。このままほっておく事など庵は出来なくて、どうしょうと悩んでいたが、突然自分の胸に夜神が顔を埋めてきた。
「中佐?!」
驚いてしまったが、胸元の服をギュッと掴んでいる様子を見て、拒否することも出来ず、好きなようにさせることにした。
その代わりに背中をゆっくりと撫でたり、ポンポンと軽く叩いてあやしたりする。暫くそうしていると、病室の扉が開いて、二人の男女が入ってきた。

「起きてっかぁ──夜神?!・・・・・な、お、ちょ、起きてんなら、ナースコールしろ!庵青年!ははぁ~ん。邪魔さたくなかったか?すまなかったな!」
「ち、違います!!中佐が落ち着くのを待ってたんです!起きた時に凄く怖がっていて!!それで抱きついてきて!それで!だから!」
病室に入ってきた、七海と式部は、抱き合っている庵と夜神を見て驚いたのと、「野暮なことをしてしまった!」と盛大な勘違いをして苦笑いをする。

対してその盛大な勘違いに巻き込まれた庵は、顔を赤くしたり、青くしたりと忙しくしている。そして肝心の夜神は、ボーッと虚ろな眼差しで病室の扉を見る。一瞬、誰か分からなかったが少しづつ記憶がハッキリしていく。
「式部?虎次郎?」
「夜神中佐。大丈夫なの?気持ち悪いところとかない?」
式部はゆっくりと近づいていく。そして白練色の頭を撫でる。
「式部なの?」
「えぇ、そうよ。おかえりなさい。虎、ナースコール代わりにしておいて」
「人を顎で使うな。夜神。おはよう。昼過ぎだけどな。気分は大丈夫だな?よし・・・・・・・すみませ~ん。夜神中佐起きました。元帥達に連絡お願いします」
七海は式部の命令に従い、ナースコールを押して夜神が起きたことを伝える。

庵は何だか恥ずかしくなり、夜神をゆっくりと自分から引き離して、少しづつ後退る。そうして問題のない距離まで移動する。
夜神は式部の行為を大人しく受けていたが、病室の扉が慌ただしく開いたのを合図に、式部も七海の所まで戻る。
代わりに医者でもある日守ひもり衛生部長が二人の看護師を連れてやってくる。

それを見ていた七海は、隣に来た式部にこっそりと話す。
「式部。念の為隊員を近くで待機していて欲しい」
「えっ?確認をもうするの?」
「早い方が良いし、多分二人もすぐ来ると思うから」
「分かった。連絡するから後のこと宜しく」
式部は七海の指示で、隊員に連絡する為病室を出ていく。そして暫くすると藤堂元帥、長谷部室長が次々に訪れる。

「藤堂元帥、ご迷惑お掛けしました。長谷部室長もすみませんでした」
日守衛生部長が色々と処置をしている合間に、夜神は二人の上官に謝罪をする。自分がもっと強ければこんな事態にはなることはなかった。全て自分の弱さが原因で招いた失態なのだ。
「如何なる処分も謹んで受けます」
「相分かった。中佐の気持ちは受けておこう。沙汰は追ってくだす。今は体を充分に休めなさい」
藤堂は夜神の覚悟を理解した上で、返事を先延ばしにしていく。この場で処分の話をするのは話違いだと判断した。
人が多すぎる上、今しないといけないのは七海の確認作業なのだ。余計な考えを夜神に与えないため藤堂は深く話さなかった。
その変わり、七海の顔を一睨みする。七海は心得ているようで、顔を引き締めて軽く頷いている。
夜神の処置をしていた日守衛生部長の顔を見ると、日守衛生部長も頷く。準備は出来ているようだ。

「ごめんね~夜神。急に連絡が来て・・・・藤堂元帥に長谷部室長!」
部屋を出ていた式部が、二人の上官が居るのに驚いて敬礼で挨拶する。
「楽にしなさい。忙しいみたいだね?大丈夫かね」
「ありがとうございます。至急な要件ではないので大丈夫です」
式部は夜神の近くまで来ると、ニッコリして頭を撫でる。突然の行動にびっくりして固まっていると、控えめなノックと共に一人の隊員が入ってくる。
その隊員に見覚えがある。式部の部隊の隊員だ。扉の前で敬礼して式部の元にやってくると、持っている書類を渡そうとした時に、懐から何かが夜神が居るベッドに落ちる。
ボスッ!!ジャラ!と重たい音がする。隊員はしまった!と焦った顔になり、それを拾い上げる。それは鎖鎌で鎖を夜神に向けてゆっくりと見せて拾う。

(このまま、何事もなくスルーしてくれ)
七海は表情は変えず、心の中で祈った。他の人間も表情は変えなかったが固唾を飲んで夜神を見る。
「大丈夫ですか?夜神中佐?どこか当たったりしてませんか?」
鎖をジャラジャラとさせながら隊員は夜神に怪我の有無を確認する。だか、これも全て七海の指示で動いているのだ。

ただ一人、この状況で顔色が変わった人間がいた。それが夜神だ。藤堂と話していた為真剣な顔つきだったか、式部の隊員が何かを落としてから、顔つきが怖ばってきている。そして鎖鎌の鎖を見せつけられた時に、蓋をしたかった記憶が、次々に蘇る。


『凪ちゃんはいけない子だ。お仕置きが必要だね』

ルードヴィッヒはそう言って、夜神に何度も体に体内から生み出される「鎖」を使って束縛していく。
手首をベッドに固定したり、時にはその鎖で吊るされて何度もルードヴィッヒを受け入れた。
足首と手首を繋がれて、えも言わぬ体勢をさせられたこともある。
束縛だけではない。胎内にも入れられたのだ。動きを封じられ、自尊心をズタズタにされ、夢にまで追いかけられた物だ。夜神にとってそれは心を抉られるばかりか、記憶から消し去りたいほどの物なのだ。

「あ、あ、ぃや、いや!ゆ、ゆるして・・・・・」
「もういい!!武器をしまってくれ!」
七海は急いで式部の隊員に指示をだす。隊員も、慌て武器をしまうが既に遅かった。
夜神の開かれた目からは涙が流れ、両耳を塞いで、記憶を消したいのか頭を降っている。
「ごめんなさい、ごめんなさい。おしおきしないで・・・・」
口からは誰かに許しをもらうためか、ずっと謝り続けている。
「日守衛生部長!」
藤堂はこのときのために待機していた衛生部長の名前を呼ぶ。日守は準備していた鎮静剤を素早く投与していく。

後退りながら頭を振り、暴れてたが薬が効いてきたのか次第に鈍くなり、やがてベッドに倒れ込む。日守と看護師の三人で布団に寝かせて、ズレてしまった点滴をもとに戻す。

その様子を静かに見守りなが藤堂は口を開く。重く、思い詰めたような声だった。
「七海少佐。この状況で何が掴めた?予測していた事だったかね?」
藤堂は七海に確認する。七海も予測していた事が起きたことに、強い怒りを覚えた。そして夜神の行動で全てが確信に変わった。
「はい。分かりました。夜神をここまで追い詰めて、自尊心も誇りもズタズタにした人物が!」

そう、この確認は夜神を追いつめた人物を特定する為のもの。その為に色々な人の手を借りて確認したのだ。そして全て繋がった。
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