【R18】陰に堕ちる 〜優しい彼女より、狂った彼女に溺れました〜

いろは杏⛄️

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第14話 笑顔と軋みと、脳裏の澪

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 朝の光が差し込む教室の窓辺に、いつものように晶は座っていた。

 机の上には開いた教科書、ペンケース。隣には優里。前の席の男子が、どうでもいいようなテレビ番組の話題で笑っている。

 ――世界は、何も変わっていないように見えた。

「ね、今日放課後どうする?」

 優里が、小さな声で訊いてくる。

 晶は一拍遅れて、顔を向けた。目を細めて笑う。癖になった作り笑いだ。

「ああ……うん、特に予定ないよ。どっか行く?」

「やった。じゃあ、カフェ寄って、それから……」

 言葉は耳に届いていた。意味も分かる。返事もできる。
 ただ、頭の中では、別の声が鳴っていた。

 ――「出しても、いいですよ」

 囁くような、甘い、濡れた声。

 あの夜。動画越しに見た、澪の姿。
 あの白く細い指が――肉を掻き回し、蜜を垂れ流しながら自分の名を呼び続けた、あの光景が。

 それが、脳裏にこびりついていた。

 剥がれない。
 焼き付いている。
 目を閉じても、開けても。
 息をするたびに、あの匂いが蘇るような錯覚。

 気づけば、制服の下、下腹部に鈍い熱が宿っていた。

(……いけない)

 そう思っても、思考が止まらない。

 あの時、触れずに絶頂したあの感覚。
 見られていた。許された。支配された。

 ――澪に、見られたまま、出してしまった。

 その事実が、悦びと罪悪の区別を曖昧にしていく。

    * * *

 昼休み、教室の机に突っ伏していた晶の脳裏に、澪の喘ぎ声が走った。
 脳が勝手に再生する。音も、動きも、あの映像そのままに。

「っ……」

 慌てて身を起こす。
 視界の端で、女子たちが戯れあっていた。
 そんな些細な音すら、澪の淫音と重なって聞こえる。

(……もう、やめろ)

 そう願っても、脳は従わない。
 ノートに文字を写しているつもりが、無意識に線を引いていた。
 細く、繰り返し。
 まるで、誰かの太腿を撫でるかのように。

(まずい……本当に、俺……)

 澪がいないのに、澪がいる。
 いなくなったからこそ、身体の奥まで染み込んでいる。

「晶? どうかした?」

 優里の声に、はっと我に返る。

「……え、ああ、大丈夫。ちょっと寝不足で」

 笑顔で返したつもりだった。

 でも、心の中では叫んでいた。
 このままじゃ戻れないと。
 日常という名の皮が剥がれ落ちていく音が、自分には聞こえていた。

    * * *

 放課後。

 優里と別れた後、晶の足は無意識のうちに動いていた。
 校門を越え、裏手の通路。夕陽に照らされた廊下を歩きながら、どこへ向かっているのか――意識はしていなかった。

 気づけば、そこに立っていた。

 旧準備室。
 もう澪が姿を見せなくなって久しい、あの扉の前に。

 手が、伸びる。
 ノブに触れる。冷たい金属が、やけに心地よかった。

 けれど――鍵がかかっていた。
 当然だ。もう澪はいない。

 それでも、数秒。いや、十数秒。
 晶は扉の前で立ち尽くしていた。動けなかった。
 耳を澄ませば、かすかに、室内から水音が聞こえたような気がした。

 しゃぷっ、くちゅっ……と、濡れた音。

 空耳だと分かっているのに、息が荒くなる。

 音が止まった瞬間、扉の隙間からふわりと、甘い香りが漂ってきたような気がして――。

(……ここに、いる)

 確信めいた錯覚。

 澪が、いる。

 扉の向こうで、自分を待っている。
 自分を見ている。許してくれる。支配してくれる。
 そう思っただけで、下腹部が膨張し始めていた。

 熱い。
 重たい。
 苦しい。

 でも、出せない。
 ここではダメだ。
 澪が「いいよ」と言ってくれないと――出せない。

    * * *

 その夜。
 シャワーを浴び、部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込んでも、澪の影が頭から離れなかった。

 天井を見つめながら、晶は口を開く。

「……浅葱」

 自分の声に、心臓が跳ねる。

 ふいに、視線の先――鏡の奥が揺らめいた。

 薄暗がりの中、そこに映ったのは、自分の姿ではなかった。

 ――澪だった。

 白い肌。濡れた瞳。少しだけ開いた唇。

 音はしない。けれど、その唇が確かに動いた。

 『見てるよ』

 心臓が止まりそうになった。
 けれど、逃げなかった。目を逸らさなかった。

 澪の幻影が微笑む。指先を唇に当てる。
 まるで、「静かにして」「ここだけの秘密」とでも言うように。

 その瞬間、晶は――笑った。
 穏やかに、嬉しそうに、静かに、壊れたように。

「……うん。俺、出してもいいよね」

 誰に問いかけているのか、自分でも分からなかった。

 ただ、澪の微笑みが、肯定に見えた。

 だから、身体を起こす。
 ゆっくりとズボンを下ろし、震える指で自分を握る。

 画面の中じゃない。記憶でもない。
 ここにいる澪が、自分を見てくれている――その妄信だけを支えに。

「……浅葱……いや、澪……澪……澪……」

 名を呟きながら、激しく扱き上げた。
 あの映像の中の動きを、幻覚の中の指先を、妄想の中の喘ぎ声を、すべて混ぜ合わせながら。

 ――ぴちゃっ……くちゅっ……

 空間に存在しないはずの音が、耳に響いた。

 そして。

「――っ……は、あ……っ!」

 頭の奥が真っ白になる。
 自分の声すら聞こえない。
 視界が、ノイズに染まる。

 鏡の中の澪が、嬉しそうに笑っていた。
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