不思議な家の摺木さん

黒巻雷鳴

文字の大きさ
4 / 7
夢を叶える魔法少女

しおりを挟む
 心臓が早鐘を打ち、肌も汗ばむ。軽い運動をしたあとの爽快感にも似た心地よさが、火照る全身を駆け抜けた。

 恍惚を感じながらまぶたを開くと、魔法少女が光の結晶をピンク色の筒状のケースにしまうところだった。その様子は、なにも知らなければ捕まえたホタルを虫籠に放している姿にしか見えない。

「これがピュア・エナジーよ。綺麗でしょう?」

 はじめて見せる、少女らしいほほみ。

「きみは……何者なんだ……?」

 気分が落ち着いてきた千弥は、ようやく問いかける。
 
「うーん……まあ、あなたになら特別に教えてあげてもいいかしら」

 少女が言うには、彼女は魔法の国のお姫さまで、ダーク・ファントムに狙われている地球を救うために遥々やって来たそうだ。地球以外にも、あらゆる世界のトラブルを解決し、望みを叶えるために魔法の力を行使するという。
 饒舌になった少女は、そのまま数々の物語を紡いでゆく。それらの経験談は千弥に青春時代の甘酸っぱさから大人社会の泥臭さまでを想起させるものばかりで、年下のはずである少女の当時の立ちまわりに深く感心させられた。

 しかし、この子は本当に魔法少女なのだろうか?
 そんな疑いを千弥は、瞬時に消し去る。
 不思議な力なら──それこそ魔法を、身をもって自分は体験したのだから。

「ところで、あなたこそ誰? このおうちって誰も住んでいないはずよ? だからダーク・ファントムの反応があったとき、ビックリしちゃった」

 いまさらそれをくのか。千弥は面食らいながらも、簡単な自己紹介と最近引っ越してきた旨を答えた。

「ふーん……こんな山奥に、都会育ちの独身男がねえ。ま、いいけど」

 クスクスと笑いだしたかと思えば、急に艶めいた唇が今度は意味深に孤をえがく。

「ねえ千弥。これ、なにに使うかわかる?」

 いたずらを思いついた──そんな顔で魔法少女は、ピンク色のケースを軽く持ち上げて静かに揺らした。

「そんなの、わかるわけないだろ」
「うふふ、そうだよね。これはね、夢を叶える力になるの。どんな願い事だって、これさえあれば文字通り叶えられるわ。どう? 欲しい?」

 ケースのなかに納められた金色のやさしい光は、少女のなめらかな肌をほのかに、時に鮮やかに照らしている。
 いまにも消えてしまいそうなこの淡いかがやきが、願い事を意のままに叶える魔法の力になるなんて……千弥には信じ難い内容だった。

「そうだな、お試しで少しだけなら使いたいかも」
「えっ? お試しで? だめだめ、試せないわよ。言ったでしょ、どんな願い事も叶えられるんだから」

 実現する願い事。
 人生において、よろこばしいはずのそれは、もしも叶うなら──その先には一体なにが、どんな景色が見えるのだろうか。
 そう考えたとき、千弥はなぜか、なんとも言えない不安と恐怖を感じてしまった。

「あれれ? もしかして怖い? ねえ、千弥……あなた、ひょっとして夢がないんでしょ? そうならそうと、はじめから言いなさいよね」

 さすがは魔法少女、そのとおりだった。

「んー、わたし個人の意見を言わせてもらえば、ピュア・エナジーは使わないほうがいいと思う。人はそれぞれ、いろんな夢を持ってはいるけれど、魔法で叶う夢はまるでおとぎ話。滑稽だわ。自分の努力で実現させるからこそ、夢は価値があるのよ。本当はみんな、それをわかっているはずなのにね」

 大げさに両腕を広げ、がっかりしたという気持ちを肩をすくめて表現する少女。星の形をした髪留めが、わずかな光を受けてひっそりときらめいた。

「でも、もし必要なときがきたら……わたしに言ってね。ちゃんと叶えてあげるわ」

 魔法少女はマジカル・ステッキを天高く掲げると、そのまま斜めに切るようにして振りかざす。
 ふわり。
 綿毛のように簡単に、その身がそらへと浮かび上がる。
 人間界での彼女は、記憶を改ざんした偽りの家族の元で暮らし、次々と迷い人たちの依頼を自発的にこなす。
 夢や恋の成就というワガママを叶えるために魔法を使って、これから約一年間、学校生活をおくりながらどこかの街で活躍するそうだ。

「きょうは本当にありがとう。時間ができたら、また遊びに来るわ。千弥、また会いましょうね」

 華奢な身体からだは風に乗り、徐々に高度を上げて小さくなる。やがて、青白い光の粒子が魔法少女をすっぽりと包み込み、風景に溶け、すべては幻のように消えてしまった。


 地上に残された千弥は、天を仰ぎながらひとり想う。あの淡い空のどこかに、こことは違う別の世界への扉があるのだろうか──と。

 いつもと変わらない、穏やかな夜明け。

 静寂を取り戻した朝空には、明星が宝石のようにきらめいて頬笑んでいた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...