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強くなりたい子熊
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「ごめんくださーい!」
月曜日の正午前、縁側のほうから女性の大きくて澄んだ元気な声が聞こえてくる。台所で昼食のレトルトカレーを湯煎して温めていた千弥は、ガスコンロの火を止めてすぐに返事をして向かう。
緑きらめく庭に、ひとりの若い女性が立っていた。首からぶら下げられているストラップの先には、かつての勤務先やオフィス街を想起させる顔写真付きの社員証ケースがあった。
「あっ……どうもはじめまして。あたし、村役場から来ました御子柴といいます」
少し頬を赤らめて深々とお辞儀をしてみせた彼女は、肩に掛けていたバッグからカラフルな名刺入れを取り出し、抜き取った一枚を手渡した。
「はぁ……どうも」
【古奈姫村役場 むらづくり推進室 御子柴みゆき】
村の職員が自分に一体なんの用件があるのか──心当たりがない千弥は、受け取った名刺を見つめ続けていた。
「えーっと、ですね……摺木さん、ようこそいらっしゃいました!」
頬が赤いままのみゆきは、そう言いってはつらつとした笑顔のそばで両手をポンと軽く合わせると、なにかに満足した様子で一度だけ頷いた。
よくよく話を聞けば、みゆきは限界集落となってしまったこの村の活性化をめざすプロジェクトチームの担当職員で、転居してきた千弥に歓迎の挨拶をしにやって来たそうだ。
「立ち話もなんですから、どうぞなかへ」
そのまま障子が開け放たれている居間へと彼女を招き入れる。
台所から麦茶をついだコップを丸盆に乗せて戻ってくれば、みゆきは御手本のように綺麗な正座の姿勢で家の主を待っていた。
「あっ、どうぞお構いなく……これでもあたし、公務員なんで……へへへ」
「あー……でも、いいんじゃないですか? 麦茶くらい。それよりも顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
出会ってからずっと頬が赤いみゆきを千弥は言葉でも気遣いつつ、しまったはずの風邪薬を探して茶箪笥の引き出しを開ける。
この茶箪笥は元々この家にあった物で状態も良く、身軽で越して来た千弥はそのまま使わせてもらっていた。といっても、使うのは今回が二度目で、茶箪笥の中身もほとんど整理をしていない。またあとでちゃんと片付けなければいけないと、もう使えないであろうマッチ箱をどかしながら千弥は思った。
「いえいえいえ! かっ、風邪じゃないです! 大丈夫ですから、本当にっ!」
突然膝立ちになったみゆきは、よりいっそう顔を赤らめ、四つん這いのもの凄い勢いで千弥に近づき、風邪薬の小瓶をちょうど取り出した腕を引き止める。
「ははっ、遠慮しないでください」
そんな慌てふためいた様子に思わず笑顔をみせれば、不思議なことに彼女はその場で固まってしまい、ピクリとも動かなくなってしまった。
「……あ……えっと……すみません……大丈夫ですので、本当に……」
うつむき加減でそう話すみゆきが、膝歩きの滑稽な姿で座布団まで戻っていく。そして今度は、背中を小さく丸めて正座になった。
月曜日の正午前、縁側のほうから女性の大きくて澄んだ元気な声が聞こえてくる。台所で昼食のレトルトカレーを湯煎して温めていた千弥は、ガスコンロの火を止めてすぐに返事をして向かう。
緑きらめく庭に、ひとりの若い女性が立っていた。首からぶら下げられているストラップの先には、かつての勤務先やオフィス街を想起させる顔写真付きの社員証ケースがあった。
「あっ……どうもはじめまして。あたし、村役場から来ました御子柴といいます」
少し頬を赤らめて深々とお辞儀をしてみせた彼女は、肩に掛けていたバッグからカラフルな名刺入れを取り出し、抜き取った一枚を手渡した。
「はぁ……どうも」
【古奈姫村役場 むらづくり推進室 御子柴みゆき】
村の職員が自分に一体なんの用件があるのか──心当たりがない千弥は、受け取った名刺を見つめ続けていた。
「えーっと、ですね……摺木さん、ようこそいらっしゃいました!」
頬が赤いままのみゆきは、そう言いってはつらつとした笑顔のそばで両手をポンと軽く合わせると、なにかに満足した様子で一度だけ頷いた。
よくよく話を聞けば、みゆきは限界集落となってしまったこの村の活性化をめざすプロジェクトチームの担当職員で、転居してきた千弥に歓迎の挨拶をしにやって来たそうだ。
「立ち話もなんですから、どうぞなかへ」
そのまま障子が開け放たれている居間へと彼女を招き入れる。
台所から麦茶をついだコップを丸盆に乗せて戻ってくれば、みゆきは御手本のように綺麗な正座の姿勢で家の主を待っていた。
「あっ、どうぞお構いなく……これでもあたし、公務員なんで……へへへ」
「あー……でも、いいんじゃないですか? 麦茶くらい。それよりも顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
出会ってからずっと頬が赤いみゆきを千弥は言葉でも気遣いつつ、しまったはずの風邪薬を探して茶箪笥の引き出しを開ける。
この茶箪笥は元々この家にあった物で状態も良く、身軽で越して来た千弥はそのまま使わせてもらっていた。といっても、使うのは今回が二度目で、茶箪笥の中身もほとんど整理をしていない。またあとでちゃんと片付けなければいけないと、もう使えないであろうマッチ箱をどかしながら千弥は思った。
「いえいえいえ! かっ、風邪じゃないです! 大丈夫ですから、本当にっ!」
突然膝立ちになったみゆきは、よりいっそう顔を赤らめ、四つん這いのもの凄い勢いで千弥に近づき、風邪薬の小瓶をちょうど取り出した腕を引き止める。
「ははっ、遠慮しないでください」
そんな慌てふためいた様子に思わず笑顔をみせれば、不思議なことに彼女はその場で固まってしまい、ピクリとも動かなくなってしまった。
「……あ……えっと……すみません……大丈夫ですので、本当に……」
うつむき加減でそう話すみゆきが、膝歩きの滑稽な姿で座布団まで戻っていく。そして今度は、背中を小さく丸めて正座になった。
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