6 / 12
第6話 親子で振りまわされてる
しおりを挟む
近頃、お母さんの元気があまりない。
原因は遊香だ。
キスされたあの日を境に、遊香は家に寄りつかなくなった。
通話アプリでやり取りはしているみたいだけど、遊香のことだから、どうせ短い文面の返事やスタンプの受け答えだけで済ませてるはずだ。わたしは慣れているから全然平気でも、お母さん的には、不安な気持ちでいっぱいだと思う。
「あのね、アイちゃん……」
赤紫色が映えるビーツのポテサラをひとくち食べ、夕飯のメインディッシュ・鰯の蒲焼きに箸を向けた途端、名前を呼ばれる。
「なーに?」
「ゆかりん、学校で元気してるかな?」
「え……」
伏し目がちで片手に持った茶碗を見つめながら、力無くつぶやくお母さん。遊香のことを訊ねてくるなんて初めてだし、名前じゃなくて〝ゆかりん〟て呼んでるし。やっぱり、相当思いつめているんだ……。
「あー、えーっとね……うん……いつもどおりの仏頂面かな」
本当のところは、あまり知らなかった。
教室でも故意にさけてるし、お昼だって別々だから、どこで誰と一緒に食べているのかもわからない。
ただ、あのときの先輩とは、もう会ってないはずだ。あの日、最後にそう約束した。
「うふっ♡ ゆかりんて、本当に感情を面にあらわさない子よね」
やっと楽しそうに笑ってくれたけど、話題のタネは遊香だ。複雑な気持ちのまま、わたしも笑顔をつくって話を合わせる。
「そうそう! アイツ、最初からああでさぁー、お腹のお肉を摘まんでも不感症で無反応なのよねー」
──しまった!
お母さんが笑顔のまま、ほんの一瞬だけ固まったように見えたのは、多分気のせいじゃない。
変な誤解を招く言い方をしちゃったけれど、そんな意味じゃないって弁明するのも余計に変だし……どうしよう、この空気。
「そう……ね。ゆかりん、感じてくれないものね。お母さんが下手過ぎるのかしら……」
ちょっとお母さま、お待ちになって! 話題をソッチにもっていくのですか? 感じてくれないって生々しい表現、娘としてはキツくて辛いです。
ききたくも知りたくもなかった、元心友との猥談を完全にスルーして鰯の蒲焼きを箸で裂く。下になっている皮の一部が甘辛いタレの影響で食器に張りつき、上手く取れずに残ってしまった。
*
翌日の昼休み、遊香を拉致る。
お互いにお弁当だったから、ソッコーで屋上へ向かう。
白黒ハッキリさせてやる!
その気持ちだけで動いていた。
昔よく使っていた場所には、下級生の女子ふたりが仲良くすわっていた。もしもジンクスがあるなら、この子たちの未来に平穏など約束されないだろう。
遊香に、バッグから日焼け止めを持ってくるのを忘れたっていわれて、隅っこのほうにある貴重な日陰に並んですわる。
「懐かしいね、こーゆーの」
自然とそんな言葉が出た。
「懐かしさを感じるほど古い記憶じゃないよ。アイはもう、忘れてた?」
「……いや、そうじゃないけどさ」
「わたしね、ずっと屋上で食べてたんだ。ひとりでお弁当」
このとき、厳かにランチクロスを解いてお弁当箱を開ける遊香の姿が、なんだか不思議ともの悲しく見えてきて……不覚にも、胸がどうしようもなく締めつけられてしまい、つい「ごめんね」って謝ってしまった。
わたしが悪いワケじゃないのに、なんで謝らなきゃいけないんだろ。
──本当に?
そうよ、ハッキリさせない遊香が悪い。お母さんを好きなら、愛しているなら、ほかの女の誘いを断れよ!
──でも、本当にすべて遊香だけが悪いのかな?
遊香はいった。
『自分でもわかんない』
遊香は苦しんでいた。
『ごめんね、アイ。本当に自分でもわからないから、なにがしたいのか、きかれても答えられなくて……大切なことなのに、本当にごめん……ごめんなさい』
わたしたち……心友じゃん。
友だちがひとりで苦しみ悩んで、自暴自棄になっているのに、それに気づいたのに、無視して責めてばかりで……そんなの友だちじゃないし、ましてや心友なのにさ……なにやってんだろ、わたし。こっちのほうが最低だ。
「ねえ、あのさ……」
以前となにも変わらず、遊香がわたしのお弁当から厚焼き卵を一切れ抜きとって頬張る。もしゃもしゃと咀嚼する、小動物のようなこの愛らしさ。本当になにも変わってないや。
「……約束してよ。せめてお母さんを傷つけないって。わたしね、お母さんを守りたいんだ。うちのお母さんてさ、すごく偉いんだよ。残業もするし、家事も毎日してくれる。休みの日だって、自分よりもわたしを優先に考えてくれててさ……マジで心から尊敬できるし、わたしもお母さんみたく強く生きたい。でもね、だけどね、本当はお母さん……弱いヒトなんだよ。遊香に裏切られたら…………そのときはお母さん、心が壊れちゃうよ……」
涙があふれて止まらない。
泣くつもりなんて、なかった。
いつもの屋上で説教をするつもりだった。
それなのに、どうしてわたしが泣いてるんだろう?
「この厚焼き卵、大好き」
ふたつめに箸を伸ばそうとする遊香が、許可を求めて上目遣いを仕掛けてくる。わたしはわたしで泣いているから、勝手に好きにしてと、見て見ぬ素振りをした。
「だからわたし、初めて食べたときから、アイのお母さんに惹かれていたのかも」
「なによ、それ……」
厚焼き卵を堪能しつつ、取り出したハンカチで涙を拭いてくれる。そんな優しさもあるのが、遊香だ。
「わたしもね、ひとりでずっと考えてたよ。屋上でお弁当を食べるたび、厚焼き卵がきょうも無いなって」
意味がわからないけど、これも遊香らしさだった。
彼女なりに本心を話してくれているなって、心友だからこそ、そう思えた。
「だからね…………ふたりとも、わたしが幸せにしてみせるから、もう泣かないで」
なんだよ、そのセリフ。
全然かっこよくないのに、なぜか涙がまた流れてくる。
けれども、そんな感動も束の間で、残りの厚焼き卵も遊香に全部食べられてしまった。
「ご無沙汰していた分、みんなもらったから」
逆光でも映える、密やかにつくられた笑顔。
笑う遊香を見たのは、これが初めてだったかもしれない。
原因は遊香だ。
キスされたあの日を境に、遊香は家に寄りつかなくなった。
通話アプリでやり取りはしているみたいだけど、遊香のことだから、どうせ短い文面の返事やスタンプの受け答えだけで済ませてるはずだ。わたしは慣れているから全然平気でも、お母さん的には、不安な気持ちでいっぱいだと思う。
「あのね、アイちゃん……」
赤紫色が映えるビーツのポテサラをひとくち食べ、夕飯のメインディッシュ・鰯の蒲焼きに箸を向けた途端、名前を呼ばれる。
「なーに?」
「ゆかりん、学校で元気してるかな?」
「え……」
伏し目がちで片手に持った茶碗を見つめながら、力無くつぶやくお母さん。遊香のことを訊ねてくるなんて初めてだし、名前じゃなくて〝ゆかりん〟て呼んでるし。やっぱり、相当思いつめているんだ……。
「あー、えーっとね……うん……いつもどおりの仏頂面かな」
本当のところは、あまり知らなかった。
教室でも故意にさけてるし、お昼だって別々だから、どこで誰と一緒に食べているのかもわからない。
ただ、あのときの先輩とは、もう会ってないはずだ。あの日、最後にそう約束した。
「うふっ♡ ゆかりんて、本当に感情を面にあらわさない子よね」
やっと楽しそうに笑ってくれたけど、話題のタネは遊香だ。複雑な気持ちのまま、わたしも笑顔をつくって話を合わせる。
「そうそう! アイツ、最初からああでさぁー、お腹のお肉を摘まんでも不感症で無反応なのよねー」
──しまった!
お母さんが笑顔のまま、ほんの一瞬だけ固まったように見えたのは、多分気のせいじゃない。
変な誤解を招く言い方をしちゃったけれど、そんな意味じゃないって弁明するのも余計に変だし……どうしよう、この空気。
「そう……ね。ゆかりん、感じてくれないものね。お母さんが下手過ぎるのかしら……」
ちょっとお母さま、お待ちになって! 話題をソッチにもっていくのですか? 感じてくれないって生々しい表現、娘としてはキツくて辛いです。
ききたくも知りたくもなかった、元心友との猥談を完全にスルーして鰯の蒲焼きを箸で裂く。下になっている皮の一部が甘辛いタレの影響で食器に張りつき、上手く取れずに残ってしまった。
*
翌日の昼休み、遊香を拉致る。
お互いにお弁当だったから、ソッコーで屋上へ向かう。
白黒ハッキリさせてやる!
その気持ちだけで動いていた。
昔よく使っていた場所には、下級生の女子ふたりが仲良くすわっていた。もしもジンクスがあるなら、この子たちの未来に平穏など約束されないだろう。
遊香に、バッグから日焼け止めを持ってくるのを忘れたっていわれて、隅っこのほうにある貴重な日陰に並んですわる。
「懐かしいね、こーゆーの」
自然とそんな言葉が出た。
「懐かしさを感じるほど古い記憶じゃないよ。アイはもう、忘れてた?」
「……いや、そうじゃないけどさ」
「わたしね、ずっと屋上で食べてたんだ。ひとりでお弁当」
このとき、厳かにランチクロスを解いてお弁当箱を開ける遊香の姿が、なんだか不思議ともの悲しく見えてきて……不覚にも、胸がどうしようもなく締めつけられてしまい、つい「ごめんね」って謝ってしまった。
わたしが悪いワケじゃないのに、なんで謝らなきゃいけないんだろ。
──本当に?
そうよ、ハッキリさせない遊香が悪い。お母さんを好きなら、愛しているなら、ほかの女の誘いを断れよ!
──でも、本当にすべて遊香だけが悪いのかな?
遊香はいった。
『自分でもわかんない』
遊香は苦しんでいた。
『ごめんね、アイ。本当に自分でもわからないから、なにがしたいのか、きかれても答えられなくて……大切なことなのに、本当にごめん……ごめんなさい』
わたしたち……心友じゃん。
友だちがひとりで苦しみ悩んで、自暴自棄になっているのに、それに気づいたのに、無視して責めてばかりで……そんなの友だちじゃないし、ましてや心友なのにさ……なにやってんだろ、わたし。こっちのほうが最低だ。
「ねえ、あのさ……」
以前となにも変わらず、遊香がわたしのお弁当から厚焼き卵を一切れ抜きとって頬張る。もしゃもしゃと咀嚼する、小動物のようなこの愛らしさ。本当になにも変わってないや。
「……約束してよ。せめてお母さんを傷つけないって。わたしね、お母さんを守りたいんだ。うちのお母さんてさ、すごく偉いんだよ。残業もするし、家事も毎日してくれる。休みの日だって、自分よりもわたしを優先に考えてくれててさ……マジで心から尊敬できるし、わたしもお母さんみたく強く生きたい。でもね、だけどね、本当はお母さん……弱いヒトなんだよ。遊香に裏切られたら…………そのときはお母さん、心が壊れちゃうよ……」
涙があふれて止まらない。
泣くつもりなんて、なかった。
いつもの屋上で説教をするつもりだった。
それなのに、どうしてわたしが泣いてるんだろう?
「この厚焼き卵、大好き」
ふたつめに箸を伸ばそうとする遊香が、許可を求めて上目遣いを仕掛けてくる。わたしはわたしで泣いているから、勝手に好きにしてと、見て見ぬ素振りをした。
「だからわたし、初めて食べたときから、アイのお母さんに惹かれていたのかも」
「なによ、それ……」
厚焼き卵を堪能しつつ、取り出したハンカチで涙を拭いてくれる。そんな優しさもあるのが、遊香だ。
「わたしもね、ひとりでずっと考えてたよ。屋上でお弁当を食べるたび、厚焼き卵がきょうも無いなって」
意味がわからないけど、これも遊香らしさだった。
彼女なりに本心を話してくれているなって、心友だからこそ、そう思えた。
「だからね…………ふたりとも、わたしが幸せにしてみせるから、もう泣かないで」
なんだよ、そのセリフ。
全然かっこよくないのに、なぜか涙がまた流れてくる。
けれども、そんな感動も束の間で、残りの厚焼き卵も遊香に全部食べられてしまった。
「ご無沙汰していた分、みんなもらったから」
逆光でも映える、密やかにつくられた笑顔。
笑う遊香を見たのは、これが初めてだったかもしれない。
10
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる