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第7話 おかしな噂になってる
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午後の休み時間は、わたしから積極的に話しかけた。
和解したんじゃなくて、これは冷戦状態。
心友でもケンカはする。仲違いする。とにかく、遊香のことは嫌いだけど大嫌いじゃないし、好きだけど大好きじゃない。うちのお母さんに免じて、そんな位置づけの間柄にしてやった。
そして現在のわたしは、洋式便器の個室の外で待機している。
生理現象の我慢じゃない。その理由は、遊香に悪い虫がつかないように監視するため。監視するからには、トイレにだって同行しなきゃ意味がないでしょ?
やり過ぎだってわかってる。わたしだって自覚している。だけど、なにかのタイミングで誰かに言い寄られたりでもすれば、来るものを拒まず状態の、不感症野郎の遊香は確実にそいつと、寝る。
貞操観念など存在しない世界に住む女。そう認識されることについての反論は許さない。だって、おまえ前科者だし!
不意に、薄壁を隔てた空間の内側から、微かな水音がきこえてくる。いやいや、すぐそばで待ってるのを知ってるよね? する前にせめて一回流して音を消そうよ。
今度は、トイレットペーパーの音がカラコロきこえた。
「はぁ……なにやってんだろう、わたし」
やがて鍵が外されて、ドアが静かに開いた。
「……えっ、流さないの!?」
「アイも入るのかと思って、節水」
「いやいやいやいや! わたし待ってるだけっていったよね!? それに節水は大事だけどさ、そのやり方は不衛生でしょ!」
けれども遊香は、相変わらずのポーカーフェイス&ノーリアクションのままで、流そうとする気配がまるでない。
「うおお……マジっすか……」
致し方なくわたしもなかへ入り、洗浄レバーを代理で回す。
もう……エナジードリンクばっか飲んでるから、真っ黄色じゃん。ガッツリ見ちゃったよ……。
ジャ~!
切ない気持ちで一緒に個室を出ると、ほかのクラスの仲良しふたり組もちょうど女子トイレに入ってきた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんだろう、このヤバい空気。
そうだよね。小学生じゃないんだから、ふたりして女子高生が個室トイレから出てきたら、そりゃあそうなりますよね。
「は? なにやってんのおまえら?」
「うそー、ヤバいやつじゃん!」
「いや……ちが……」
「アイ、行こう」
釈明する機会を奪うかの如く、遊香がわたしの手を取り廊下へと連れ去る。その手が洗われていないことよりも、あのふたりに誤解されたままのほうが気になって仕方がなかった。
そして翌日、その不安は的中する。
わたしたちはガチのレズビアンだって、学校中に噂が広まってしまったのだ!
それでもわたしはポジティブにとらえ、数々の誇張された虚報すべてを快く受け入れた。噂の真偽はともかく、これで遊香におかしな奴は近づかないと考えたから。
さいわい、お母さんと面識のある友人・知人は遊香ぐらいしかいない。この噂が耳に入ることなんて、まず無いだろう。多分。
*
それからさらに、数日後の昼休み──。
屋上運動場には、あの下級生のカップルといつも見かける連中以外にも、なんか大勢利用者が増えている気がしてならない。しかも、みんなこっちをチラ見してはニヤニヤ不気味に笑ってるし。
「ねえ遊香、あのさぁ……」
「あー」
口を大きく開ける遊香。
厚焼き卵が食べたいなら、勝手に取って自分で食べろよ。
「はいはい……ほら」
お姫サマの御所望どおり、ひと切れ口のなかに運んでやった途端、遠巻きのギャラリーから唸るような歓声が届く。
「……えっ? なに?」
「あー」
外野からそそがれる謎の熱視線を気にしつつ、もうひと切れ食べさせると、今度は拍手まで巻き起こった。
「なんなの、アレ?」
「わたしたちを見て、よろこんでるのよ」
また「あー」って隣から催促する遊香の下唇をノールックで箸を使って摘まんでやれば、よりいっそうの歓声が上がるのと同時に、何人かからスマホを向けられた。
「クソッ……あったまきた!」
肖像権とプライバシーの侵害。それになによりも、純情可憐な乙女のピュアハートを傷つけやがって!
わたしは動物園のパンダじゃない! まあ、隣の相方は珍獣レベルの希少種だけども。いやいや、相方じゃないし!
そんな一人漫才を心のなかで演じていると、遊香に手首を掴まれて立ち上がるのを引き留められる。
「捨て置け」
なに時代のヒトだよ。
そう心のなかでツッコミを入れながら、お互いが見つめ合った次の瞬間、また──。
「うぉおおおおおおおおおっ!!」
「きゃあああああああああ♡♡♡」
カシャカシャカシャカシャカシャ!
「…………捨て置こう」
どうせ芸能ゴシップとおんなじで、すぐに飽きられるはずだ。
そもそも、遊香とわたしは恋人同士じゃないし。
ただの友だち同士で、たまたまトイレの個室から出てきたんだって、目撃者の勘違いだって、みんなもバカじゃないんだから、ちょっと考えればすぐ気づくだろう。
このときのわたしは、そう信じておとなしく我慢した。
和解したんじゃなくて、これは冷戦状態。
心友でもケンカはする。仲違いする。とにかく、遊香のことは嫌いだけど大嫌いじゃないし、好きだけど大好きじゃない。うちのお母さんに免じて、そんな位置づけの間柄にしてやった。
そして現在のわたしは、洋式便器の個室の外で待機している。
生理現象の我慢じゃない。その理由は、遊香に悪い虫がつかないように監視するため。監視するからには、トイレにだって同行しなきゃ意味がないでしょ?
やり過ぎだってわかってる。わたしだって自覚している。だけど、なにかのタイミングで誰かに言い寄られたりでもすれば、来るものを拒まず状態の、不感症野郎の遊香は確実にそいつと、寝る。
貞操観念など存在しない世界に住む女。そう認識されることについての反論は許さない。だって、おまえ前科者だし!
不意に、薄壁を隔てた空間の内側から、微かな水音がきこえてくる。いやいや、すぐそばで待ってるのを知ってるよね? する前にせめて一回流して音を消そうよ。
今度は、トイレットペーパーの音がカラコロきこえた。
「はぁ……なにやってんだろう、わたし」
やがて鍵が外されて、ドアが静かに開いた。
「……えっ、流さないの!?」
「アイも入るのかと思って、節水」
「いやいやいやいや! わたし待ってるだけっていったよね!? それに節水は大事だけどさ、そのやり方は不衛生でしょ!」
けれども遊香は、相変わらずのポーカーフェイス&ノーリアクションのままで、流そうとする気配がまるでない。
「うおお……マジっすか……」
致し方なくわたしもなかへ入り、洗浄レバーを代理で回す。
もう……エナジードリンクばっか飲んでるから、真っ黄色じゃん。ガッツリ見ちゃったよ……。
ジャ~!
切ない気持ちで一緒に個室を出ると、ほかのクラスの仲良しふたり組もちょうど女子トイレに入ってきた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんだろう、このヤバい空気。
そうだよね。小学生じゃないんだから、ふたりして女子高生が個室トイレから出てきたら、そりゃあそうなりますよね。
「は? なにやってんのおまえら?」
「うそー、ヤバいやつじゃん!」
「いや……ちが……」
「アイ、行こう」
釈明する機会を奪うかの如く、遊香がわたしの手を取り廊下へと連れ去る。その手が洗われていないことよりも、あのふたりに誤解されたままのほうが気になって仕方がなかった。
そして翌日、その不安は的中する。
わたしたちはガチのレズビアンだって、学校中に噂が広まってしまったのだ!
それでもわたしはポジティブにとらえ、数々の誇張された虚報すべてを快く受け入れた。噂の真偽はともかく、これで遊香におかしな奴は近づかないと考えたから。
さいわい、お母さんと面識のある友人・知人は遊香ぐらいしかいない。この噂が耳に入ることなんて、まず無いだろう。多分。
*
それからさらに、数日後の昼休み──。
屋上運動場には、あの下級生のカップルといつも見かける連中以外にも、なんか大勢利用者が増えている気がしてならない。しかも、みんなこっちをチラ見してはニヤニヤ不気味に笑ってるし。
「ねえ遊香、あのさぁ……」
「あー」
口を大きく開ける遊香。
厚焼き卵が食べたいなら、勝手に取って自分で食べろよ。
「はいはい……ほら」
お姫サマの御所望どおり、ひと切れ口のなかに運んでやった途端、遠巻きのギャラリーから唸るような歓声が届く。
「……えっ? なに?」
「あー」
外野からそそがれる謎の熱視線を気にしつつ、もうひと切れ食べさせると、今度は拍手まで巻き起こった。
「なんなの、アレ?」
「わたしたちを見て、よろこんでるのよ」
また「あー」って隣から催促する遊香の下唇をノールックで箸を使って摘まんでやれば、よりいっそうの歓声が上がるのと同時に、何人かからスマホを向けられた。
「クソッ……あったまきた!」
肖像権とプライバシーの侵害。それになによりも、純情可憐な乙女のピュアハートを傷つけやがって!
わたしは動物園のパンダじゃない! まあ、隣の相方は珍獣レベルの希少種だけども。いやいや、相方じゃないし!
そんな一人漫才を心のなかで演じていると、遊香に手首を掴まれて立ち上がるのを引き留められる。
「捨て置け」
なに時代のヒトだよ。
そう心のなかでツッコミを入れながら、お互いが見つめ合った次の瞬間、また──。
「うぉおおおおおおおおおっ!!」
「きゃあああああああああ♡♡♡」
カシャカシャカシャカシャカシャ!
「…………捨て置こう」
どうせ芸能ゴシップとおんなじで、すぐに飽きられるはずだ。
そもそも、遊香とわたしは恋人同士じゃないし。
ただの友だち同士で、たまたまトイレの個室から出てきたんだって、目撃者の勘違いだって、みんなもバカじゃないんだから、ちょっと考えればすぐ気づくだろう。
このときのわたしは、そう信じておとなしく我慢した。
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