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第8話 大きな事件に発展してる
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いまさらの説明だけど、うちの高校は男女共学だ。
それでも、同性愛者に対しての嫌がらせは特別これといってなくって、不愉快な思いは数あれど、物珍しさからの好奇心なんだなって、理解ができて許せる範疇だった。
そう思えていた。
この女子生徒に、バタフライナイフを突き出されるまでは。
「ハハッ! マジでビビってんじゃん。そのまま泣きわめけよ、あたしに命乞いしろよ。早くしないと刺しちゃうよ? ほら、遊香が助けに来てくれるまえに死ぬよ、おまえ?」
帰り道の途中、スマホの充電器を忘れたことに気がついて取りに戻ってきたところ、この女子生徒も無人の教室に入ってきた。
その顔に見覚えがある。
工芸室で遊香にキスをしていた三年生だ。
青白い血色の顔に鋭い眼光、そして刃の先が、驚くわたしに冷たい狂気に満ちあふれた圧迫感を強制的に与えてくる。
お互いに目は逸らさない。視線をほんの少しでも外せば、絶対に刺される。その考えにしか行き着けないほど、そのことしか考えられないくらいに、わたしの頭も心も恐怖で混乱していた。
不思議と耳朶が熱い。
いまのわたしって、顔も赤くなっているのかな?
背中にひと滴、汗玉が流れ落ちた。
「アイ!」
遊香の叫び声。
それをきいて、青白い顔に新たな表情が宿る。
「遊香! 良かったァ、今度もちゃんと来てくれて! もうちょっとしたら、コイツの指を左手から切り落としていこうと思ってたんだけどさァ、あたしひとりじゃ逃げられ……」
物騒な思惑を言い終えるまえに、遊香がわたしとこの女子生徒の──かつて告白してきた上級生とのあいだに素早く割って入る。
「あなたが欲しいのは、わたしの身体でしょ? アイは関係ない。もしも三人でするつもりなら、やめたほうがいいわよ。この子、処女だから期待に応えられないと思う」
「おおい‼」
こんな危機的状況下でも相変わらず遊香は遊香で、わたしも思わず大声が出た。
「……欲しい……欲しいよ、身体だけじゃなくって、あたしは遊香の全部が欲しい! 欲しいに決まってるじゃん…………ねぇ、やめてよ……〝あなた〟って他人行儀な呼び方さァ……あたしのことも、ちゃんと名前で呼んで!」
「……ごめんなさい。あなたの名前、全部綺麗に忘れちゃってて思い出せないの」
「──ッ!」
相手が凶器を手にしていても、なんの躊躇いもなく正直に答えてしまうのは、彼女の個性でもあり強味なのだろうか?
いずれにしても、結果として、遊香は襲われてしまった。
涙目になった三年生が、ゆっくりと遊香から離れていく。
その手にはもう、バタフライナイフは無い。
それは、赤く染まった華奢な指先に包まれていた。
「ゆ……」
名前のつづきが出てこない。
鮮血の雫が教室の床に垂れていた。ぽたり、ぽたり、雫の痕が増えていた。
遊香はまだ、立っている。
それを見届けていた加害者の女子生徒が、不様に腰砕けて放心する。そんなふたりを、わたしはただ、しばらくじっと横から見ていた。
「わたしは大丈夫、指がちょっと切れてるだけ。人が来ると面倒だから、あなたはもう帰って」
「……え? は……はい!」
慈悲深いのか、それとも純粋に言葉のとおりの意味でなのか、被害者である遊香は、三年生を咎めることもなく逃がしてしまった。
わたしはわたしで、あとを追い掛けることもしなかったけれど、これからどうすべきかも、上手く頭が回らなかった。
「とにかく保健室へ……あっ、それもダメか……」
「うん。警察沙汰にはしないと思うけど、情報は先生たちに共有されそうだから、いろいろと卒業まで厄介なことにはなるよ。血が結構出てきちゃった。アイ、ハンカチかティッシュ持ってない?」
「両方ある!」
鞄から取り出したクシャクシャのハンカチで指をきつく縛ったけど、すぐに血で滲んでしまった。
わたしは床の血もポケットティッシュで拭いてから(もちろんゴミは捨てずに、鞄のなかに押し込んで)遊香の家まで一緒に付き添って帰った。
それでも、同性愛者に対しての嫌がらせは特別これといってなくって、不愉快な思いは数あれど、物珍しさからの好奇心なんだなって、理解ができて許せる範疇だった。
そう思えていた。
この女子生徒に、バタフライナイフを突き出されるまでは。
「ハハッ! マジでビビってんじゃん。そのまま泣きわめけよ、あたしに命乞いしろよ。早くしないと刺しちゃうよ? ほら、遊香が助けに来てくれるまえに死ぬよ、おまえ?」
帰り道の途中、スマホの充電器を忘れたことに気がついて取りに戻ってきたところ、この女子生徒も無人の教室に入ってきた。
その顔に見覚えがある。
工芸室で遊香にキスをしていた三年生だ。
青白い血色の顔に鋭い眼光、そして刃の先が、驚くわたしに冷たい狂気に満ちあふれた圧迫感を強制的に与えてくる。
お互いに目は逸らさない。視線をほんの少しでも外せば、絶対に刺される。その考えにしか行き着けないほど、そのことしか考えられないくらいに、わたしの頭も心も恐怖で混乱していた。
不思議と耳朶が熱い。
いまのわたしって、顔も赤くなっているのかな?
背中にひと滴、汗玉が流れ落ちた。
「アイ!」
遊香の叫び声。
それをきいて、青白い顔に新たな表情が宿る。
「遊香! 良かったァ、今度もちゃんと来てくれて! もうちょっとしたら、コイツの指を左手から切り落としていこうと思ってたんだけどさァ、あたしひとりじゃ逃げられ……」
物騒な思惑を言い終えるまえに、遊香がわたしとこの女子生徒の──かつて告白してきた上級生とのあいだに素早く割って入る。
「あなたが欲しいのは、わたしの身体でしょ? アイは関係ない。もしも三人でするつもりなら、やめたほうがいいわよ。この子、処女だから期待に応えられないと思う」
「おおい‼」
こんな危機的状況下でも相変わらず遊香は遊香で、わたしも思わず大声が出た。
「……欲しい……欲しいよ、身体だけじゃなくって、あたしは遊香の全部が欲しい! 欲しいに決まってるじゃん…………ねぇ、やめてよ……〝あなた〟って他人行儀な呼び方さァ……あたしのことも、ちゃんと名前で呼んで!」
「……ごめんなさい。あなたの名前、全部綺麗に忘れちゃってて思い出せないの」
「──ッ!」
相手が凶器を手にしていても、なんの躊躇いもなく正直に答えてしまうのは、彼女の個性でもあり強味なのだろうか?
いずれにしても、結果として、遊香は襲われてしまった。
涙目になった三年生が、ゆっくりと遊香から離れていく。
その手にはもう、バタフライナイフは無い。
それは、赤く染まった華奢な指先に包まれていた。
「ゆ……」
名前のつづきが出てこない。
鮮血の雫が教室の床に垂れていた。ぽたり、ぽたり、雫の痕が増えていた。
遊香はまだ、立っている。
それを見届けていた加害者の女子生徒が、不様に腰砕けて放心する。そんなふたりを、わたしはただ、しばらくじっと横から見ていた。
「わたしは大丈夫、指がちょっと切れてるだけ。人が来ると面倒だから、あなたはもう帰って」
「……え? は……はい!」
慈悲深いのか、それとも純粋に言葉のとおりの意味でなのか、被害者である遊香は、三年生を咎めることもなく逃がしてしまった。
わたしはわたしで、あとを追い掛けることもしなかったけれど、これからどうすべきかも、上手く頭が回らなかった。
「とにかく保健室へ……あっ、それもダメか……」
「うん。警察沙汰にはしないと思うけど、情報は先生たちに共有されそうだから、いろいろと卒業まで厄介なことにはなるよ。血が結構出てきちゃった。アイ、ハンカチかティッシュ持ってない?」
「両方ある!」
鞄から取り出したクシャクシャのハンカチで指をきつく縛ったけど、すぐに血で滲んでしまった。
わたしは床の血もポケットティッシュで拭いてから(もちろんゴミは捨てずに、鞄のなかに押し込んで)遊香の家まで一緒に付き添って帰った。
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