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第10話 家族と一緒に繋がってる

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 ひとつだけのベッドを三人で譲り合った結果、わたしたちは無垢材の床フローリングに毛布や夏掛け用のタオルケットを敷いてからフェイスタオルで枕をつくり、布団を横向きに掛けて川の字になっていた。
 複雑な心境で眠れないのはさることながら、時刻はまだ夜の九時前で睡魔の気配なんてものは皆無。
 病院の就寝時間じゃあるまいし、マジで勘弁してほしいレベルだけど、家主サマ本人が「傷を癒すために早寝したい」って言うから仕方がない。でも、早く朝になってくれれば、それでいいや。
 ちなみに、ふたりと母娘おやこであり心友しんゆうでもあるわたしが、当然の権利を主張して真ん中で横になっている。気がかりなのは、遊香がうちに泊まったときもおなじポジショニングで寝ていたことだ。
 つまり遊香は、この状況下でもセックスをする人種なのである。

「……アイ、起きてる?」
「……なによ?」
「ここだけの話なんだけどさ」
「ちょっと待ってよ、お母さんも絶対にまだ起きてると思うけど、それって大丈夫な話?」
「……スヤスヤ」
「寝息がRPG! お母さんも眠れないなら、やっぱフツーに起きててよくない?」

 起き上がろうとしたわたしの手を、遊香がそっと握って引き留める。

「このままでいいから、少し三人で話そうよ」

 なにかしらの強い決意が感じられる語気に、わたしもおとなしく従う。どうやら、さけては通れなさそうな話題のようだ。

「わたしね、やっとわかったんだ。刺されそうになったあのとき、このまま死ねない、死にたくないって。ふたりと一緒に、新しい家族になりたいって」
「家族……」

 そっか。
 遊香も両親は離婚していなくっても、家庭に恵まれてはいなかったんだ。ひとり暮らしなのに、家族の写真が一枚も飾られてないし、学校でも親の話題になったことがなかったな。あれってやっぱり、意図的にさけてたんだね。
 握られたままの手を、わたしは無意識に握り返していた。

「そう思ったら、身体が自然と動いてナイフを掴めたんだよ。愛の力って偉大よね」
「う……ん。愛の力かはわからないけど、刺されなくって本当に良かったよ。怪我はしちゃったけどさ、本当に良かったよ」

 わたしの隣で、お母さんの鼻が小さく鳴った。

「うん。でも、指の怪我はけっこう痛い・・。風邪ひいたことにして、何日か学校休もうかな」
「それなら、うちにいらっしゃいよ!」
「うわっ?! びっくりしたぁ!」

 突然の耳もとでの大声に、わたしの心臓が止まりそうになる。

「片手の生活は不便だろうし、それに、またその子に襲われたらどうするの?」
「たしかに……って、わたしは!? 学校でひとりなのよ!? そもそも狙われてたのって、わたしじゃね!?」
「アイは多分、もう襲われたりしないと思う。相手は、わたしを傷つけておびえていたし、逆にわたしが学校をずっと休めば、怖くなって転校するかもね」

 そんなに物事が上手うまく転がってくれるとは思えないけれど、慌てて逃げていったことを考えれば、遊香の言葉に多少の現実味も感じられはして心強かった。

「結局どうすんの? お母さんも明日あした仕事だし」
「ゆかりんは、合い鍵持ってるから大丈夫よね?」
「うん」
「ええっ……」

 いつのまにか合い鍵まで所持していた友人を心友と呼ぶべきなのだろうか?

「それでさ、アイ」
「……なによ?」
「わたしたち、結婚するんだ」
「………………ん?」
「ウフフ♡ もちろん、いますぐにじゃなくって、高校を卒業したら、ね♡♡♡」
「いや、えっ? お母さんもなにいってんのよ?」
「ジャジャ~ン♪」

 横になったまま前に突き出された母親の左手の薬指には、光りかがやく──って、電気消してるから全然よく見えないし!

「あのねアイちゃん、お母さんさっき、お風呂場で指輪コレ貰っちゃったの……♡」
「婚約指輪を? お風呂場で? でもさ、遊香も全裸じゃ……おい、おまえ! どっから出した!?」
「スーパー・イリュージョン」
「大切な婚約指輪なのに、マジっすか……」
「アイは、結婚に反対?」
「わたしは…………」

 同性婚自体には否定的じゃないし異論もないけれど、遊香コイツとするとなると、正直、嫌だった。
 それでも、最優先すべきなのはお母さんの幸せだ。そう頭では理解できていても、答えはすぐに出てこなかった。
 お母さんの手が、無言のままそっとわたしのもう片方の手を握る。
 唇を噛みしめて長考する。
 時間だけが淡々と過ぎてゆく。
 ふたりはただ、わたしの返答を待ってくれていた。

「……いいじゃん、好きにすれば。その代わりおまえ、お母さんの分までしっかり稼いでわたしたちを楽させ……ろよな!」

 勢いよく吐き捨てるつもりが、最後になって涙声になっちゃった。
 悲しくて泣いたのか、悔しくて泣けてきたのかわからない。わからないけども、ずっとわたしの手を握っていたふたりの指の力が、そのときにギュッと強くなった。


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