ラストダンジョンで勇者パーティーに捨てられたから、あたしお家に帰りたいです。

黒巻雷鳴

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新章突入! ラストダンジョンで勇者パーティーに捨てられたから、あたしお家に帰りたいです。

前意識の住人

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 大きな口を開けて迫り来るシャドウドラゴン。数秒後の未来を想像してしまい、恐怖のあまりちびりそうになる。女神フリーディアの加護が無くなっているので、空腹や尿意といった生理現象を普通に感じてしまうのだ。
 失禁が先か、喰い殺されるのが先か──どっちも絶対に嫌だ。やっぱりあたしは、死にたくない。

「ま、待って……ちょっと待ってよ! ほかにやるべきことがあるでしょ!?」
「……なに?」

 思わず飛び出た言葉に自分でも驚いていると、反応したミメシスが、シャドウドラゴンの歩みを片手ひとつで制した。

「〝やるべきこと〟とは、いったいなんのことだ?」
「あぐっ、そ……それは……」

 興味を持たれて命拾いをしたけれど、この先どうすれば……やっぱり、妙案がなにも浮かばな……あっ、そうだ!

「裏切り者よ! ヴァインのヤツ、闇の使徒なのにダ=ズールを裏切って光の勇者に味方したじゃないの! 裏切り者には、死をもって償わせるのよ‼」

 ゲスな発言なのは、充分承知の上だ。
 でも、死んでしまっては、すべてが終わる。こんなところで、あたしは人生を終えたくない。人類史上いちばん幸せになって、大勢の孫たちに看取られながら、安らかに大往生してみせる!

「たしかにそうだが……ヴァインには、なにか考えがあっての行動のはずだ。我は、ヴァインを信じている」

 プリシラの姿をしたミメシスが、ほんの少しだけ悲しそうな表情に変わる。そういえば、どうしてプリシラの姿をしているんだろう? なにか特別な意味があってのことなのかな?
 ヴァインをかなり信頼している様子だし、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。あたしは自分の勘を信じて、大きな賭けに出る。

「あなた、ヴァインのことが好きなんでしょ?」
「なっ……!」

 あたしの指摘に両目を見開くミメシス。
 図星だったのか、なんの反論も言葉も出てこなかった。
 ミメシスの性別はわからないけれど、もしかしたら女性で、ヴァインのことを好きなのかもしれないという推理が的中した証拠だ。

「ヴァイン、このままだと死ぬわよ? 彼を止められるのは、あなたしかいない」

 ミメシスはうつむき、じっとなにかを考えている。
 いける。
 絶対にこの作戦なら、いける。
 このまま、揺れる恋心を揺さぶりまくってやる。

「マルスたちと仲間になった直後だったかな……彼、『すまない』って、つぶやいたのよ。あれって、ミメシスに謝っていたのね。それと、『あの日の約束は、守れそうにない。せめてオレの分まで幸せになってくれ』とかなんとか、言っていたような、言わなかったような」

 もちろん、全部が嘘だ。
 でも、生き抜くためには必要な嘘だった。

「ヴァイン……」

 うつむいたままのミメシスが、ふたたび指を鳴らす。
 と、宙に浮いていたあたしの身体が、糸の切れた操り人形みたく一気に落っこちる。

「きゃっ──ノホッ!?」

 お尻から着地して、尾てい骨を強打。ひとりぼっちになってから、こんなのばっかりだ。

「痛いぃぃぃ……めっちゃ、痛いぃぃぃ……」

 両手でお尻を押さえ、その場で横に倒れて悶絶するあたしにミメシスが近づいてくる。

「ロアよ、おまえに我の力を与える」
「ううっ…………えっ? チカラって?」
「我の真の姿は、光にある。我は、闇に育まれた光なのだ」
「あの、えっと……ごめんなさい、ちょっと意味がわかんないッス」
「つまり、我には肉体がない。光と闇の波動と粒子の集合体なのだ。そして、邪神との盟約により、鏡面世界でしか自由に動けぬ。だから我を……ヴァインの元へ連れて行ってほしい」

 そう言い終えた直後、ミメシスの全身がまばゆい光を放ち、小さな輝く結晶となって、あたしの胸の中に入り込んだ。

「ええっ!? ちょっ、ええっ!?」

 今度は、あたしの身体がお尻を両手で押さえた姿のまま、強烈な光を放って青白い輝きに包まれる。
 ほとんど空っぽの魔力と大ダメージを受けた直後の体力が、ミメシスの力で瞬く間に全回復する。さらになんと、あたしのレベルや全パラメータの数値が大幅に上昇した!

 あたしたちの世界では、戦いで得た経験値や特定の条件をクリアすると、個人の様々な能力が上がるだけじゃなくて強力な技や魔法が使えたりもする。言わずもがな、世界の七不思議のひとつだ。
 
 お尻の痛みもすっかりと消え、目の前にいたはずのミメシスの姿も消えた。あたしの命は、助かったのだ。

「ミメシスが……あたしの中に……消えた……」
『消えてはおらぬ』

 突然、頭の中で女性の声が聞こえてくる。

『おまえの〝前意識の領域〟に、我は存在する』
「前意識の領域?」
『簡単に説明をするならば、記憶の引き出しのようなものだ。常に頭の中で思っていなくとも、必要とあらば意識することができる、おまえが持つ知識や経験すべてが眠っている場所だ』
「それってつまり、あたしの個人情報が見れちゃうわけ?」
『我が望まなくとも、必然的にはそうなる。ヴァインの元へたどり着くあいだの暇潰しにはなりそうだな……ふっふっふ』
「ええっ!? やめてよ、スケベ!」
『スケベではない。さあ、嫌なら急いで進め』

 助かったのも束の間、予想外の展開になってしまった。
    さっさと早くおうちに帰りたいけれど、大邪神ダ=ズールを倒しに向かったマルスたちのところへ戻らなければいけなくなってしまった。しかも、あたしの前意識とやらに住みついた闇の使徒ミメシスと一緒に、だ。
 例え無事に合流できたとしても、マルスの顔なんて見たくもないし、ミメシスがヴァインと接触をすれば、あたしの嘘がすぐにバレちゃう──って、こんなことを考えてたら、ミメシスが怒って今度こそ殺される!

「……ねえ、ミメシス? 聞こえてる?」
『なんだ?』
「ちなみになんだけどさ、そのう……今あたしが考えていることとかって、わかったりしちゃう?」
『いや。我が一体となっているのは、あくまでもおまえの前意識の領域だけ。意識も奪おうと思えばたやすいが、そうなると我の力が大幅に弱まる。おまえの肉体は、器としては非力で不適格だ』
「不適格って言われると傷つくけど……そうなのね」
『ただし、おまえが見る景色はわかる。光の受容は、我に伝わりやすいからな』

 一応、今の話をすべて信じれば、なにを考えても筒抜けにならずに済みそうだった。

「ふーっ……やれやれ」

 こうなったらしかたがない。
 あたしは、ついに覚悟を決める。

「それじゃあ行くわよ、ミメシス」
『……ああ。頼んだぞ、ロア。我の力を与えたのだ、簡単に死ぬなよ』

 こうしてあたしは、新しい仲間ミメシスとともに、ラストダンジョンの最深部をもう一度めざすことになった。

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