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chapter.04
再会
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夜会が終わってから一週間ほどが過ぎたある日、会長は上機嫌で車椅子を自走して食堂にやって来た。昼食の準備はまだ終わってはいない。帆波は慌てたが、それを表情には出さず、会長に近づき中腰で話しかける。
「会長すみません、まだ準備に時間がかかりますので、もう少々お待ちください」
「ああ? かまわん、かまわん。のんびりと待たせてもらうよ」
「そう……ですか。では、なるべく急ぎますので」
そんなやり取りの最中、航が厨房から配膳カートを押して出て来る。
航は、自主的に食事の手伝いを毎日行っていた。
屋敷内ではこれと言った娯楽もなく、男に抱かれるだけの日々に嫌気がさしていた。だが、配膳の手伝いは前職の経験を活かせる上に、帆波の役にも立てる。
「めずらしいですね、会長がこんなに早くいらっしゃるなんて」
しかも、ひとりで。堤の姿は見えない。
航が手伝うようになってからは、堤が厨房に入ったり配膳する機会が減ってきていた。
この屋敷で食事をするのは最大で五人。三人も配膳係は要らないと言えばそれまでだが……。
「ちょっと今日は来客があってよ。堤は迎えに行かせてる。慶子は海外出張で、しばらくは来ねぇなぁ」
「来客……」
航は思う。会長の様子がどこか嬉しそうなのと関係がありそうだな、と。
ふと帆波を見れば、表情が青ざめていた。その理由に、航はすぐに気づく。
「会長、お客様が来るなんて聞いてませんよ。料理は四人分しか作っていません」
「ああん? ああ……そうだったな。もうすぐ着くと思うからよ、今から用意してくれや」
悪びれることなくそう言ってのける会長に、航と帆波はお互いの顔を見た。
食材なら豊富にある。だが、同じ品数をもうひとり分追加して作り直すには時間が足りない。
それでも、やるしかなかった。会長の言葉は絶対だ。
航は配膳カートを一度下げ、ふたたび戻って来て空になったカートに並べられた料理を片付ける。
その間に、帆波はいち早く厨房で調理を始めていた。
*
十二時を少し過ぎた頃、屋敷の正面玄関前にロールス・ロイスのファントムが停車する。
リアドアが自動でひらかれ、車内からひとりの若い女が降り立った。
堤は彼女の荷物を取り出し、先導して扉を開ける。
「ここに来るのも随分と久しぶりね」
はつらつとした声で言う女に、堤は無言で応えた。
「私の部屋、誰にも使わせてないでしょうね? 誰かの汚液まみれのベッドで眠るなんて、想像しただけで吐き気がするわ」
大階段を上り始めた堤に、女は「荷物は部屋のなかに置いて」とだけ顔を見ずに言い残し、食堂へとひとり向かう。
嗅ぎなれない料理のにおいがする。料理人がまた代わったのかと女は歩きながら思った。
「御爺様!」
食堂へ入るなり、女は車椅子の主人に駆け寄って抱きつく。
「おお茉莉花、しばらく見ないうちにまた一段と美人になったな」
会長の嬉しそうでどこか温かみのある笑顔。
航も帆波も、そんな会長を見るのは初めてだった。
そして、なによりも驚いたのは、来客の正体が茉莉花だったことだ。
まさか茉莉花が会長の孫娘だったとは夢にも思わなかった。もしかするとあのときのLINEは、自分の境遇を知ってのことだったのだろうか?
食堂へ入ってからの茉莉花の振る舞いは、ふたりを無視しているとしか思えなかった。
やはり、すべてがバレている──。
航の額に脂汗が滲む。
「茉莉花、腹減っただろ? おい、おまえら、早く飯の準備をしろ」
「あっ、はい。ただいま」
厨房へ入る帆波の後に続く航は、少しだけ振り返る。ほんの一瞬だけ茉莉花と視線が合ったが、それだけで終わった。
「会長すみません、まだ準備に時間がかかりますので、もう少々お待ちください」
「ああ? かまわん、かまわん。のんびりと待たせてもらうよ」
「そう……ですか。では、なるべく急ぎますので」
そんなやり取りの最中、航が厨房から配膳カートを押して出て来る。
航は、自主的に食事の手伝いを毎日行っていた。
屋敷内ではこれと言った娯楽もなく、男に抱かれるだけの日々に嫌気がさしていた。だが、配膳の手伝いは前職の経験を活かせる上に、帆波の役にも立てる。
「めずらしいですね、会長がこんなに早くいらっしゃるなんて」
しかも、ひとりで。堤の姿は見えない。
航が手伝うようになってからは、堤が厨房に入ったり配膳する機会が減ってきていた。
この屋敷で食事をするのは最大で五人。三人も配膳係は要らないと言えばそれまでだが……。
「ちょっと今日は来客があってよ。堤は迎えに行かせてる。慶子は海外出張で、しばらくは来ねぇなぁ」
「来客……」
航は思う。会長の様子がどこか嬉しそうなのと関係がありそうだな、と。
ふと帆波を見れば、表情が青ざめていた。その理由に、航はすぐに気づく。
「会長、お客様が来るなんて聞いてませんよ。料理は四人分しか作っていません」
「ああん? ああ……そうだったな。もうすぐ着くと思うからよ、今から用意してくれや」
悪びれることなくそう言ってのける会長に、航と帆波はお互いの顔を見た。
食材なら豊富にある。だが、同じ品数をもうひとり分追加して作り直すには時間が足りない。
それでも、やるしかなかった。会長の言葉は絶対だ。
航は配膳カートを一度下げ、ふたたび戻って来て空になったカートに並べられた料理を片付ける。
その間に、帆波はいち早く厨房で調理を始めていた。
*
十二時を少し過ぎた頃、屋敷の正面玄関前にロールス・ロイスのファントムが停車する。
リアドアが自動でひらかれ、車内からひとりの若い女が降り立った。
堤は彼女の荷物を取り出し、先導して扉を開ける。
「ここに来るのも随分と久しぶりね」
はつらつとした声で言う女に、堤は無言で応えた。
「私の部屋、誰にも使わせてないでしょうね? 誰かの汚液まみれのベッドで眠るなんて、想像しただけで吐き気がするわ」
大階段を上り始めた堤に、女は「荷物は部屋のなかに置いて」とだけ顔を見ずに言い残し、食堂へとひとり向かう。
嗅ぎなれない料理のにおいがする。料理人がまた代わったのかと女は歩きながら思った。
「御爺様!」
食堂へ入るなり、女は車椅子の主人に駆け寄って抱きつく。
「おお茉莉花、しばらく見ないうちにまた一段と美人になったな」
会長の嬉しそうでどこか温かみのある笑顔。
航も帆波も、そんな会長を見るのは初めてだった。
そして、なによりも驚いたのは、来客の正体が茉莉花だったことだ。
まさか茉莉花が会長の孫娘だったとは夢にも思わなかった。もしかするとあのときのLINEは、自分の境遇を知ってのことだったのだろうか?
食堂へ入ってからの茉莉花の振る舞いは、ふたりを無視しているとしか思えなかった。
やはり、すべてがバレている──。
航の額に脂汗が滲む。
「茉莉花、腹減っただろ? おい、おまえら、早く飯の準備をしろ」
「あっ、はい。ただいま」
厨房へ入る帆波の後に続く航は、少しだけ振り返る。ほんの一瞬だけ茉莉花と視線が合ったが、それだけで終わった。
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