専属契約 ~俺はおまえの愛玩奴隷~

黒巻雷鳴

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chapter.02

男と女

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 始発電車を待っていても、始発に乗ったことは一度もない。
 いつも乗り遅れてしまう本当の理由は、家に帰りたくないからだった。悲しいことに、休暇以外の日々の自由といえば、客に会いに行くときと帰るときの移動時間くらいなもので、真っ直ぐ帰ってしまっては、鎖に繋がれた飼犬ペットの時間がそれだけ長くなる。だからこそ、半分故意で乗り遅れていた。

 ただ、航はその問題と向き合うつもりはなかった。答えを見つける自信はあっても、見つけたその先にある、新たな問題に立ち向かえる体力がまだなかったからだ。
 それでも──タイミングは、決して見逃さない。
 絶対に、汚泥の底から抜け出してみせる。
 こぶし肉体からだがどんなによごれてしまっても、そんなものは許容範囲。残りの人生で十分にやり直せるし、取り返しがつく。

 地下鉄の駅へ向かう階段を降りる途中、スマートフォンが震えた。
 非通知表示にほんの一瞬だけ緊張感を覚えた航ではあったが、躊躇わずに降りながら応答する。

「はい」
『洲崎航クンね?』
「!」

 声の主は女だった。
 しかも、自分の本名を知っている。
 いくら専属契約が売りでも、本名までは誰も教えない。それに、客のほうも名乗りはしないし──相手が著名人の場合だと必然的に知れるが──通常、葛城も安全を配慮して教えることなどないのだが……。


『アオイ、おいしい話が来たぞ。長期ロングの客で、爺さんの大金持ちだ』
『フフフッ、聞いて驚けよ。無期限だ』


 この専属契約には、かなりの大金が動いている。
 潤った葛城の唇が上得意の求めに応じたのだろう。今度の御主人様は性欲だけでなく、独占欲も旺盛なようだ。

『もしもし?』
「……はい、そうです」
『長期契約の話は聞いてるわよね? 悪いけど、階段をまた上ってきてくれないかしら』

 航の返事を待たずに、通話はそこで切れた。
 現在地を知られているのは、別にめずらしくはない。客の地位や肩書きによっては当然のことで、SPを引き連れてまで野外プレイに精力的に勤しむ政府関係者までいるくらいだ。

 ふたたび地上まで戻ると、すぐ近くにパールホワイトのカラーリングが際立つロールス・ロイスのファントムが停車していた。そして、運転席にすわる浅黒い肌の男と目が合う。
 航が歩み寄る。リアドアが自動でひらかれ、無言のまま招き入れられる。乗り込んだ後部座席には、スカートスーツの女が黒いストッキングに包まれた美脚を組んですわっていた。

「はじめまして、洲崎クン。私は谷村たにむら、そちらの彼はつつみよ」

 運転席の堤は挨拶をしないどころか、ルームミラーすら見ずにステアリングに触れたままの姿で微動だにしない。

「……はじめまして」
「なにか飲む? お酒はまだあげられないけれど」
「いえ、咽喉は渇いてません」
「そう。じゃあ、本題に入りましょうか」

 その言葉を合図に、車窓に映る景色が静かに流れ始めた。

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