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chapter.02
冷たい空と満ちた月
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その夜、航は眠れなかった。
生活環境の変化も理由のひとつにあるが、なによりも自分の待遇が気掛かりだった。
堤の扱いを見た限り、場合によっては同じ扱いを受ける。買われた側からすれば別段めずらしくもないが、航はソフトSM以上の過激なプレイや暴言にNGを出していた。今後相手の要求次第では、いつかのように力で反発するしかない。例え恩人である葛城の顔に泥を塗ったとしても、それだけは譲れないプライドだった。
小型冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出した航は、ひと口だけ飲み、それを持ったまま廊下に出る。
窓からは、綺麗な満月が見えていた。
(寒っ……外に出てもコンビニまでは遠そうだよな……あればの話だけど)
先程の配膳時に冷蔵庫の中身も把握できていた航は、調理室をめざすことにする。
手摺を伝いながら大階段を降り終えた頃、帆波に出会す。パジャマ姿の彼女は、チェック柄のストールを羽織っていた。
「あ……洲崎さん、こんばんは」
「どうも。なんか、めっちゃ寒くない?」
「今の時期、まだこの辺りは夜冷えるんですよ。あの、よろしければこれ、お貸ししましょうか?」
「いや大丈夫、ありがとう。……あー、飲む? ただの水だけど」
「え? いえ、大丈夫です……ありがとうございます」
ふたりは、お互いに笑顔を見せた。
「洲崎さん、どうかなされましたか?」
「うん、なんか眠れなくてさ。小腹も空いたし、盗み食い目的でちょっと。菱田さんも盗み食い?」
「私は……そうですね、それなら簡単な物を作りましょうか?」
「えっ、いいの? ありがとう、助かるよマジで!」
声が大きくなった航に、帆波は笑顔で人差し指を唇にあてて沈黙を求めた。
*
明かりの点けられた調理室に響くのは、楽しげに話す男女の声。
卵のあんかけがたっぷりかかったうどんを啜りながら、洗い物をする華奢な背中をながめる。身体だけでなく、心のどこかもあたたまるような、そんな不思議な感覚を航は味わっていた。
それでも、暗黙の了解で、自分たちがこの屋敷にいる理由を訊ねることだけはしなかった。
それを知ったところで、一体なにを変えられるというのか。
悲しい現実なんて、あらためて知る必要もない。
そうわかり合えたからこそ、会話が弾んでいたのだろう。
部屋へ戻った航は、ベッドに横たわりながら今朝方ぶりにスマートフォンの画面に触れる。そこで初めて通話アプリからの着信に気づき、タップしてひらいた。
茉莉花だ。
どうやら何度も連絡をくれていたようで、最後の着信履歴からは三時間ほどが過ぎていた。
今さらなにも話すことがないと判断した航ではあったが、トーク履歴に新たな着信が増える。
『どうしても会えない?』
その言葉をくれるには、遅すぎていた。
もしもあのとき、すぐにその意思を伝えてくれていたのなら、自分は男娼になることはなかっただろう。今となっては怒りすら湧いてはこないが、一種の嫌悪にも似た感情が冷めた心に過る。
このメッセージに既読が付けば、すぐにまた、今度は電話がかかってくるはずだ。そう考えた航は、敢えて電源を切って瞼を閉じた。
生活環境の変化も理由のひとつにあるが、なによりも自分の待遇が気掛かりだった。
堤の扱いを見た限り、場合によっては同じ扱いを受ける。買われた側からすれば別段めずらしくもないが、航はソフトSM以上の過激なプレイや暴言にNGを出していた。今後相手の要求次第では、いつかのように力で反発するしかない。例え恩人である葛城の顔に泥を塗ったとしても、それだけは譲れないプライドだった。
小型冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出した航は、ひと口だけ飲み、それを持ったまま廊下に出る。
窓からは、綺麗な満月が見えていた。
(寒っ……外に出てもコンビニまでは遠そうだよな……あればの話だけど)
先程の配膳時に冷蔵庫の中身も把握できていた航は、調理室をめざすことにする。
手摺を伝いながら大階段を降り終えた頃、帆波に出会す。パジャマ姿の彼女は、チェック柄のストールを羽織っていた。
「あ……洲崎さん、こんばんは」
「どうも。なんか、めっちゃ寒くない?」
「今の時期、まだこの辺りは夜冷えるんですよ。あの、よろしければこれ、お貸ししましょうか?」
「いや大丈夫、ありがとう。……あー、飲む? ただの水だけど」
「え? いえ、大丈夫です……ありがとうございます」
ふたりは、お互いに笑顔を見せた。
「洲崎さん、どうかなされましたか?」
「うん、なんか眠れなくてさ。小腹も空いたし、盗み食い目的でちょっと。菱田さんも盗み食い?」
「私は……そうですね、それなら簡単な物を作りましょうか?」
「えっ、いいの? ありがとう、助かるよマジで!」
声が大きくなった航に、帆波は笑顔で人差し指を唇にあてて沈黙を求めた。
*
明かりの点けられた調理室に響くのは、楽しげに話す男女の声。
卵のあんかけがたっぷりかかったうどんを啜りながら、洗い物をする華奢な背中をながめる。身体だけでなく、心のどこかもあたたまるような、そんな不思議な感覚を航は味わっていた。
それでも、暗黙の了解で、自分たちがこの屋敷にいる理由を訊ねることだけはしなかった。
それを知ったところで、一体なにを変えられるというのか。
悲しい現実なんて、あらためて知る必要もない。
そうわかり合えたからこそ、会話が弾んでいたのだろう。
部屋へ戻った航は、ベッドに横たわりながら今朝方ぶりにスマートフォンの画面に触れる。そこで初めて通話アプリからの着信に気づき、タップしてひらいた。
茉莉花だ。
どうやら何度も連絡をくれていたようで、最後の着信履歴からは三時間ほどが過ぎていた。
今さらなにも話すことがないと判断した航ではあったが、トーク履歴に新たな着信が増える。
『どうしても会えない?』
その言葉をくれるには、遅すぎていた。
もしもあのとき、すぐにその意思を伝えてくれていたのなら、自分は男娼になることはなかっただろう。今となっては怒りすら湧いてはこないが、一種の嫌悪にも似た感情が冷めた心に過る。
このメッセージに既読が付けば、すぐにまた、今度は電話がかかってくるはずだ。そう考えた航は、敢えて電源を切って瞼を閉じた。
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