玉座の間にて

ふっくん◆CItYBDS.l2

文字の大きさ
4 / 6

英雄譚②

しおりを挟む


冷気が、全身を突き抜けた。
極北の大地で鍛えぬいた肉体が、そのあまりの寒さに悲鳴をあげている。

指先の感覚がない。いや、指先だけではない。
腕も足も、瞼すら、四肢の全てが自分の意思で動かせない。
僅かにカタカタと鳴る奥歯だけが、自身がまだ生きているということを実感させてくれる。

俺は今日、新たに一つ学びを得た。
恐怖とは、酷く冷たいものなのだ。

扉の先には、一個軍団が収まりそうな広間。そして一人の王。
顔も知らぬ、その容姿すら人類には伝わっていない。だが、わかる。
奴こそ、魔王。

魔王の目は、どこか虚ろであった。
まるで、何の感慨も湧かないかのように我らを見つめている。

命を奪いに殺到した我らを前に、なんと傲岸不遜なことか。
我らなど、とるに足らないということか。湧き上がる怒りに、凍った手足がじわりと溶けていく。
一門の全てが、同様の怒りを感じているのだろう。みな、一歩また一歩と魔王へと歩み寄る。

「ちがう。そうではない……」

大叔父上が呟いた。

「魔王が見ているのは、我らではない。その焦点は、我らの背後に広がる城下の大戦だ。軽く見られているどころではない、我らは宙に舞う埃や何かと同程度にしか思われておらんのだ」

その言葉を裏付けるかのごとく、魔王はようやくこちらに視線を落とした。
それこそ、大叔父上の声を聞くまで我らに気づいていなかったかのように。

「なんだ、人がいたのか」

厚く、鈍い声が広間に響くと同時に、闇の瘴気が我ら勇者一門にのしかかる。
俺は、その重さに思わず膝をついてしまう。俺だけではない、一門の皆が、大叔父上ですら立っているだけで精いっぱいといった面持ちだ。

玉座の間に入って以来、感じていた冷たいプレッシャーの比ではない。
恐怖とは冷たいもの? 否、真なる恐怖とは昏く重いものなのだ。
その視線が向けられたいま、俺たちは初めて魔王と戦うことへの恐怖に晒されている。

そうか、これが魔王と戦うということなのか。
これを前にして、剣を抜くなど一体どれほどの勇気があれば可能なのか。
伝説の御先祖は、なんと偉大な勇者であったのか。俺は、初めて理解した。

指先一つ動かせない。
柄を握る気力すら湧かない。
ああ、我らはここに臆病者として果てるのだ。

絶望の幕により、物語が終わろうとしたその時。
突如、光が差し込んだ。

鏡面のごとく磨かれ、青空の下にあっては「次太陽」、月夜にあっては「小天文」と称される我ら勇者一門に受け継がれてきた聖剣。

たとえ、吸った魔物の血で曇っていようが、杖代わりに使われたことで切っ先が欠けていようが関係ない。世に比類するもの無き美しき刀身が、広間に僅かに差し込んでいる光を映しだしたのだ。

いま我が背におわす祖母の手で掲げられることによって。

「おお、ばば様が剣を抜かれた」「よもや」「なんという勇気」「なんという胆力」

にわかかに、声が上がる。

だが、俺は知っている。違う。みんな、誤解している。
我が祖母は、勇気をもって剣を抜いたわけでは無い。あの剣は、そもそも最初から抜かれていたのだ。


「この臆病者の一族め。これより、《勇者》の号は儂一人のもんぞ!」

祖母の一喝に、みな呪いが解けたように湧きたった。

一人また一人と、体に纏わりつく恐怖を打ち払い気勢を上げ剣を抜いていく。
その様子を、魔王は心底嬉しそうに、まるで子を慈しむ母であるかのように見守って
いた。

「魔王の首は、俺がもらい受ける!」

大叔父上が、ひときわ大きな声をあげ一息に魔王へと切りかかった。
必殺の上段構え。一切の防御を捨てた、海すら割る渾身の一撃。

転瞬いつの間にか抜かれた魔王の剣が、その空いた銅へと横薙ぐ。
しかし、同じく一瞬のうちに間合いを詰めていた当主供周りがそれを剣で受けた。

かに思えた。
魔王の一撃を受けた、供周りの剣は粉々に砕け散り、勢いそのままに大叔父上へと打ち当たる。
だが、大叔父上は仲間の当たりに体勢を崩しながらも一刀を振り下ろして見せた。
その軸のずれた剣筋は、魔王の手甲を砕くにとどまった。

倒れかかる供周りを手で押しのけ、再び大上段に構える。
あくまで一刀にかける、その頑なな姿に、魔王の口角が徐々に上がっていく。そして、遂には歯を見せ声をあげて呵々大笑してみせた。

「よいぞ、人間」

魔王も、剣を振り上げ同じ上段の構えをとる。
ほんの瞬刻の沈黙の後、二人は同時に剣を振った。

「ぬうん……」

大叔父の巨体が、ぐらりとゆらぐ。
同時ではなかった、魔王の剣が僅かながら早かったのだ。

皆が、我が一門最強の敗北に気を取られる中、間髪入れずに黒い影が魔王へと迫った。
影の正体は、我が父。その必殺の刺突が、大叔父上の体の隙間より魔王の心臓へと放たれる。

大叔父上の巨体の影に、巧みに魔王の死角へと隠れ完全なる不意を狙ったのだ。魔王の目には、父の剣が無から沸いて出たように見えたであろう。

だがしかし、魔王はそれを体を捻り躱して見せた。
的を失った父は、勢いそのままに魔王のたもとを通り過ぎる。だが、その隙を狙った魔王の拳が我が父の顔面へと打ち据えられた。父は、地面に突っ伏しうめき声をあげた。

ゆらりと振り返った魔王の右手には、いましがた奪ってであろう父の目玉がつままれていた。
そして、それをこれ見よがしに我らに見せつけ、口を大きく開け飲み込んでみせたのだ。
明らかな挑発に我が一門は、怒りそのままに魔王へと一斉にとびかかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

処理中です...