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8話
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酒飲みが再び目を開けると、世界は一変していた。先ほどまで美しい夕陽のオレンジが空を照らしていたが、今は分厚く黒い雲が空を覆っている。
酒飲みとサリーは小高い丘の上に立っていて、その丘からは街が見える。分厚く黒い雲からは巨大なバケツをひっくり返したかのように大量の雨が街へと降り注ぎ、ピカッと目がくらむような閃光が起きたかと思うと怒号のような音がして雷が落ちる。
風が猛烈に吹いているにしては分厚い雲が流されていく様子はなく、いつまでも街の上空に留まっていた。
「サリーさん、ここはいったい・・・。」突然目の前に現れた壮絶な光景に目を奪われていた酒飲みがやっとのことで声をだすと、
「ここが妖精界。」と横でサリーが言う。サリーの声が先ほどまでとは違っているように聞こえ、酒飲みは横に視線を移す。
サリーの背中からは羽のようなものが生え、元々長かった髪はお尻の下あたりまでさらに伸びていた。顔や身体は先ほどよりも幼く小さくなり、ブルーの瞳がさらに際立つ。そして驚くべきことに足が地面から離れ、浮いている。
「サリーさん、これは夢かい?」
「いいえ、現実よ。」
「なんだか雰囲気が変わったな、サリーさん。さっきみたいな敬語も使わねえし。空まで飛んでいる。」
「ごめんなさい。でも時間がないからよく聞いてほしいの。」サリーは丘から街を見下ろし、とても悲しげな表情を浮かべている。
「妖精界は人間界で言うところの“王政”が今なお続いていて、あなたの父も祖父も、曾祖父もずっと妖精界の王を務めてきたの。私達はあなたたち一族が統治する国に生活していて、何にも不満はなかったわ。だけどこの国の宰相ダニー・トローチは、王様を暗殺して代わりに自分が王となった。王妃様はとても美しい妖精で、宰相はそのまま自分と一緒になるように言ったわ。自分の夫を殺した宰相の妻になるなんて、死よりも酷い苦痛だったと思う。だけど彼女には王の後を追って、死を選ぶことなんてできなかった。」
そこでサリーは話を切り、ひと呼吸置く。この話をすることがサリーにとってとても辛いことなのだと酒飲みには分かった。
妖精界の王。暗殺。死。
混乱する頭を必死に回転させて、酒飲みはサリーの話を聞く。
「つまり、俺たちの世界で言うところの“クーデター”が起こったってわけかい。妖精の世界でも、そんなことが起きるものなんだな。なぜ、王妃は死ぬことを選ばなかったんだい。」
酒飲みに称賛できる長所を一つ挙げるとすれば、この圧倒的不可解な状況においてきちんと目の前の女性の話に耳を傾けることができるという点かもしれない。
そして、酒飲みはぼんやりとではあるが、この光景とこの街を見たことがあると感じはじめた。雲をつかむような感覚ではあるが、それはとても懐かしく暖かい光だった。
「それは、あなたがいたからよ。」
酒飲みとサリーは小高い丘の上に立っていて、その丘からは街が見える。分厚く黒い雲からは巨大なバケツをひっくり返したかのように大量の雨が街へと降り注ぎ、ピカッと目がくらむような閃光が起きたかと思うと怒号のような音がして雷が落ちる。
風が猛烈に吹いているにしては分厚い雲が流されていく様子はなく、いつまでも街の上空に留まっていた。
「サリーさん、ここはいったい・・・。」突然目の前に現れた壮絶な光景に目を奪われていた酒飲みがやっとのことで声をだすと、
「ここが妖精界。」と横でサリーが言う。サリーの声が先ほどまでとは違っているように聞こえ、酒飲みは横に視線を移す。
サリーの背中からは羽のようなものが生え、元々長かった髪はお尻の下あたりまでさらに伸びていた。顔や身体は先ほどよりも幼く小さくなり、ブルーの瞳がさらに際立つ。そして驚くべきことに足が地面から離れ、浮いている。
「サリーさん、これは夢かい?」
「いいえ、現実よ。」
「なんだか雰囲気が変わったな、サリーさん。さっきみたいな敬語も使わねえし。空まで飛んでいる。」
「ごめんなさい。でも時間がないからよく聞いてほしいの。」サリーは丘から街を見下ろし、とても悲しげな表情を浮かべている。
「妖精界は人間界で言うところの“王政”が今なお続いていて、あなたの父も祖父も、曾祖父もずっと妖精界の王を務めてきたの。私達はあなたたち一族が統治する国に生活していて、何にも不満はなかったわ。だけどこの国の宰相ダニー・トローチは、王様を暗殺して代わりに自分が王となった。王妃様はとても美しい妖精で、宰相はそのまま自分と一緒になるように言ったわ。自分の夫を殺した宰相の妻になるなんて、死よりも酷い苦痛だったと思う。だけど彼女には王の後を追って、死を選ぶことなんてできなかった。」
そこでサリーは話を切り、ひと呼吸置く。この話をすることがサリーにとってとても辛いことなのだと酒飲みには分かった。
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混乱する頭を必死に回転させて、酒飲みはサリーの話を聞く。
「つまり、俺たちの世界で言うところの“クーデター”が起こったってわけかい。妖精の世界でも、そんなことが起きるものなんだな。なぜ、王妃は死ぬことを選ばなかったんだい。」
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そして、酒飲みはぼんやりとではあるが、この光景とこの街を見たことがあると感じはじめた。雲をつかむような感覚ではあるが、それはとても懐かしく暖かい光だった。
「それは、あなたがいたからよ。」
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