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1章 

同情と共感と、了承は別なのです

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「実は……」

 ごくり。

 そういえば陛下からの手紙を持ってきた使者も、国を揺るがす重大な事案だとか言っていた気がします。

 絶望的な空気を漂わせるジルベルト様の様子に、息をのみます。
 
 思わず身を乗り出していた私たちの姿に少々動揺したのか、ジルベルト様がこほん、と咳払いをされました。

「実は先日、隣国の第三王女アリシア様に見初められ求婚されまして」

 情報量の多さに、私は瞬きを繰り返しジルベルト様を見やります。

「求婚……? 王女様からジルベルト様に求婚、ですか?」
「ええ。その通りです」
「ええっと、それはもしかして何か外交上の特別な理由が……?」

 どの国においても、王族の結婚は自由意志でできるものではありません。
 あくまで国のため、外交のためであって、自由に誰とでも結婚してもいいなどということはないのです。

 ということは何か外交上の特別な理由があってのこと、と考えるのが普通です。

「いえ、まったく。ただのアリシア王女殿下の自由意志によるものです」
「自由意志……」

 ということは、アリシア王女殿下がジルベルト様に恋をなさっておいでだということでしょうか。
 
 アリシア王女殿下は、御年十五才。
 王族の結婚としては、それほど早くもありません。ですから別に結婚に若すぎるということはないのですが。

 それでもやはりジルベルト様がいくら宰相とはいえ、年齢身分ともに釣り合いがとれているとは言い難く。

「もちろん王女殿下はジルベルト様の恐怖症のことは……」
「無論知りません。ですから、無論求婚を受けるわけはないのですが。とはいえ、無下に断ればやはり外交上問題になりかねませんし……」
「ですが、放っておけばいずれ熱も冷めるのでは? まだ王女殿下はお若いとお聞きしますし」

 お隣の国は豪放磊落で情熱的な気質の方が多いと聞きますから、きっと恋愛にも積極的なのでしょう。
 まして、恋に恋するような年頃ですし。

 でもそうした恋の熱は、冷めるのも早いと聞きます。

 当然恋愛など縁のない私には、想像するしかないのですが。

「確かに、一時的な恋愛感情に突き動かされてのことだとは思います。ですが、王女の性格からいって思い切った行動にでかねないというか、何をしでかすかわからないといいますか……。強引にことを運ぼうとしかねないと言うか……」
「あぁ、なるほど……。それは確かに、ジルベルト様にとってはこれ以上なく脅威ですね……」

 アリシア王女様のアプローチは、さぞ熱烈なのでしょう。

 女性恐怖症のジルベルト様にとっては、相当に大変な試練だったに違いありません。それはもう、思い出しただけで吐き気をもよおすほどに。

 しかも、自分の対応如何によっては隣国との関係に大きな亀裂を生みかねないとなれば容易に断るわけにもいかず、気が気ではないでしょう。

「ええ、それはもう……。かといって私が恐怖症であることが公になれば、それを悪用する輩も出てくる恐れもあり……。困り果てているのです」

 ジルベルト様の口から、重く深いため息がこぼれます。

「そこでな、私が契約結婚をすればいいと提案したのだ。重婚は認められていない以上、あきらめる他ないだろうし。このままこんな状態が続くのは、王家としても看過できないのでな」 

 陛下が口を挟みます。

「きっとそなたもこれからの人生、愛はなくとも後ろ盾となる存在がいれば安心だろう。両者にとって利害が一致するのならば、これもひとつの縁ではないかと思ってな」

 陛下はきっとジルベルト様の未来を慮って、そのお話を思いつかれたのでしょう。そしてそれは、私にとってもきっと利があるに違いないと。

 けれど私はその瞬間、胸がちくりと痛むのを感じていました。

「つまり同じ異性への恐怖症を持つ私なら、身の安全や平穏な生活のために結婚を了承するだろうと? 王女殿下も結婚という既成事実を突きつけてしまえば、引き下がらざるを得ない、と?」

 陛下に向かってこんな口の利き方をするなんて、不敬かもしれません。
 
 でも、なんだかもやもやします。とても。 

 陛下のさもいい考えだろう、とでも言いたげな顔も。
 ジルベルト様の困りきった顔も。

「ん、まぁそんなところだな。で、どうかな? ジルベルトは人間的には少々おもしろみのない男だが、信頼には値する人間だ。互いに悪い話ではないと思うが」
 
 おっしゃることは、理解しました。

 もし私がジルベルト様と結婚すれば、お父様の心配事も解消し、私もこの先の未来を宰相の妻という肩書に守られて生きていくことができるでしょう。

 でも、一体誰が決めたのですか。
 女性ひとりでは、未婚のままでは平穏な暮らしもままならないなんて。

 まるで、女性ひとりでは幸せにはなれっこないみたいではありませんか。

 せっかく今まさにこれから私の新しい人生が幕を明けようとしていたのに、水をさすようなことを言われて気分が台無しです。


 この時、私の気持ちは決まりました。

 ジルベルト様の事情は理解しましたし、同じ恐怖症を抱える身として同情も共感もいたします。
 ですが、それとお話を受け入れるかどうかはまったく別のお話です。



「私は……私の答えは……」

 隣でお父様が息をのむのが聞こえました。

「その縁談、お断りいたします。それは父の望む利ではありますが、私の望みではありませんから」


 それが、私の出した結論でした。


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