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2章 

夫の安眠はお飾りの妻が守ります

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 それからしばらくして。

 私宛てに、小包がひとつ届きました。
 差出人はと見れば、ほんの数日前に会ったばかりのある女性からでした。

 メイドのラナとともに恐る恐る開封し、中を改めてみればそこにあったのは――。

 

「そうそう。この前お屋敷に乗り込んでこられた三人目の愛人志望の方から、今朝お手紙とこれが届いたのよ。応接室にぴったりな品だから、あとで飾っておいてもらえるかしら? バルツ」

 いつもの業務連絡書を渡すために部屋を訪ねてきたバルツにそれを手渡すと、顔色がさっと変わりました。
 
「っ? これは旦那様の元に何度も押しかけていた、あのご婦人ではありませんかっ! 一体奥様に何を……」

 バルツが警戒するのも無理はありません。

 だってその方は、先日この屋敷に乗り込んできたジルベルト様の愛人志願の女性なのですから。

 先日突然刃物を手に乗り込んできて。

『今すぐジルベルト宰相様と離縁してっ。さもなくば私を愛人にしてくださいっ! 私……私をどうかジルベルト宰相様のもとに置いていただきたいのですっ』

 とまぁ、大変な騒ぎだったのですから。

 これまでも何度か、似たようなことはありました。

 『さっさと私に妻の座を明け渡しなさい。あなたみたいなひよっ子に、宰相の妻が務まるわけないんだから』とか。
 『以前から私はジルベルト様と愛人関係にあるのよ。だからさっさと実家にお戻りになって』とか。

 でもそれらが嘘であることは、私がよく知っています。
 だってそんなことができるくらいなら、ジルベルト様が私と契約結婚などする必要もなかったのですし。

 ですから、どれも穏便に後々問題にならないよう上手く対処しておきましたとも。ええ。

「でもさすがにあの時は、刃物なんて振り回すからびっくりしたわ。すぐに落ち着いてくれたから良かったようなものの、まさか愛人でもいいから屋敷に置いてなんて、よっぽど思い詰めていたのね」
「私は奥様に万が一のことがあったらと、生きた心地がしませんでしたよ……。本当に……」

 バルツは胸元からハンカチを取り出し、思い出し笑いならぬ冷や汗を拭っています。

「あら、私は平気よ。暴れ馬に比べたら落ち着かせるのは簡単だもの。力だって弱いし、刃物さえ取り上げてしまえばわけないわ」
 
 バルツが呆れたような困惑したような顔をしているのは、なぜでしょうか。
 だってこれまでずっと動物相手に長く暮らしてきたんですもの。このくらいわけありません。
 
 ただそんな方からの贈り物とあって、もし呪いのナントカ、とか嫌がらせの品でも入っていたらどうしようかと警戒はしたのですが。

 恐る恐る開けてみれば、なんのことはない王都で有名な店の美しい花器でした。

 そしてそれとともに、丁寧に書かれたお詫びの手紙が同封されていたのです。

 いまだに信じられないといった表情で、疑わしげに品物をあらためているバルツに苦笑します。

「愛人志願がいまや、奥様のファンですか。奥様の人たらしの技もここまでくると、驚きですな……」
「人たらしなんて……私はただ話を色々と聞いてあげただけよ? 寂しさをこじらせて、空想の恋に舞い上がっていただけみたいだったから」

 手紙には先日の振る舞いについて公にせず穏便に許してくれたことへの感謝と、そして。
 なぜか、私への賛辞がこれでもかと書き連ねてありました。

 ジルベルト様への思いは本気ではなく、ただ寂しさを紛らわせるために幻想を抱いていただけだったと。
 そして私が胸に抱え込んだ悩みや思いの丈を親身に聞いてくれたことで、救われたと。

「毎日が驚きの連続ね。まさか夫の妻の座や愛人の座を欲しがる女性たちを追い払うのも、妻の役目だなんて思いもしなかったもの……。さぞジルベルト様は、これまで苦労なさったのでしょうねぇ……」

 しみじみと、これまでのジルベルト様の苦悩の日々を思います。

 私がこのお屋敷に来て数か月の間に、ジルベルト様をどうしても諦められないとおっしゃるご婦人方が、すでに何人も乗り込んできているのです。

 まさか、本当に屋敷にまで押しかける女性たちがいようとは。

「ええ。まだこれでも減ったのですよ。以前は正面玄関と裏口、さらには各階にも警備を置いていたくらいですから。しかも大抵夜に忍び込んでこられるもので、旦那様は毎夜不眠に悩まされておいででした……」

 いや、それもう犯罪ですよね? 
 よく今まで大事にならなかったものだと逆に驚きです。

「不眠は健康の大敵よね。仕事の疲れだって取れないし、毎日あんなに夜遅くまでお忙しいのだもの。そんな暮らしを続けていたら、いつか倒れてしまうわ」

 バルツと心からうなずき合います。
 すっかりバルツとも、苦労をともにする同士の気持ちです。

 とはいえ、そろそろ皆さんにあきらめていただきたいな、なんて願っておりますが。
 今のところ何事もなく穏便に始末をつけられて何よりですが、さすがにこう続いてはこちらの身が持ちませんからね。

「奥様がうまく取り計らってくださったおかげで、旦那様も近頃は安眠できているご様子でして。以前は屋敷にいてもいつ寝込みを襲われるかと不安で、不眠に悩んでおいででしたのに、顔色もすっかり良くなられて」
「そう? なら良かったわ。何事も健康が第一ですからね」

 お飾りの妻でも、案外できることは色々あるものね。普通の妻は、こんなお仕事するわけないけれど。

 はじめはどうなることかと思った契約結婚生活でしたが、まさかこんなに楽しく穏やかな日々を送れるとは思いもしませんでした。

 ジルベルト様も以前よりお仕事に気持ちよく打ち込めているようですし、何よりです。


 そしてこの和やかな日々の中で、ほんの少しずつ私とジルベルト様の心の距離も、本当にほんの少しずつではありますが近づいていくのでした。

 

 
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