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4章 

伝えたい思い

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 夜をひた走る馬車の中。
 私たちは狭い空間の端と端とに離れ、沈黙と戦っていました。

 胸の中にある気持ちをジルベルト様に伝えたい。
 そう思いつつも、口から出てくるのは。

「ジ……ジルベルト様って、剣がお強いのですね。そのなんというか……少し意外で驚きました」
「ああ……。あれは一応、いざという時に陛下の身を守れるようにと鍛錬を。ただそれを知られると、女性たちのいらぬ噂になるかと隠しているのです」
「確かに剣の腕も立つとなれば、今以上に人気が出そうですもんね……。わかります」

 なるほど、それは確かに隠しておいてほうが身のためです。
 妻帯者となった今でこそ女性たちからの攻勢は落ち着いていますが、隙あらばと狙っている方はまだまだいそうですし。

「……」
「……」

 そしてまた、沈黙が広がります。

「ええと、アリシア王女殿下はもう隣国へ到着なさったのでしょうか? 誘拐されたのが殿下じゃなくて、本当に良かったですね。なんといっても外交問題になりますし」
「すでに到着したらしい。王宮を無断で抜け出した軽率な行動が元でこんな事態を引き起こしたのだと、たっぷりと絞られているそうだ。できることなら、二度とこの国の土を踏めないようにしてくれたっていいんだが……」 

 ジルベルト様、お怒りのようです。

 まぁ確かにまさか自分がこんな火の粉を浴びるとは思いもしませんでしたけど。
 それに振り回されたジルベルト様も、大変だったことでしょう。

「……」
「……」

 ガタンゴトン……。
 ガンッ、コトコト……。


 そしてまた馬車の中は、静けさに包まれます。


 もうずっと、この繰り返しで。

 心の中には数え切れないくらいの伝えなければならない言葉も、伝えたい気持ちもあるのに。

 なのにどうそれを伝えたらいいのかも分からず、ただぎこちない空気の中、沈黙だけが広がっていました。


 でも。
 東と西とに分かれたまま、近づけないまま時を重ねていくのは、もう――。

「あの……ジルベルト様。私……私は――」

 なんとか思いを伝えようとして、つと言葉を飲み込みます。

 もしジルベルト様が、私との結婚を後悔していて解消したいとさえ思っていたとしたら?
 そんな可能性にはた、と気づき、私は固まりました。

 そうです。ジルベルト様が私と同じ気持ちでいてくださるとは限りません。

 口の端まで上がってきていた言葉が、しゅるしゅると浮力を失って心の奥底に沈み込んでいきます。

「あ……あの。ジルベルト様は、私との結婚を後悔なさっていませんか?」
「は……? 後……悔……?」

 私の声は、情けないほどに小さく自信なさげに震えていました。
 
 ああ、なんて私は情けないのでしょう。
 さっきまでの熱い気持ちが、今となっては不安でしぼんでいました。

 再び沈黙に支配された馬車の中を、いたたまれない空気が流れます。

 そして私はしょんぼりとうつむいたまま、ジルベルト様の反応をうかがってたのですが。
 すると。

 ガタンッ!

 急にジルベルト様が立ち上がったのです。
 瞬間ゴチン、と嫌な音がしました。

 見ると、ジルベルト様がうめきながら頭を押さえて座り込んでいました。
 そして。

「私は君を離す気はない……!」
「え? あ、頭は……?」

 ジルベルト様は私に向かって身を乗り出すように、続けます。

「あ、いや、離さないというのは別に拘束したいとかそういう意味ではない! 断じて、そんな意味ではないが。……私は、君がさらわれたと聞いて生きた心地がしなかったんだ。もし君を失うようなことがあったらと思うと、私は……」

 ジルベルト様のお顔は、とても必死で余裕の欠片も感じられず。
 その真剣でひたむきな視線に、私の胸がドキリ、と音を立てました。
 
「あの……。ジルベルト様は、後悔……していらっしゃいませんか? 私と契約結婚したことを。この結婚を終わりにしようとは……?」

 私の問いに、ジルベルト様は大きく目を見張りました。

「だって私と結婚したせいでしなくてもいい社交をする羽目になっていますし、その上こんな事件にまで巻き込まれて危険な目に……! 結婚などしなければ、こんなことには……」

 そうです。
 結婚して得られる利よりも、ジルベルト様にとってはわずらわしいことが増えた気がします。

 宰相としての職に没頭できるどころか、邪魔ばかりしているような。

 けれど、ジルベルト様は、銀髪が乱れるのも気にせず大きく首を振りました。

「後悔など微塵もしていない……! するわけがない! むしろ君の方が、この生活に嫌気がさしているのではないかと……誘拐だって、元はと言えば私のせいだ。こんなことに巻き込んでしまって、結婚したことを後悔しているのではないかと」

 一息にそう大きな声で叫んだジルベルト様は。
 真っ直ぐに私を見つめていました。

 その視線の強さと、目の奥にちらちらと見える何か強い感情を感じて思わず名を呼べば。

「ジルベルト様……」

 ジルベルト様の声と表情には、嘘やごまかしは微塵も感じられません。

 となると、ジルベルト様は私との結婚を後悔なさってはいないのでしょうか。このまま私との生活を続けてもいいとお考えなのでしょうか。

 そんなかすかな期待に、胸がせわしなく踊り。


 そして私は――。




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