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2:痴漢に遭った僕
しおりを挟むそういう目に遭うのははじめてじゃなかった。
そういう目、というのは、痴漢に遭うことだ。
ぼくはしょっちゅう、ラッシュの電車で痴漢に遭っていた。
それがいやで、いつもは早起きしてなるべく空いている電車に乗るようにしていた。
けれど、その日は寝坊してしまい、満員電車に乗る羽目になった。
(あれ……?)
ぎゅうぎゅうに混んだ車内。
お尻のあたりに何か当たっているのを感じた。
最初は、バッグの角が当たっているのかと思った。
だけどそのうち、明らかに揉みしだくような動きになってきて、あ、と思った。
これは、痴漢だ。
……165センチ、52キロ、と男にしては小柄な部類に入るぼくは、子どもの頃からよくいたずらされてきた。
学校の帰り道、知らない男に下半身を見せられたり、公園のトイレに連れ込まれそうになったり――私立中学に電車で通うようになってからは、ときどきこんな風に知らないヤツに体を触られた。
何でぼくが狙われるのか、よくわからない。
生まれつき、髪の毛がフワフワ茶色くて、目が大きく、フランス人形みたいと女の子に間違えられることが多かったからだろうか。
高校2年生になったいまも、ぼくは、男っぽさとか、逞しさとは無縁だった。
次第に大胆になった手が、前にのびてきて股間に触る。
次の瞬間、ぼくは凍り付いた。
その手が、制服のジッパーを下ろしてきたのだ。
ごつい男の手が、パンツの中にヌルッと無遠慮に入る。
顔を歪めたぼくは、腰を引いて男の手から逃れようとする。
だけど、前にも横にも人がいて――みんなスマホに夢中で、誰も気づかない。
身動きがとれない状況のなか、生温い息が首筋にかかる。
「……勃ってるじゃないか――」
嬉しそうな声色。
パンツの中に入った指が、ぼくのモノを扱きはじめたとたん、激しい嫌悪感に叫びたくなった。
「……ほら――いやらしい汁でビッショビショだよ……」
「……ッ――!」
上下に激しく擦られるたび、生理的な快感にビクビク身をふるわせる。
(……いっ――や――)
――ぼくは、唇を噛んでうつむいた。
それを服従と受けとめたのか、男は、もう片方の手でつかみ出した自分のモノをぼくの尻のあいだに捻じ込んできた。
ギンギンになった男のペニスが、ズボンの上からぼくを犯す。
電車がホームに着くのと、男が射精するのと、どっちが先か。
男のザーメンで汚されたズボンで学校に行くなんて――絶対にイヤだ。
そのときだった。
「……イヤなのか?」
ものすごく高いところから降ってきた声に、ぼくは、はっと顔を上げた。
首をひねり、声のしたほうを探す。
斜め後ろに背の高い金髪の高校生がいた。
涼しげな顔をした金髪の高校生は確認するように、
「おまえは――イヤなのか?」
と聞いてくる。
シャンパントパーズの宝石みたいにキレイな薄茶色の瞳。
その瞳に心奪われたぼくは、痴漢の荒い息遣いを感じながら、藁にも縋る思いで頷いた。
すると、金髪の高校生は、スルスルと人波をかきわけ、痴漢の腕をつかんでぐいっとねじ上げた。
「……いっ――たッ……!」
悲鳴を上げた男が、ぼくから手を離す。
駅に近づいた電車が大きく揺れ、ぼくは金髪の高校生に引っぱり上げられた。
すっぽりと包み込まれる――大きなからだ。
電車が停車すると、金髪の高校生は、ぼくを抱きかかえ、ホームに降りた。
そして駅の構内にあるトイレにぼくを連れていく。
個室に入り、ガチャッと鍵を閉め、壁に両手を突いた高校生は、ぼくをじっと見つめた。
大きい――190センチは優に超えていそうなスラリとした長身。
8頭身どころか、10頭身はありそうだ。
胸にエンブレムのついた紺色のブレザーとネクタイ、タータンチェックのスラックスの制服。
おそらくどこかの私立高校だろう。
「あの……」
助けてくれてありがとう、と言おうとして、スラックスのジッパーが開きっぱなしだったのに気付いたぼくは、慌ててジッパーを閉め、シャツの裾をスラックスに入れた。
ぼくの学校の制服は、前開きのファスナー式の紺の学ランだった。
学ランの襟の部分に留められた校章に目を留めた彼は、ぼくのスクールバッグを奪った。そして、中を漁り、内ポケットから取り出した生徒手帳をめくって、
「……あさみ、さとり――」
名前を確認する。
「サトリ――ちゃん?」
面白い名前だな、とつぶやき、
「すげー頭いいんだな」
と感心したように言う。
「ここ、東大に毎年100人以上合格してる超進学校じゃん」
「……」
何て答えたらいいのかわからず、ぼくはうつむく。
「……そんな優等生が痴漢に遭ってカンジちゃった――なんて、バラされたくないよな?」
「……え?」
いきなりの展開に、驚いたぼくは顔を上げる。
にやっと楽しそうに微笑んだ彼は、
「さっきの――痴漢されてるところ、撮影したから」
尻ポケットから出したスマホを見せる。
「こういうの――裏サイトとかに載せたら、けっこう金になんのかな」
「……えっ……」
思いがけない展開に、目を見張るぼくに、
「そうされたくなかったら、取引しようぜ。今日見たことは誰にでも言わないでやる。そのかわり、おれのセフレになるんだ」
信じられないことを言ってくる。
「……セ――フレ?」
「わかんない? セックスフレンド。セックスだけするカンケイ」
「そ……そんな……」
「おれべつにゲイじゃないけど、さっきおまえが痴漢されてるところ見て妙に興奮したんだよな……」
日本人にはめずらしい、シャンパントパーズ色の瞳で、彼はじっとぼくを見つめる。
まるで宝石のような――美しいふたつの瞳の魔法にかかったかのように動けなくなったぼくの顎をつかんでぐいっと持ち上げ、
「あんなヘンタイジジイなんかより、もっと気持ちいいことたくさんしてやるよ」
自信に満ち溢れた笑みを向けてくる。
それが――ぼくと早川くんの最初の出会いだった。
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