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10:ジェラシーのゆくえ
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「里李――だよね?」
そこにいたのは、かつてのぼくの家庭教師。
当時は大学生だったから、いまはおそらく、24、5歳。
清潔感のあるツーブロックの黒髪に、パリッとした麻のシャツと茶色のチノパン。
銀縁の眼鏡をかけた、整った理知的な顔立ち。
「久しぶりだね。3年ぶりか?」
近づいてくると、ぼくをまじまじと見つめ、
「……大人になったな」
とつぶやく。
「……先生――」
予期せぬ再会に、ぼくは戸惑う。
ぼくと早川くんを交互に見た先生は、
「本を見に来たの?」
と聞いた。
「あ――は……はい――……先生も――ですか?」
大型書店のビニール袋に目をやる。
「――ん? ああ。ネットも便利だけど、やっぱり実物を見たくて。久しぶりに来たら、いろんなお店が出来てておどろいたよ」
「……いつ日本に帰ってきたんですか?」
「3カ月前かな。いまは都内の法律事務所で働いてる」
まだぺーぺーだけどね、と微笑んでから、
「里李は? 東大の勉強はしてるのか?」
「……それが――高校になってから数学に苦戦してて――」
「数学? ――もしかして、図形?」
「はい……」
「そっか。里李は昔から図形が苦手だったもんな――」
腕を組んだ先生は、
「おれでよかったら、また教えてあげるよ。休みの日なら時間とれるから」
お尻のポケットからスマホを取り出す。
「連絡先、教えて」
断ることもできず、LINEの連絡先を交換する。
その時点で、早川くんがこのうえなく不機嫌になっているのを察したぼくは、
「あの――ぼくたち、これから映画を見に行くところで――」
とっさに嘘をついた。
「そろそろ時間が――」
「ああ――わかった。わるかったね、突然呼びとめて」
「いえ――」
先生は、チラッと早川くんに目をやる。
仏頂面の早川くんは、目も合わせない。
「じゃあ、また」
「……はい」
――電車の中で、早川くんはひとことも口をきかなかった。
休日だからか、満室続きで、3軒目でやっと空きが見つかった。
昭和の雰囲気の古いホテル。
部屋の大部分を占めるベッドと、壁に備え付けのテレビと、冷蔵庫と、小さなシャワールームしかない、赤い絨毯の部屋。
荷物を下ろした早川くんは、ベッドに腰かけ、コンビニで買ったペットボトルの炭酸水をゴクゴク飲んだ。
半分飲んだところで、入り口に立ちつくしていたぼくにもうひとつのペットボトルを放り投げる。
――レモン果汁入りの天然水。
お腹のあたりで受け止めたぼくは、そのボトルを手に、早川くんに近づく。
「あの――」
沈黙する早川くんに、
「……さっき会った先生――だけど……」
遠慮がちに言う。
「小6から中2まで、家庭教師をしてくれた先生なんだ。大学在学中に司法試験に受かって、卒業した後、アメリカに留学しちゃったから、久しぶりに会ったんだけど――」
「………」
「その――なんていうか、ぼくにとっては、少し歳の離れたお兄さん? みたいな感じで――」
「――もういい」
早川くんは、ぼくの手をつかんでぐいっと引っ張る。
ペットボトルが、黒い染みのついた床の上を、コロコロと転がる。
ベッドに組み敷いたぼくを、どこか思いつめたような目で見つめた早川くんは、
「そんなこと――どうでもいい」
と声を振り絞る。
「おまえの過去なんて――どうだっていいんだ……」
そう言いながら、早川くんは明らかにイライラしていた。
そのとき、ふと、テレビの前に置かれたアダルトグッズのレンタル表に目をとめた早川くんは、
「へぇ――」
起き上がり、ラミネートされたその紙を手に取って、
「こんなのがあるのか――」
と目を光らせた。
ぼくの前にポンッ、とその紙を放り、
「――選べ」
と言う。
「……え?」
「どれか――使ってみたいの、選べよ」
そこにいたのは、かつてのぼくの家庭教師。
当時は大学生だったから、いまはおそらく、24、5歳。
清潔感のあるツーブロックの黒髪に、パリッとした麻のシャツと茶色のチノパン。
銀縁の眼鏡をかけた、整った理知的な顔立ち。
「久しぶりだね。3年ぶりか?」
近づいてくると、ぼくをまじまじと見つめ、
「……大人になったな」
とつぶやく。
「……先生――」
予期せぬ再会に、ぼくは戸惑う。
ぼくと早川くんを交互に見た先生は、
「本を見に来たの?」
と聞いた。
「あ――は……はい――……先生も――ですか?」
大型書店のビニール袋に目をやる。
「――ん? ああ。ネットも便利だけど、やっぱり実物を見たくて。久しぶりに来たら、いろんなお店が出来てておどろいたよ」
「……いつ日本に帰ってきたんですか?」
「3カ月前かな。いまは都内の法律事務所で働いてる」
まだぺーぺーだけどね、と微笑んでから、
「里李は? 東大の勉強はしてるのか?」
「……それが――高校になってから数学に苦戦してて――」
「数学? ――もしかして、図形?」
「はい……」
「そっか。里李は昔から図形が苦手だったもんな――」
腕を組んだ先生は、
「おれでよかったら、また教えてあげるよ。休みの日なら時間とれるから」
お尻のポケットからスマホを取り出す。
「連絡先、教えて」
断ることもできず、LINEの連絡先を交換する。
その時点で、早川くんがこのうえなく不機嫌になっているのを察したぼくは、
「あの――ぼくたち、これから映画を見に行くところで――」
とっさに嘘をついた。
「そろそろ時間が――」
「ああ――わかった。わるかったね、突然呼びとめて」
「いえ――」
先生は、チラッと早川くんに目をやる。
仏頂面の早川くんは、目も合わせない。
「じゃあ、また」
「……はい」
――電車の中で、早川くんはひとことも口をきかなかった。
休日だからか、満室続きで、3軒目でやっと空きが見つかった。
昭和の雰囲気の古いホテル。
部屋の大部分を占めるベッドと、壁に備え付けのテレビと、冷蔵庫と、小さなシャワールームしかない、赤い絨毯の部屋。
荷物を下ろした早川くんは、ベッドに腰かけ、コンビニで買ったペットボトルの炭酸水をゴクゴク飲んだ。
半分飲んだところで、入り口に立ちつくしていたぼくにもうひとつのペットボトルを放り投げる。
――レモン果汁入りの天然水。
お腹のあたりで受け止めたぼくは、そのボトルを手に、早川くんに近づく。
「あの――」
沈黙する早川くんに、
「……さっき会った先生――だけど……」
遠慮がちに言う。
「小6から中2まで、家庭教師をしてくれた先生なんだ。大学在学中に司法試験に受かって、卒業した後、アメリカに留学しちゃったから、久しぶりに会ったんだけど――」
「………」
「その――なんていうか、ぼくにとっては、少し歳の離れたお兄さん? みたいな感じで――」
「――もういい」
早川くんは、ぼくの手をつかんでぐいっと引っ張る。
ペットボトルが、黒い染みのついた床の上を、コロコロと転がる。
ベッドに組み敷いたぼくを、どこか思いつめたような目で見つめた早川くんは、
「そんなこと――どうでもいい」
と声を振り絞る。
「おまえの過去なんて――どうだっていいんだ……」
そう言いながら、早川くんは明らかにイライラしていた。
そのとき、ふと、テレビの前に置かれたアダルトグッズのレンタル表に目をとめた早川くんは、
「へぇ――」
起き上がり、ラミネートされたその紙を手に取って、
「こんなのがあるのか――」
と目を光らせた。
ぼくの前にポンッ、とその紙を放り、
「――選べ」
と言う。
「……え?」
「どれか――使ってみたいの、選べよ」
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