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18:すれちがう心
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「――里李?」
――神保町の喫茶店。
鏑木先生に声をかけられ、はっと顔を上げる。
「はっ――はい……?」
「ここ、xとyが逆になってる」
「あっ……」
慌てて、ノートの間違いを消しゴムでこする。
ケアレスミスを連発するぼくを見かねたのか、
「――ちょっと休憩しよう」
先生は、温かいミルクティーとミルクレープのセットを注文してくれた。
日曜日ごとの家庭教師も、気づけば十回目くらいになっていた。
「……最近、何かあった?」
食べ終わったあと、先生は、そっと気遣うように聞いてきた。
「――ちょっと信じられないようなミスが多い。正直、全然勉強に集中できてない――よね?」
そのとおりだった。
ぼくは、塾のテストでも、学校の定期テストでも、いままで取ったことのないひどい点数を取っていた。
「――もし、原因がわかってるなら、なんとかしないと」
優しい、けれどきっぱりした口調で、先生は言う。
「入試まで、あと一年しかない。まだ一年、じゃなくてもう一年なんだ。自分がいま何を優先するべきか――よく考えてごらん」
「…………はい」
黙り込んだぼくに、ふっと優しく微笑みかけ、
「――大丈夫。里李は賢い子だから」
先生は、バッグから小さな箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
水色のリボンでラッピングされた、10センチ四方ほどの、白い箱。
「――開けてみて」
ためらいながらリボンをほどいたぼくは、その箱をそっと開けた。
黒い革ベルトの――シックなアナログ時計。
「……里李はいま、デジタル時計だよね? でもアナログのほうが残り時間を直感的に把握できるから、試験のときはいいんだ。よかったら、これからはこれを使って」
「でも――」
高価そうなそれを手に、戸惑うぼくに、
「クリスマスだから――ちょっとしたプレゼントだよ」
先生はぼくのデジタル時計を外し、その時計を半ば強引に着けさせ、
「うん――とっても似合ってる」
満足そうに微笑んだ。
「………」
突然のプレゼントに、ぼくは戸惑った。
こんな――いろいろしてもらっていいのだろうか。
ぼくと鏑木先生は生徒と先生の関係で、それ以上でもそれ以下でもないのに――。
考え悩んでいたそのとき、テーブルの上に置いていたぼくのスマホが揺れた。
画面を見たぼくは、それをぱっとつかみ、店の外に飛び出した。
「――さとり?」
ずっと待っていたその声に、心が震える。
「よかった。いまから会える?」
「うん……」
短い会話を交わしてから店内に戻り、先生に急用ができたと告げる。
「そう――」
わかった、とうなずいた先生は、
「また――渋谷?」
と何気なく聞いてきた。
「はい」
深く考えず返事したぼくは、テーブルの上にあったいろんなものをリュックに詰め込んで、店を出た。
クリスマスの日曜日の渋谷は、いつも以上に人があふれていた。
きらびやかなイルミネーションの煌めく駅前ビルの入り口。
早川くんはワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら待っていた。
制服の上に羽織った黒のダッフルコート。
ぼくを見つけ、ワイヤレスイヤホンを外し、目を輝かせて近づいてくる。
「――久しぶり」
「――うん」
「元気だった?」
「うん……」
ぼくを見つめる、眩しい宝石みたいな笑み。
頬を染めたぼくは、白のダウンジャケットの上に巻いた赤いチェックマフラーを左手で握りしめた。
刹那――ぼくの手もとを見た早川くんの表情が、がらりと変わった。
「――これ……」
新しい腕時計を着けたぼくの手首をぐいっとつかみ上げ、
「――買ったの?」
詰め寄るように聞く。
「……えっ――? ……う……うん――」
「どこで?」
「え……?」
「どこで買ったんだ?」
「………」
ぼくは答えられなかった。
うなだれるぼくの手首をつかんだまま、
「――嘘だろ」
背筋が凍るほど低い声で、早川くんは言う。
「あいつ――あの――鏑木とかいうカテキョに買ってもらったんだろ……」
……いまにしてみれば、早川くんは、薄々感づいていたんじゃないかと思う。
ぼくは先生に勉強を教えてもらっていることを、早川くんに話していなかった。
話したら、早川くんがどんな反応をするか、怖くて――外で会っているから大丈夫と、自分のなかで勝手なルールを作って、早川くんに対する後ろめたさをやり過ごしていた。
「……――ごめ――ん――なさい……」
震える瞳で、早川くんを見上げる。
そのときの早川くんは――怒る――というより、どこか悲しそうな顔をしていた。
「……クリスマスプレゼント?」
「た……たぶん……」
「――そっか……」
早川くんは、ゆっくりと、空を仰いだ。
そして、
「――べつに謝らなくていい」
冷めた声のトーンで言う。
「だっておれたちはもともと、たんなるセフレだろ?」
――神保町の喫茶店。
鏑木先生に声をかけられ、はっと顔を上げる。
「はっ――はい……?」
「ここ、xとyが逆になってる」
「あっ……」
慌てて、ノートの間違いを消しゴムでこする。
ケアレスミスを連発するぼくを見かねたのか、
「――ちょっと休憩しよう」
先生は、温かいミルクティーとミルクレープのセットを注文してくれた。
日曜日ごとの家庭教師も、気づけば十回目くらいになっていた。
「……最近、何かあった?」
食べ終わったあと、先生は、そっと気遣うように聞いてきた。
「――ちょっと信じられないようなミスが多い。正直、全然勉強に集中できてない――よね?」
そのとおりだった。
ぼくは、塾のテストでも、学校の定期テストでも、いままで取ったことのないひどい点数を取っていた。
「――もし、原因がわかってるなら、なんとかしないと」
優しい、けれどきっぱりした口調で、先生は言う。
「入試まで、あと一年しかない。まだ一年、じゃなくてもう一年なんだ。自分がいま何を優先するべきか――よく考えてごらん」
「…………はい」
黙り込んだぼくに、ふっと優しく微笑みかけ、
「――大丈夫。里李は賢い子だから」
先生は、バッグから小さな箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
水色のリボンでラッピングされた、10センチ四方ほどの、白い箱。
「――開けてみて」
ためらいながらリボンをほどいたぼくは、その箱をそっと開けた。
黒い革ベルトの――シックなアナログ時計。
「……里李はいま、デジタル時計だよね? でもアナログのほうが残り時間を直感的に把握できるから、試験のときはいいんだ。よかったら、これからはこれを使って」
「でも――」
高価そうなそれを手に、戸惑うぼくに、
「クリスマスだから――ちょっとしたプレゼントだよ」
先生はぼくのデジタル時計を外し、その時計を半ば強引に着けさせ、
「うん――とっても似合ってる」
満足そうに微笑んだ。
「………」
突然のプレゼントに、ぼくは戸惑った。
こんな――いろいろしてもらっていいのだろうか。
ぼくと鏑木先生は生徒と先生の関係で、それ以上でもそれ以下でもないのに――。
考え悩んでいたそのとき、テーブルの上に置いていたぼくのスマホが揺れた。
画面を見たぼくは、それをぱっとつかみ、店の外に飛び出した。
「――さとり?」
ずっと待っていたその声に、心が震える。
「よかった。いまから会える?」
「うん……」
短い会話を交わしてから店内に戻り、先生に急用ができたと告げる。
「そう――」
わかった、とうなずいた先生は、
「また――渋谷?」
と何気なく聞いてきた。
「はい」
深く考えず返事したぼくは、テーブルの上にあったいろんなものをリュックに詰め込んで、店を出た。
クリスマスの日曜日の渋谷は、いつも以上に人があふれていた。
きらびやかなイルミネーションの煌めく駅前ビルの入り口。
早川くんはワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら待っていた。
制服の上に羽織った黒のダッフルコート。
ぼくを見つけ、ワイヤレスイヤホンを外し、目を輝かせて近づいてくる。
「――久しぶり」
「――うん」
「元気だった?」
「うん……」
ぼくを見つめる、眩しい宝石みたいな笑み。
頬を染めたぼくは、白のダウンジャケットの上に巻いた赤いチェックマフラーを左手で握りしめた。
刹那――ぼくの手もとを見た早川くんの表情が、がらりと変わった。
「――これ……」
新しい腕時計を着けたぼくの手首をぐいっとつかみ上げ、
「――買ったの?」
詰め寄るように聞く。
「……えっ――? ……う……うん――」
「どこで?」
「え……?」
「どこで買ったんだ?」
「………」
ぼくは答えられなかった。
うなだれるぼくの手首をつかんだまま、
「――嘘だろ」
背筋が凍るほど低い声で、早川くんは言う。
「あいつ――あの――鏑木とかいうカテキョに買ってもらったんだろ……」
……いまにしてみれば、早川くんは、薄々感づいていたんじゃないかと思う。
ぼくは先生に勉強を教えてもらっていることを、早川くんに話していなかった。
話したら、早川くんがどんな反応をするか、怖くて――外で会っているから大丈夫と、自分のなかで勝手なルールを作って、早川くんに対する後ろめたさをやり過ごしていた。
「……――ごめ――ん――なさい……」
震える瞳で、早川くんを見上げる。
そのときの早川くんは――怒る――というより、どこか悲しそうな顔をしていた。
「……クリスマスプレゼント?」
「た……たぶん……」
「――そっか……」
早川くんは、ゆっくりと、空を仰いだ。
そして、
「――べつに謝らなくていい」
冷めた声のトーンで言う。
「だっておれたちはもともと、たんなるセフレだろ?」
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