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23:涙の両想い
しおりを挟む家に着いたときには、日が落ちかけていた。
ひとけのない路上で、向き合ったぼくらは、どちらともなく手を握った。
「あの――」
早川くんを見上げ、
「さっきの返事――だけど――」
ずっと言おうと思っていたことばを切り出す。
そのとき、ガタッと音がし、家の門扉が開いた。
中から姿を現したお父さんが、ぼくの手を握っている早川くんを見て、「このっ……!」と突進し、殴りかかってくる。
不意を衝かれた早川くんは地面に崩れ落ちる。
「……ッ――!? ……なっ――なんでっ……!?」
急いで早川くんに駆け寄ったぼくに、
「離れなさい」
お父さんは険しい顔で言う。
「こいつが――こいつが――おまえのことを……」
その後ろから聞こえてきた、
「――やめて」
という声。
お母さんだった。
切れた唇の端を拭いながら立ち上がった早川くんに、
「……ごめんなさいね」
と頭を下げたお母さんは、
「せっかく送ってくれたのに申し訳ないけれど――今日はもう帰ってくれるかしら? ……これから里李に大事な話をするから」
穏やかな――だけど有無をいわさぬ声で告げた。
……リビングのダイニングテーブルには、一枚の封筒が置かれていた。
A4サイズの、白い紙封筒。
差出人の名前はない。
「……あなたが出かけたあと、開けてみたの」
お母さんは、ぼくにそれを差し出し、
「……自分で見てごらんなさい」
と言う。
ぼくはおそるおそる、封筒のなかに入っていたものを取り出した。
2枚の写真――早川くんとぼくが、渋谷のラブホテルに入っていくところと、出てくるところの――。
縁側に立ったお父さんは、厚いビロードカーテンの隙間から、庭の池を眺めていた。ピンと伸ばされたその背中は、ぼくを固く拒んでいるように見えた。
「……あなたが誰を好きになろうが、お母さんは反対しないわ。それはとてもステキなことだから。――でもね、あなたたちはまだ高校生なの」
お母さんは、震えるぼくの肩にそっと手を置く。
「……いますぐ結論を出せとはいわない。でも、いまのあなたたちにとって、いちばん大切なことは何なのか――誰かに指示されるのでなく、自分たちでよく考えてごらんなさい」
感情を抑えたそのことばが、カラカラに渇いた胸の砂地に、じんわりと染み込んでいく。
☆☆
その夜、早川くんは、電話をくれた。
ぼくの話を聞いた早川くんは、「そっか……」とつぶやき、
「……ごめんな――」
と言った。
「おまえにも――お父さんにも、お母さんにも――いっぱいつらい思いをさせた……」
「ううん――」
部屋のベッドの上で、ぼくは首を振った。
「――早川くんだけが、悪いわけじゃないから――」
きっといろんな糸がもつれて、こんがらがってしまったのだと思う。
――この写真を送ってきた人が誰なのか、ぼくは見当がついていた。でも、その人を責める気にもなれず――すべては、ぼくの優柔不断が招いた結果なのだと思った。
「……すぐに会いたいけど、明日から全日本の強化合宿があるんだ」
早川くんはすまなそうに詫びる。
「東京に帰ってくるのが1月3日の夜で――おまえのお父さんはいつまでこっちにいる?」
「5日まで――」
「だったら、4日に会いに行くよ。午前中どっかで会って、話をしよう。それからご両親に謝りに行くから」
「うん……」
「ごめんな、そばにいてやれなくて――」
「ううん……」
「毎日、電話するから」
「うん」
「LINEもまめにするから」
「うん……」
「また熱出さないように――今日は早く寝ろよ」
「……うっ――ん……」
「……――泣いてるのか――?」
「……ちがっ――……」
「――ウソつくなよ――ほんとうは泣いてるんだろ……?」
「……うっ……」
しゃくりあげたぼくは涙をぬぐう。
「――大丈夫だから。ちゃんと話せば、きっとわかってもらえる」
ぼくを懸命に励ます早川くんの声。
「だからお願いだからもう、泣かないで……」
優しいその声色に、ぼくはまたぽろぽろ泣いてしまう。
こんなに大好きなのに――なんでもっと早く思いを伝えなかったんだろう。
「……好き――――」
ぼくは言った。
「早川くんが――――大好き……」
電話の向こう側で、早川くんが息を呑むのが伝わってくる。
長い沈黙のあと、
「……ありがとう」
早川くんは言った。
「おれもおまえのことが――世界でいちばん、大好きだよ」
夢のようなその告白を、目をつむり、泣きながら聞いた。
――会いたい。
いますぐにでも飛んでいって、早川くんのたくましい腕に抱かれたい。
その日、ぼくらはようやく両想いになった。
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