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30 (side:エドモンド)

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 彼女は顔を俯けたままズンズンと遠慮もなく、こちらにやって来る。大股で歩くその動きは淑女として如何なものかと思うが、突っ込むと面倒なことになるのは目に見えているので、放っておくことにした。


(まぁ、ここなら確かに人目はないが……)


 きっとフィオナであれば、やらないであろう乱雑な動作だ。彼女は自分の姉のことを『完璧な淑女』だと思い込んでいるが、それはグレイシアが猫を被っているからに過ぎない。実の妹にいつまでも尊敬されたいがゆえに、見栄を張っているのだ。
 身内すら騙し通せる彼女の演技力に脱帽する。このことを知っているのは幼馴染である僕ともう一人……。

「……なによ?」
「いいえ。何も。仕事のことを考えていただけですよ」


 適当に誤魔化したのは、変に彼女に絡まれるのを避けるためだ。チロリと視線を書類にやれば、さすがのグレイシアも仕事の邪魔をすることはない。
 大人しく来客用の長椅子に座って、苛立たしげにきつく眼を閉じる。そうして落ち着いたであろう頃を見計らって声を掛けた。

「毎回ここを『逃げ場』にするのは止めて頂きたいのですが……」
「ここじゃないとすぐに明け渡されるのだもの。エドモンドなら簡単にわたしを差し出さないでしょう」
「だけど密室に年頃の男女が二人きりだなんて、外聞が悪いと分かっているでしょう」
「……だって貴方しか頼れないの」

 切実にこちらを見上げる彼女の瞳は不安げに潤んでいる。頼りなく下げた眉は男の庇護欲を煽るものだろう。こんなところを見られでもしたら、余計な修羅場を招いてしまう。
 想像するだけでうんざりとした気持ちが強くなる。我ながらなんて損な役割なんだろうと眉間の皺を揉み解す。


(まぁ万が一、僕とグレイシアにそんな不確かな噂が立つようであれば、すぐにあの方が揉み消すだろうが……)


 この姉妹の男運の悪さに同情を禁じ得ない。とりあえず、いつあの方がやって来ても良いように話題を変えることにする。



「……どうせ、ここに来たのはフィオナの近況が知りたいのもあるからでしょう」
「あら、バレた?」


 にこやかに片目を瞑ってみせる彼女の顔に悪びれる様子はない。
 それを見て苦々しく思う気持ちはあれど、素直に口を開くことにしたのは、フィオナと結婚するにあたって反対するランブルン公爵家を宥めるために『ある約束』を交わしたせいだった。

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