62 / 64
王都
29
しおりを挟む翌日、討伐隊が王都へ帰還したのは、
曇り空の午後だった。
城門の前にはすでに使者が待っており、一行はそのまま王城へと向かった。
はるは馬車の中で外套の裾を握りしめながら、静かに息を整えていた。
身体の重さはもう感じない。だが、胸の奥には、あの丘で芽生えた小さな決意が、まだ熱を持ったまま残っている。
――守りたい。
――役に立ちたい。
その思いは、以前のような焦燥ではなく、慎重で、しかし確かなものだった。
王城の奥、曇り空でも明かりの差し込む食堂。
白いクロスのかかった長い卓に、湯気の立つ料理が並べられていく。
煮込み肉、焼き野菜、香草の香るパン。戦後とは思えないほど穏やかな昼食の席だった。
国王エクリシアは、分厚い報告書に目を通しながら、満足そうに顎髭を撫でる。
「うむ……討伐は順調。瘴気の濃度も安定しておるな」
報告書を閉じ、視線をはるへと移す。
「体調はどうだ、少年」
「……はい。もう、大丈夫です」
少し緊張した声だったが、以前よりも芯がある。
国王はそれを聞き、内心で頷いた。
(力の扱いは、まだ未熟)
(だが……心は、育ち始めておる)
黒の力を持つ者に必要なのは、技術よりもまず“向き”だ。
己のためではなく、人のために使おうとする意思。
今回の遠征で、はるの中にそれが芽生えたことを、国王は確信していた。
「アルバート、セナ」
国王は視線を巡らせる。
「力を無理に引き出す段階ではない、という判断で良いな」
「は」
アルバートは一礼する。
「まだ基礎が整っていません。暴走の危険もあります」
「同意します」
セナも続けた。
「ですが……回復は想像以上に早い。環境と心理的安定が大きいかと」
国王は満足げに笑った。
「焦らせるつもりはない。
ゆっくりで良い、”黒の君”」
その言葉に、はるは背筋を正す。
「次は――」
国王は、スープにスプーンを落としながら、あくまで穏やかに言った。
「かすり傷を、治してみてはどうだ?」
一瞬、はるの肩が小さく跳ねた。
(……治す……?)
あの時の光が脳裏をよぎる。
一瞬で傷も骨も消し去った、制御不能な力。
けれど、国王の目には強制の色はなかった。
試すようでいて、見守る眼差し。
「無論、無理はさせぬ。
出来なければ、それで良い」
そう言われて、はるはアルバートを見る。
無言だが、確かにそこにいる。
(……独りじゃない)
はるは、ゆっくりと息を吸い、胸の奥で気持ちをまとめた。
「……はい」
小さく、けれど確かな声で頷く。
「やって……みます」
その返事に、国王は深く頷いた。
(よい)
(力を使わせるのではない)
(“使おうとする心”を、育てるのだ)
昼下がりの光が、卓を照らす。
黒の力はまだ眠っている。
だがその眠りは、破壊のためではなく――
“誰かを癒す日”を待つ、静かな準備だった。
10
あなたにおすすめの小説
声だけカワイイ俺と標の塔の主様
鷹椋
BL
※第2部準備中。
クールで男前な見た目に反し、透き通るような美しい女声をもつ子爵子息クラヴィス。前世を思い出し、冷遇される環境からどうにか逃げだした彼だったが、成り行きで性別を偽り大の男嫌いだという引きこもり凄腕魔法使いアルベルトの使用人として働くことに。
訳あって視力が弱い状態のアルベルトはクラヴィスが男だと気づかない。むしろその美声を気に入られ朗読係として重宝される。
そうして『メイドのリズ』として順調に仕事をこなしていたところ、今度は『無口な剣士クラヴィス』としても、彼と深く関わることになってしまって――
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
僕、天使に転生したようです!
神代天音
BL
トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。
天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。
オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。
黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の
(本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である)
異世界ファンタジーラブコメ。
魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、
「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」
そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。
魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。
ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。
彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、
そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』
と書かれていたので、うっかり
「この先輩、人間嫌いとは思えないな」
と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!?
この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、
同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」
とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑)
キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、
そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。
全年齢対象です。
BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・
ぜひよろしくお願いします!
弾けないピアニストの俺が天使の羽根を奪うまで
ひぽたま
BL
矢奈結加(やな・ゆうか)は私大のピアノ科に通う大学二年生。
幼少期からピアノの才能を認められていたものの、母や周囲の期待に圧し潰されてスランプに陥っていた。
そんな折、彼のピアノの音が大好きだという建築家の学生、森脇進(もりわき・しん)に出会い、救いを感じたものの、進には天才ピアニストと呼ばれた父親がいて――……。
(「きみの音を聞かせて 矢奈side story改題)
(別投稿作品「きみの音を聞かせて」の相手役視点のストーリーです)
全寮制男子高校 短編集
天気
BL
全寮制男子高校 御影学園を舞台に
BL短編小説を書いていきます!
ストーリー重視のたまにシリアスありです。
苦手な方は避けてお読みください!
書きたい色んな設定にチャレンジしていきます!
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる