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しおりを挟む翌朝、鷹宮はいつもより早く家を出た。
凪が目を覚ます前に、だ。
昨夜、眠る前に思った。
――距離を取るべきだ。
恋だと自覚してしまった以上、これまでと同じ接し方はできない。
凪は、まだ脆い。
自分の感情を向けることは、負担になる。
だから、距離を保つ。
それが、正しい。
⸻
凪が起きたとき、キッチンは静かだった。
テーブルの上に置かれたメモ。
『朝食は冷蔵庫に。今日は戻りが遅い』
簡潔な文字。
胸の奥が、少しだけ冷える。
――忙しいだけ。
そう言い聞かせながら、凪は一人で朝食を取った。
以前なら、同じ空間にいたはずなのに。
⸻
その日から、微妙な変化が続いた。
送り迎えは、必要最低限。
会話は、用件のみ。
視線が合うことも、減った。
凪は、理由が分からず戸惑っていた。
――何か、しただろうか。
思い返しても、思い当たらない。
夜。
リビングで課題をしていると、鷹宮が帰宅した。
「お帰りなさい」
「ああ」
それだけ。
以前よりも、距離がある。
凪は、胸の奥がざわつくのを感じた。
「……あの」
勇気を出して声をかける。
「僕、何か……」
言いかけて、止めた。
――聞いて、いいのか。
「いや」
鷹宮は一瞬だけ、凪を見た。
「何でもない」
その言葉が、凪の心に小さな傷を残す。
⸻
数日後。
凪は、夜中に目を覚ました。
静かな部屋。
外は、風の音。
胸が、苦しい。
――前より、不安になっている。
守られている距離より、
遠ざけられる距離のほうが、怖かった。
リビングの明かりが、まだついている。
凪は、迷った末に、足を向けた。
鷹宮はソファで書類を見ていた。
「……眠れないのか」
「少し」
凪は、ソファの端に座る。
沈黙。
凪は、指先を握りしめた。
「……鷹宮さん」
声が、かすれる。
「僕、ここにいて……迷惑ですか」
その言葉に、鷹宮の動きが止まった。
「違う」
即答。
「なら……」
凪は、続きを言えなかった。
――それ以上、踏み込んでいいのか分からない。
鷹宮は、深く息を吐いた。
「凪」
名前を呼ぶ。
「俺は、距離を取っている」
凪は、驚いたように目を見開く。
「……どうして」
「必要だからだ」
曖昧な答え。
それが、凪を余計に不安にさせる。
凪は、小さく頷いた。
「……分かりました」
本当は、分かっていない。
けれど、これ以上聞くのは、怖かった。
二人の間に、静かな沈黙が落ちる。
近づかないという選択は、
守るためのはずだった。
けれどその夜、二人は初めて、
同じ部屋にいながら、遠さを感じていた。
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