ちはやぶる

八神真哉

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第七十八話  異変

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風がおさまってきた。
さすがに追ってくる者はいない。

上流に残っていた兵は、イダテンと黒駒が深手を負わせるか崖下に追い落した。
砦とその近くにいた者は皆、あの炎と熱にやられただろう。

峠道を足早に水分峡に向かった。
右側に谷、左側に黒々とした樹影が続く。
館より上流の峡谷沿いで一番樹木の多い場所だが、その道幅は狭く勾配もきつい。

義久は一人、黒駒の背で揺られている。
イダテンと姫には、足がつったと説明した。

だが、黒駒の足取りも重い。歩調に乱れも生じてきた。
先ほど砦を突破するときに尻に矢が突き刺さったのだ。
降りて歩いてやればよいのだが、それではイダテンの足についていくことが出来ない。
かわいそうだが、行けるところまで行ってもらうしかない。

振り返ったイダテンも、そう感じているのだろう。
何も言わず歩を進めた。

自分の足で歩くと言っていた姫は、イダテンに背負われている。
イダテンから鬼神のような走りを奪ったのは、自分だと負い目を感じているのだ。
確かに、狼が淵で出会った時の俊敏さは影を潜めていた。

かといって、姫の足に合わせるわけにはいかない。
イダテンに頼るほかないのだ。

だが、そのイダテンの背中が見えづらくなった。
しばらくは、おのれの体調が悪いためだろうと思っていた。

どうやら、そうではないようだ。
あたりが暗くなったのだ。

胸騒ぎを覚え、あたりを見回し、そして――天を仰ぐ。

思わず、息を飲んだ。

「……なんじゃ、あれは」
うめくような、その声に、イダテンと姫が振り返る。
義久の目線を追ったであろう二人も、すぐに言葉が出てこない。

「月が……」
姫の声が震えていた。

――月が欠けていた。
つい先ほどまでは丸かったはずだ。

月の満ち欠けは、ひと月をかけ、ゆっくりと繰り返す。
このようなことは聞いたことがない。

異変の前触れなのか――それとも、流罪となったあげく憤死した姫の父が怨霊となって天変地異を起こし、災いを及ぼそうとしているのだろうか。

    *
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