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第七十七話 紅蓮の炎
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巨大な砦の中央が、あっという間に炎に包まれた。
尋常な勢いではない。
イダテンが、なにやら細工でもしたのだろう。
あやつが動けば信じ難いことが次々と起こる。
だが、馬は、臆病な動物だ。
これ以上、燃え広がれば脚を止めるだろう。
幸運なことに道の上の砦は、まだ火に包まれていない。
黒駒の腹を蹴り、勢いをつけた。
*
逃げ回る兵どもが油壺を蹴倒し、割って混乱に拍車をかけた。
筒状の通路を伝い、火が横に広がった。
燃え広がる炎が、これまでとは違う形の壺を包みこんだ。
壺の小さな口からのぞいている紐が勢いよく火を噴いた。
その炎が壷の中に吸い込まれると、それは、閃光を放った。
近くで見た者は目を焼いた。
音を失い、炎に包まれた。
爆風が、中に埋め込んだ鉄片が壁板を、そして天井と兼用の床板を吹き飛ばした。
兵をなぎ倒した。
火の玉は、牡丹の花の形を描いて巨大に膨れあがった。
そして兵を飲み込んだ。
その衝撃と混乱の中で、ほかの油壺も次々と破壊され、炎を上げた。
炎は板壁を這い上がり、逃げ場を失った兵どもを包み込んだ。
二つ目の壷が爆発すると、燃え上がった板が宙に舞いあがった。
火の粉をも撒き散らし、煌々と周りを照らし出した。
爆風は、谷の紅葉をも吹き飛ばした。
すでに唐の時代には硝石、硫黄、炭を混ぜると燃焼や爆発を起こしやすいことが知られていた。
その原理を使い、大きな火矢を飛ばして見せたこともあったという。
ためしに硝石を多く入れてみたところ確実に爆発した。
イダテンが、その手法を知っていたわけではない。
それを紹介した書物を見たのだ。
むろん、すべてを理解できたわけではない。
図がなければ完成もおぼつかなかっただろう。
この国では硝石を産出しないため、神社や古い家の床下の表面の黒土を採取し加工した。
*
砦を突破した直後に光の玉が炸裂した。
続いて、地さえ揺るがすほどの音と衝撃が襲ってきた。
黒駒は、体こそ震わせたが、降りかかる木っ端に臆することなく走り続けた。
振り返ると、板壁の吹き飛んだ二層、三層目で炎に包まれた兵が黒い影となって蠢いていた。
砦から矢を放つどころではあるまいと確信を持った。
紅蓮の炎が天を焦がしていた。
すべてを無にする、その激しさに陶然と見惚れた。
イダテンを思わせる炎だ。
イダテンの怒りだ。
そして運命に抗うこともできず、命を落としていった者たちの怒りだ。
背中が、首が、頭が、そして手足が痛みを覚えるほどの熱風と砂塵が押し寄せた。
煮立った油や石に備え、姫に袿をかづかせたのは正解だった。
自分の腰に目をやると、姫の白く細い指がそこにあった。
むろん、好かれて抱きつかれたわけではない。
だが、命を懸けるに値する褒賞だった。
義久とて、おなごを知らぬわけではない。
悪所へ連れて行かれたこともある。
涼しげな眼をしていると、年上のおなごから言い寄られたこともある。
だが、姫の前に出ると、小太郎と呼ばれた、あの頃の気持ちが甦る。
再び閃光が走った。
強くしがみついてきた姫に、心配は要らぬと言おうとした。
――が、口にできなかった。
義久は眉間に皺を寄せ、歯を食いしばった。
そして、おのれのうかつさに腹を立てた。
救いは姫が気づいていないことだ。
炸裂音に加え周りの喧騒が幸いしたのだろう。
とは言え、その砦の燃え上がる音、兵どもの怒号、悲鳴、黒駒をはじめとした馬たちの息遣いや蹄の音が耳障りで耳障りで仕方がなかった。
木っ端や火の粉が吹雪のように降りかかってきた。
さらには、砦を突破したことを祝うかのように黄や赤に色づいた葉が天を舞っていた。
*
尋常な勢いではない。
イダテンが、なにやら細工でもしたのだろう。
あやつが動けば信じ難いことが次々と起こる。
だが、馬は、臆病な動物だ。
これ以上、燃え広がれば脚を止めるだろう。
幸運なことに道の上の砦は、まだ火に包まれていない。
黒駒の腹を蹴り、勢いをつけた。
*
逃げ回る兵どもが油壺を蹴倒し、割って混乱に拍車をかけた。
筒状の通路を伝い、火が横に広がった。
燃え広がる炎が、これまでとは違う形の壺を包みこんだ。
壺の小さな口からのぞいている紐が勢いよく火を噴いた。
その炎が壷の中に吸い込まれると、それは、閃光を放った。
近くで見た者は目を焼いた。
音を失い、炎に包まれた。
爆風が、中に埋め込んだ鉄片が壁板を、そして天井と兼用の床板を吹き飛ばした。
兵をなぎ倒した。
火の玉は、牡丹の花の形を描いて巨大に膨れあがった。
そして兵を飲み込んだ。
その衝撃と混乱の中で、ほかの油壺も次々と破壊され、炎を上げた。
炎は板壁を這い上がり、逃げ場を失った兵どもを包み込んだ。
二つ目の壷が爆発すると、燃え上がった板が宙に舞いあがった。
火の粉をも撒き散らし、煌々と周りを照らし出した。
爆風は、谷の紅葉をも吹き飛ばした。
すでに唐の時代には硝石、硫黄、炭を混ぜると燃焼や爆発を起こしやすいことが知られていた。
その原理を使い、大きな火矢を飛ばして見せたこともあったという。
ためしに硝石を多く入れてみたところ確実に爆発した。
イダテンが、その手法を知っていたわけではない。
それを紹介した書物を見たのだ。
むろん、すべてを理解できたわけではない。
図がなければ完成もおぼつかなかっただろう。
この国では硝石を産出しないため、神社や古い家の床下の表面の黒土を採取し加工した。
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砦を突破した直後に光の玉が炸裂した。
続いて、地さえ揺るがすほどの音と衝撃が襲ってきた。
黒駒は、体こそ震わせたが、降りかかる木っ端に臆することなく走り続けた。
振り返ると、板壁の吹き飛んだ二層、三層目で炎に包まれた兵が黒い影となって蠢いていた。
砦から矢を放つどころではあるまいと確信を持った。
紅蓮の炎が天を焦がしていた。
すべてを無にする、その激しさに陶然と見惚れた。
イダテンを思わせる炎だ。
イダテンの怒りだ。
そして運命に抗うこともできず、命を落としていった者たちの怒りだ。
背中が、首が、頭が、そして手足が痛みを覚えるほどの熱風と砂塵が押し寄せた。
煮立った油や石に備え、姫に袿をかづかせたのは正解だった。
自分の腰に目をやると、姫の白く細い指がそこにあった。
むろん、好かれて抱きつかれたわけではない。
だが、命を懸けるに値する褒賞だった。
義久とて、おなごを知らぬわけではない。
悪所へ連れて行かれたこともある。
涼しげな眼をしていると、年上のおなごから言い寄られたこともある。
だが、姫の前に出ると、小太郎と呼ばれた、あの頃の気持ちが甦る。
再び閃光が走った。
強くしがみついてきた姫に、心配は要らぬと言おうとした。
――が、口にできなかった。
義久は眉間に皺を寄せ、歯を食いしばった。
そして、おのれのうかつさに腹を立てた。
救いは姫が気づいていないことだ。
炸裂音に加え周りの喧騒が幸いしたのだろう。
とは言え、その砦の燃え上がる音、兵どもの怒号、悲鳴、黒駒をはじめとした馬たちの息遣いや蹄の音が耳障りで耳障りで仕方がなかった。
木っ端や火の粉が吹雪のように降りかかってきた。
さらには、砦を突破したことを祝うかのように黄や赤に色づいた葉が天を舞っていた。
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