シシガミ様

林檎茶

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シシガミ様

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 これは私が介護士の仕事に疲れて一ヶ月近く休職していた時の話なんだけど。

 丁度その休職してるタイミングで狙いすましたかのようにお母さんから電話がかかってきて、最近お婆ちゃんが認知症を患ってしまったから介護士の経験を活かして一週間ぐらい面倒を見てやってくれないかって頼まれてさ。

 もちろん最初は面倒だからって断った。

 だって介護の仕事に疲れたから休職してるのに、その時間でお婆ちゃんの介護をしろなんて本末転倒じゃない?

 面倒なのは介護すること以外にもあって、お婆ちゃんの家ってそれこそドがつくくらいの田舎にあるんだよね。

 それこそ高速降りてから二、三時間山の方に車を走らせないと着かないような、東北地方のド田舎。

 でも、一週間後に施設に入れる予定だから一週間だけでも面倒を見てくれって何度も何度も頼まれて、結局は嫌々ながらも了承しちゃった。

 お母さんはお婆ちゃんとはだいぶ離れた場所で暮らしてるからお母さんを行かせるのは気が引けたし、まあ一週間だけならいいか、なんなら働いてた介護施設と違って見るのは一人だけだし、なんてその時は軽い気持ちで考えてた。

 まさかあんな事が起こるなんて知っていたら、絶対に行かなかったよね。


 準備を済ませて、車を走らせ数時間。
 
 嫌々ながらもお婆ちゃんちに向かったその時は夏だったんだけど、到着するなりイキイキと生え揃った緑が歩くのすらダルくさせるぐらい鬱陶しくて、どうしてもこの場所が好きになれそうになかった。

 お婆ちゃんの家は、集落というのか村というのか数軒だけ家がまばらにある場所にある。

 小さい頃に何回か来た事はあったけど、数年ぶりに訪れたこの場所は文明から取り残されていて、全く変わっていなかった。
 
 その小さい頃の記憶で、忘れられないものがある。

 それは、羽を怪我して動けなかったカラスの幼鳥を助けた事だ。

 今ではもう触れないけど、我ながら虫とか餌にしてあげてたのは凄いと思う。


 色々思いを馳せながらなんとかお婆ちゃんちの玄関に着いて、とりあえずピンポーンとチャイムを押して中に入る。

 田舎特有の防犯意識のガバガバさというか、玄関に鍵はかかってなくて呆れてしまった。

 まあ盗まれるようなものもないし、軒の窓が全開になっている時点で鍵なんて全く関係ないんだけどね。もはや虫すらウェルカム状態。

 それはいいとして、認知症になってしまったというお婆ちゃんは座敷に置かれた仏壇の前に置かれた椅子に座りながら、ボーッと亡くなった祖父の写真を見つめていた。

 元気そうで良かったと思いつつ、話しかけてみる。

「お婆ちゃん!ヤッホー。私のこと、覚えてる?」

 まずは気さくに、元気よく。

 するとお婆ちゃんは私の方を精査するように見て、

「おお、千穂ちほじゃないか!」

 と、まったく知らない人の名前を出した。

 どうやら認知症というのは本当らしい。

「違うよ。私は美季みき!お婆ちゃんの孫でしょ」

「あ~あ~あ~。思い出した思い出した」

 本当に思い出したかはわからないけど、私を見てお婆ちゃんは喜んでくれたようで良かった。

 そんなやりとりをしてしばらく談笑したあと、夕食を作ってあげたりトイレの手伝いをしてあげたりして、なんとかその日は乗り切った。


 だけど、その日の夜のことだった。


 座敷の一室に布団を敷いて寝ていたんだけど、なかなか寝付けなくて考え事をしてる私の耳に、

 ぺた、ぺた、ぺた、

 ってカエルの大合唱よりも鮮明に、裸足の人が廊下を歩く音が聞こえてきたんだよね。

 最初はお婆ちゃんが徘徊してるのかと思った。

 だけど、よく考えてみたらその足音の歩く速さは明らかにお婆ちゃんのものでは無かった。

 うちのお婆ちゃんはとても歩くのが遅い。というのも、両足の小指が無いからだ。それどころか両手の小指も無い。

 なんでお婆ちゃんの両手と両足には小指がないの?って小さい頃興味本位で尋ねてみた事がある。

 その時のお婆ちゃんの回答を鮮明には思い出せないけど、確か奉納したとかなんとか言ってたような気がする。

 まったく意味わかんないよね。

 よくある田舎の村の因習?なんだと思う。


 しばらくして足音は止まった。
 
 なんかそこまで恐怖とかは感じなかったから、そのまま目を瞑ってたらいつの間にか朝になってた。

 
 起きて台所に行こうとしたら既にお婆ちゃんは起きていて、何やら外に出かけようとしていた。

「こんな朝早くからどこに行くの?」

 って尋ねたら、

「祠」

 っていうこれまた意味不明な答えが返って来て、気になった私はお婆ちゃんについて行くことにした。

 認知症の人が覚えている事って結構重要なのが多かったりして、何かしようとしているのを探ってみるのは悪いことじゃない。

 しばらく林の方に歩いて行ったら、確かに『祠』と呼べるような木造りの小さな殿舎が森を背景にした砂利道に無造作に置いてあった。

 祠はボロボロだったけど、お婆ちゃんが少しずつ手入れしてるのか周りは綺麗だった。

 初めて見たけど、なんか思い入れでもあるのかな?

 気になったから、

「この祠って何を祀ってるの?」
 
 って聞いてみた。

「シシガミ様だよ。この近くに本殿があってね。本殿はこの祠よりも二回りくらい大きいんだよ」

 お婆ちゃんはそう説明してくれながら、手を擦り合わせて拝んでいる。毎日の日課なんだろうか?

「本殿ってのは森の中にあるの?」

 神社とかそういうのは好きだから、少し興味がある。だから聞いてみたその瞬間──、


「こっちにおいで‼︎‼︎‼︎」


 お婆ちゃんは、お婆ちゃんのものとは思えないほど不気味な大声で、森の中に向かって突如そんなふうに叫んだ。

 おいで?何かを呼んでいる?森の中に住んでいる人でもいるのかな?

 なんて思っていたら、

「「「「今行くよーーー」」」」

 っていう子供の声・・・・四人分・・・重なって、聞こえてきた。

 こんなとこに子供???

 根源的な恐怖を感じて、お婆ちゃんを連れて家の方に戻ろうとしたけど、お婆ちゃんは祠に施されてた封印みたいな、お経がびっしり書かれた紙をビリビリと破き始めてた。

 なんかコレヤバくない?と思ったからお婆ちゃんの腕を押さえつけたんだけど、これまたお婆ちゃんとは思えないような強い力で取り憑かれたように動いてて、どうすることもできなかった。

 ようやく手を止めたかと思えば祠の扉を無造作に開いて、何やら真っ赤な直径15センチくらいの正方形の箱を取り出して私に見せてきた。

「ほらこれ、開けてごらん?」

 優しげに、いつもの口調で、お婆ちゃんは私にその血のように赤い箱を手渡してきた。

 受け取ったその箱は軽く、振ってみるとカラカラと何かが入っている音がした。

 言われるがまま、引き寄せられるように開けてみると──、


 箱は中までも赤く、内部は祠を封印してた紙に書かれてたのと同様なお経文字で埋め尽くされていた。

 そして中に入っていたのは──、


 干からびた、四本の指だった。
 手の指二本、足の指二本。


 誰のものかは明白にわかる。
 お婆ちゃんのだ。


「これは…?」

 恐る恐る尋ねてみる。

「私が若い頃にシシガミ様に奉納した小指だよ」

 やっぱりそうだった。

 だけど、なんで今私にそんなものを見せる必要がある?それに、シシガミ様?…聞いたこともない。

 と思っていたら。

 さっき森の方でお婆ちゃんの呼びかけに返事したナニカ・・・が、20メートルほどの距離まで接近してきていた。

 森の中で私を凝視する4人の子供。

 裸足で、全員白装束を纏っていて、背丈は一緒。

 まるで同一人物が四人に分裂したみたいなその子供の表情は、薄い紙みたいなもので覆われていて見えなかった。だけど、こっちを見てるってことはなんとなくわかる。

 思えば、昨日の夜に聞こえたあの裸足の足音は、あの子供のものだったんだ。


「あの子たちはね、シシガミ様の使いだよ。私もね、昔あの子たちに四本の指を持っていかれた。シシガミ様にはね、定期的に四本の指、つまり『四指シシ』を奉納しなければならない。どうやらそれにお前さんは選ばれたようだねえ」


 まるで孫が総理大臣にでも選ばれたかのように誇らしげに、お婆ちゃんは喜びながらそんなことを言っていた。

 シシガミ様。
 森にいるのだから、獅子の神を想像したけれど、まさか四本の指のことを言うだなんて。

 そして私もお婆ちゃんと同じように指を奉納しないといけないだって?
 冗談じゃない。指が無くなったら趣味のギターも弾けなくなる!

 逃げる覚悟を決めて、森と祠に背を向けて走ろうとしたけど──、


「え?」


 そんな間抜けな声を出してしまうぐらい、びっくりする間も無かった。

 さっきまで数十メートル先の森の中にいた四人の子供が、振り向いた目の前にいた。

 それで私は理解する。
 
 この子供たちは人間じゃない。

 ゾワっと、一気に背筋から嫌な冷たい汗が噴出するのを感じる。

 突然。
 
 その子供たちは私の両腕両足を掴んで私を持ち上げたかと思えば、薄紙一枚から覗く不気味なほど大きな口をこれでもかとニタニタ震わせて──、

 私の両腕と両足を、引きちぎる勢いで力強く引っ張ってきた。


「痛い痛い痛い痛い!!!!」

 
 叫ぶが誰も助けに来てはくれない。
 お婆ちゃんですらニッコリ笑って私が苦しむ様を眺めている。

 何が四本の指を奉納する、だ!

 これじゃあまるで────、


 シシガミ、四指シシ神──そう。


 四肢シシガミ。


 本来は指ではなく、両腕両足──すなわち四肢を奉納しなければいけない神。

 引っ張られてる状態で気づく、シシガミという名の真の意味。

 ギチギチと私の腕から人が出しちゃいけない音が聞こえ始めて、焦る。
 
 だけどそれを引っ張る子供たちの力は尋常じゃなく強くて、私一人じゃどうすることもできなかった。

 
 ──あ、ちぎれる。

 
 そう思った瞬間だった。

 森の方から沢山のカラスが飛んできて、まるで私を助けるように子供たちに攻撃しはじめた。

 子供たちは突然のカラスの猛襲に怯えた様子で、私を掴む手を離す。

 その隙に比喩じゃないぐらいちぎれそうな手足をなんとか動かして車まで走って、そのまま街の方まで全力で逃げた。

 すぐに病院まで行って診察してもらったんだけど、両肩は脱臼してるし両足には手形のあざがくっきり残っていて、よくここまで一人で来れたねと驚愕されるくらいの重傷を負っていた。


 その後お母さんを問い詰めたけど、そんなの知らないの一点張りであのシシガミ様についての情報はほとんど得られなかった。

 お婆ちゃんはあのまま一週間後に無事施設に入れられたようで、私との出来事は何事も無かったかのように綺麗さっぱり忘れていたらしい。

 ──あの時現れたカラスの集団。

 もしかしたら私が小さい頃に助けてあげたカラスが成長して、私を助けてくれたのかもしれない。
 またあのカラスに少し会ってみたいなと思う。
 
 だけど。

 もう二度とあの集落には行かないだろう。絶対に。
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