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本編
508 ハイオークのピーちゃん
しおりを挟む「ほらピーちゃん、ここに戻りな」
「ぶぴぃ……」
調理実習室にピーちゃんを戻しに行くと、足にしがみついて離れなかった。
魔物たちに囲まれている状況が、とてつもなく恐ろしかったようである。
「かなり懐かれているな、盟主よ」
「いや、懐かれてもな……」
肥え太らされて、いずれは食べられる運命なのである。
愛着を湧かせてしまうと、どうにもこうにもな……。
再び料理研究クラブに呼ばれた時。
檻にピーちゃんがいなかったら泣いちゃうかもしれない。
「ぷぴぃ、ぴぃ」
「うっ」
オークなのに、なんだかとっても愛くるしいなぁ……。
ポチと同じくらいの身長で、もふもふではないがもっちりとした抱き心地。
めちゃくちゃ可愛い、とでもオークの子供だとは思えなかった。
小さい二足歩行のブタちゃんですよって言われても、違和感は無い。
「ぷぴぃ」
必死に腕を伸ばして俺の足にひしっとしがみつき縋ろうとするその姿。
すごく心が苦しくなった。
困る俺の姿を見ながら、ロイ様がいう。
「それにしても、珍しいな。ハイオークの子供が、なぜこの学院のいるのだ?」
「ハイオーク?」
「うむ、この小僧はオークの中ではかなり希少種のハイオークである」
ハイと名前に着けば、なんとなく上位種の様な感じだけど。
「普通のオークとは違うの?」
「比べ物にならんな」
俺の問いかけにロイ様は答えてくれる。
「下等な下衆種と違い、ハイオークは誇り高き森の民の一つである」
なんと、普通のオークよりも長い時を生きる森の守り神の様な存在だった。
どっちかというと、エルフに近い存在らしい。
「エルフと近いって……この学院はとんでもないものを食べようとしていたんだな」
「なに、食べるだと?」
「うん。調理実習室で飼われている理由が、オークを一から育ってて食べるためなんだってさ」
俗にいう、命の大切さを学ぶ授業ってやつである。
そんなもんに二足歩行生物を選ぶなよって話なのだけど。
俺の常識は通用しない世界だから、仕方ない。
「平気で500年以上生きる種族だぞ?」
ロイ様は呆れた表情でため息をつく。
「子供の時期も長い故に、いったい何代かけて食うつもりなのだ……」
「たぶん普通のオークだと思ってたっぽい」
俺だって、ロイ様に言われるまではオークの子供だと思っていた。
オークの子供なんて見たことないけど、二足歩行の豚はオーク。
この世界ではオークなのだ。
それにしてもエルフと似た様な存在か……。
オークなのにな?
なんだかとっても不思議な気持ちになった。
オークとエルフといえば……ねえ?
想像するのはえっちな展開。
だが聞くところによれば、オークが畑を耕し、エルフが狩りや建築を行う。
そんな共存関係が築かれていることもあるんだとか。
争いを好まず、どっちかと言えば人間の方がエゲツないまであるみたい。
普通のオークが山菜とか木の実とか、ヘルシーなものを好む理由。
それはハイオークの持つ菜食文化の血を受け継いでいるからだそうだ。
「小僧、なぜお前はここにいる?」
俺の足元にいるピーちゃんに、ロイ様が尋ねる。
「本来であれば、この様な場所にいてはならない存在だ。何故こんなところで飼われている」
「ぶぴ、ぴぃ……」
「……鳴くだけでは伝わらんぞ。貴様らハイオークは人語も話せるはずだ」
「ぶ、ぶひ、ぶひ」
「ロ、ロイ様。あんまり顔を近づけて恫喝するのはよくないって」
「何を言うか、断じて恫喝ではない」
恫喝じゃなくても、王種スライム特有の巨大な顔面で迫られた誰だってビビる。
ピーちゃんは俺の足元に震えてしがみつき、余計に離れなくなってしまっていた。
「これでも王の中の王とは違って、気を使っているのだがな?」
「そうなんだ……」
「まあ、怖いと言うのならば私が等身大の大きさになってやれば良いか」
そう言って、ロイ様は体をスススっと縮めると、先ほどよりやや表情を柔らかくしてピーちゃんに語りかけた。
「小僧、人語は喋れない……いや、そもそも言葉自体を上手く扱えないのか?」
「ぶぴ」
コクリと頷くピーちゃん。
「なるほど、言葉もよくわからない内から連れてこられ、この学院で過ごしていたと言うことか」
「マジかよ……」
簡単な疎通はできるけど、難しい話はついていけない。
だから、いずれは調理実習の食材になることも、よくわかっていなかったらしい。
確か、放課後に俺とポチでお邪魔した時、ピーちゃんが何やら鳴いていた。
実際のところは、そのドリンクを飲むと腹を壊すぞと教えたかったそうである。
ピーちゃん、良い子過ぎるってばよ。
ちなみに、ロイ様とそれなりに通じ合っているのは魔物同士だからなんだそうだ。
発声法は全く違うのだけど、会話による意思の疎通は人以上にできるらしい。
そもそもスライムがどうやって喋っとるのかもわからんし、その辺は考えない様にする。
あ、それと、あの檻部屋の中にいたのは、俺を攻撃した奴が原因ではない。
こればっかりは文字通り、学院の悪ガキ達のせいだった。
時たま、勝手に調理実習室から連れ出され、魔物の檻の前に放置されるらしい。
怖くて震えている姿を笑われて、かなりひどい目にあっていたそうだ。
「ぶひ」
「助けて、であるか」
ピーちゃんからそんな意思を受け取ったロイ様が俺を見る。
「どうする、盟主よ」
「どうするって言われても……」
ピーちゃんの管理自体はこの学院が行なっている。
許可を得た上で、調理実習用の食材として飼われているのだ。
俺がどうこうできる問題ではないのである。
「しかし、ハイオークの子供を殺したとしたら、どうなるかわかったもんじゃないぞ?」
「ああ、あれか」
オークは、同族同士での結束が高い。
常に集団で行動し、何かがあればすぐに察することができる。
俺のグループ機能の様な感覚を搭載している魔物なのだ。
「恐らく距離があったから今まで連れ戻しに来る奴はいなかったと思うが……」
「うん」
「殺されば場合、奴らは必ず気づく。ハイオークともなれば、必ずだ」
「……保護して返しにいくしかないか」
「余計な争いごとを避けたいならば、そうした方が賢明だろう」
「わかった」
まったく、謎のフード野郎や七不思議よりも今日一番のとんでもない事実だった。
今日1日で、どんだけ濃い1日だってレベル。
たとえ魔物であっても、こんな人里ど真ん中で助けてと言われたら、そりゃ助けてあげない訳にはいかない。
ピーちゃんの保護が確定した。
「ピーちゃん」
「ぶぴ?」
「保護するけど、いつ故郷に帰れるかはわからないぞ?」
「……ぶぴ」
「そもそも故郷がどこにあるかすらわからないと言っている」
「そっか」
故郷探しからスタートすることになってしまうのか。
これは飛空船よりも長い戦いになりそうな気がした。
とりあえず、可愛かったから持ち帰ったってことにして。
普通のオークの子供でも調理実習室の檻に突っ込んどくか……。
え?
普通のオークでもまだ子供じゃないかって?
それは俺の知ったこっちゃないよ。
ハイオークは普通のオークよりもやばそうな雰囲気だから、仕方ない。
命の重さはみんな一緒だって言うけど、実際は状況によって変わるさ。
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