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本編
651 思い出道中、空栗毛
それから飛空船はストリアのテイスティ侯爵領へと向かい、一度陸に着く。
顔見せ、そしてクサイヤチーズやら他のものをグルメ候に渡すためだ。
その折、クロイツとの纏まった飛空船の話を実際に見て乗ってもらいプレゼンを行う。
「陸の港? その提案に乗ることにしたがね!」
結果は上々。
グルメ侯と呼ばれるテイスティ侯爵は、快諾してくれた。
「すべての食材は鮮度が命だがね! 空を直線距離で結ぶアイデア、さすがだがね!」
「ハハハ、どうもです」
「保存の利く美食も存在するが、それは無駄に体が丈夫なデリカシ担当なんだがね!」
確かに普段から毒気の強いもんばかり食ってそうだから、抗体できてそう。
最終的には人生最後になったらフグ食べるって言ってたしな……。
もっとも、ポチの料理の腕と霧散の秘薬のおかげで、死なずにフグを食べることができた訳だが。
俺たちがいなかったら、辺境伯の未来はフグ毒による中毒死が確定していたのである。
「トウジくん、これを渡しておいてもらえるかな?」
「はいはい」
オカロからもらったクロイツで練られた飛空船の空港設計図。
とりあえずこれ通りのスペースを用意して作れば問題ない。
規格を揃える細かな設計図は、さすがクロイツのお国柄と言えよう。
国民自体は魔族もたくさんいて、ざっくばらんって感じだったけど。
「グルメ候、少しお尋ねしたかったことがあるのですが」
「なんだがね?」
「あれから、深淵樹海のダンジョンコアとは繋がれましたか?」
言伝だけだったから、その辺が上手くいったのか気になっていた。
俺の質問に、グルメ候はにんまりと頷く。
「もちろん、公にはなっていないが、しっかり繋がることはできたんだがね」
「よかった」
「深淵樹海の肥沃な土壌で育った作物は、それはそれは美味しくなるんだがね」
「でしょうね」
パインのおっさんも認めるほどの場所だ。
グルーリングの性格とか、守護者達の手入れが行き届いてる証である。
「一部土地を借り受けて農業を行うことにしたんだがね」
「ほうほう」
「テイスティ領は木材資源のみならず、一大農作物産地を目指すんだがね!」
「おう、目指すは自給率1000%だぜ?」
グルメ候の言葉の後に、懐かしい声が聞こえてきた。
「インサス!」
深淵樹海最終守護の一人、凶暴のインサスである。
前掛けを身につけた巨体を持つ二足歩行のトラだ。
「ォン!」
「よっ、師匠。元気でやってるか?」
そして、ポチの初めての弟子。
駆け寄るポチを抱えるインサスを見ていると、懐かしく思えてきた。
深淵樹海での騒動、色々大変だったけど、今では良い思い出である。
「アォン!」
「料理の調子はどうかって? 貰った道具で毎日頑張ってるぜ?」
「ォン!」
「ハハハ、レパートリーはまだまだ師匠には及ばねえなあ! けど」
「アォン?」
「俺は深淵樹海を利用して美味い食材を育てることからやってるよ」
「ォン?」
「おう、腕はまだまだだが、素材の質で師匠達を抜きにかかるぜ!」
「アォンッ!」
「かかってこいって? 今に見てろよ! 夏過ぎあたりには俺の野菜送るからな!」
そんな会話を繰り広げるポチとインサス。
うむ、仲良さそうで何より。
この姿を見れるだけでも、テイスティ領に降りた甲斐があったってもんだ。
「それにしても、自給率1000%とは……また偉く大きな目標ですね」
「まっ、それについては心配ないがね」
「そうなんですか?」
「計算した実質的な予定自給率で言えば、人口比に対して100倍近くは可能なんだがね」
「100倍て……」
トンデモナイ数字がさらにトンデモナイ数字になったことに困惑していると、インサスが補足してくれる。
「今まで竜樹とカカオにばっかり使ってたガーディアンを農作業に従事させんだよ」
「ああ、なるほど」
深淵樹海の広大な支配地域の中ならば、馬鹿でかい畑を作っても問題ない。
その労働力はガーディアンでまかなうことだって可能ということだった。
不眠不休で働き続ける優秀な労働力だからなあ、ガーディアンって。
「でも、グルーリングはそれで大丈夫なのか? 腹減ると思うけど」
「そのために耕作すんだよ」
「そうだがね! 私も話は聞いた。今まで放置だったのだろう?」
だったら単純な話だがね、とグルメ候が得意げに語る。
「しっかり土地を耕し作物を実らせれば、余裕で賄えるんだがね!」
「おう、食いもんを作るために、食いもんを作るってこったな!」
インサスのセリフ。
料理をするために、作物を作るってことでいいのだろうか?
効率よく作物を作れば、結果的にはプラスに動く。
グルメ候はそう捉え、深淵樹海の巨大農地化を進めているのだった。
「でも100倍、つまり10000%可能だったら、1000%って目標はおかしいんじゃ……?」
「アォン」
俺の言葉にポチも同意する。
めちゃくちゃ作れるくせに、目標自給率10分の1はおかしいだろ。
「ああ、それはグルーリングの食べる分を省いたあまりのことを言ってんだわ」
インサスは続ける。
「満腹にはならないが、それなりに満足する量を改めて計算したら今んところ100%行かないくらいだった」
「マジか」
食い過ぎだろ、前にも増して食うようになってないか?
いっぱいガーディアン生み出したら、それだけ食事量も増えるのかね。
「総生産量から、グルーリングの腹へり分を引いた残りが俺らの自給率ってことなんだぜ!」
「そ、そっか……」
それで良いのかわからないが、まあ一人で圧倒的な量を食べるやつだからなあ。
それを考慮するとそんな数字になるのもなんとなく頷けた。
「まあ、頑張ってよ。応援してる」
「トウジ、本当に感謝してるぜ」
「はあ?」
唐突に感謝されたから、どんな顔をしたら良いかわからなかった。
いったいなんなんだ。
「いや、とりあえず言っておいた方が良いかなって思ってさ」
「……な、なにそれ不吉なんだけど」
俺は身辺整理をするためにここに来たんじゃないのだが……。
しかも、どっちかというと勝手にされている気分である。
「テイスティとの渡りをつけてくれたおかげで、料理以外にも道ができたんだ」
「ああ、でもそれはインサスのやる気の問題だろ、俺は関係ないけど……?」
「いやそれでもきっかけとして、巡り合ったのがすごくでかく感じるんだよ」
「そうかあ?」
「料理をしてて思うぜ、グルーリングや他の奴らに飯振舞って、そんでもって美味いって言ってもらえて、いつも思うんだぜ。こうやって料理ができてるのは誰のおかげかってな?」
「だったら感謝はポチとパインのおっさんにしてくれ、俺じゃない」
「もちろんそれもそうだけど、すべてのきっかけ、その中心にいるのはトウジだろ?」
「……うーん」
言われてみればそんな気がしないでもないが、どうだろうか。
「パインからも聞いた。お前がいなかったら今の自分はいないって言ってた」
「ああ……」
「俺だって、グルーリングだって、トウジがあの場にいなかったら、どうなってたかもわからないんだぜ」
考えうる限りでは、パインのおっさんはサルトで小さな料理屋をほそぼそとやっていた可能性もある。
その結果、グルーリングの癇癪に姿を現さなかった可能性もある。
森は大きく荒れて、インサスたちだっててんやわんやで料理どころじゃないかもしれないな。
だが、それはあくまで別のことを考えたらって感じ。
それも、かなり悪い方向に考えたらの場合だろう。
結果的にはみんな幸せに生きている、その結果で俺は十分だと思った。
もしかしたら俺がいなくたって、パインはあの時樹海に姿を現したかもしれない。
インサスの料理の師匠も、ポチの代わりがいたのかもしれない。
その辺は、基本的には当事者たちの気持ちの問題なんじゃないのかな?
「どんな状況でも、きっかけなんかなくても、今のインサスたちはなるべくしてこの状況になったんだから、そこに俺は関係ないよ。全部自分らの日頃の行いが良かっただけだ」
賢者式運命論だな、これは。
基本良い奴らだから、運命で良き方向へ、良き方向へと導かれる。
「言葉をこねくり回して謙遜すんなよ。野菜ができたら、お前らに送りつけるからな」
「うん、それは楽しみにしてる。じゃ、俺らはそろそろ行くよ」
「おう、またな」
「また会おうだがね!」
むず痒さが治らんので、さっさと話を切り上げてこの場を後にした。
まったく、俺は主人公でもなんでもない、ただの巻き込まれだ。
あくまで端役、主人公は俺ではなく、インサスとかパインだっただろうに。
くそー、まだ痒い。
幸せに永遠と笑って暮らしちまえ!
「ねえトウジ」
廊下を歩いているとイグニールが話しかけて来た。
「私もトウジにあって色々踏ん切りつくきっかけもらったから感謝してる」
「それ絶対俺の今の心境をからかって言ってるだろ」
「さあね?」
=====
例え膨大なカルマが溜まっても、周りの人が勝手に禊いでくれている。
……のかもしれませんね。
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