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本編
824 マイヤーの縁談
しおりを挟む事務所は3階の一番奥。
前にも応接室に存在していた豪華なソファーに腰を下ろしたマイヤー母が言う。
「イイユ・ダーナ商会はタリアスのダンジョンにある温泉利権で成り立っとる商会や」
「そんなん知っとるわ」
「ならそこの御曹司との縁談やで、ええやん。毎日温泉入り放題やん」
「そういう問題ちゃうやろ!」
漫才みたいな母娘の会話を聞きながら、ふと思った。
なんかすげぇ商会ネームだな、と。
イイユ・ダーナ。
いい湯だな。
……そのまんまじゃないか。
ちなみに名前の由来。
昔タリアスの温泉に入った勇者一行が、口を揃えていい湯だなと言ったことかららしい。
骨に要確認すべき事案である。
「あんな? ダーナはアルバートよりも遥かに古い老舗中の老舗や」
こんなチャンスは滅多に訪れない、とマイヤー母は語っていた。
「そもそもなんでそんなでかいところとの縁談がまとまってんねん」
「それは新進気鋭のアルバートブランドやな!」
「ちゃうやろ、トウジのおかげやろ」
「え、俺?」
マイヤーから急に話を振られたので困惑する。
俺、ぶん投げるだけぶん投げて、あとは放置。
そんな感じのニュアンスで関わってるんだけどな……。
「せやで? うちがポーション市場を抑えたのはトウジのおかげやし」
「は、はあ……」
「競売でアルバートの名前が大きく広がったのもトウジのおかげやん」
「あれか……」
アホ王国の2億事件だな。
まあそれからちょくちょく雑魚装備(俺からすれば)を流している。
定期的に魔装備が流れてくる商会ともなれば、存在感はあるだろう。
「ギリスの魔導機器や飛空船事業なんかも、トウジのこねやん」
「そ、そっすね」
「新進気鋭ちゃうねん、トウジが起こしとるんは新たな時代の巨大な波やで?」
「いや、さすがにそこまでは……」
俺個人の意見としては、丸投げしてる分、そんな大ごと感満載なものに仕上がってるとは思えなかった。
「せやから!」
そう言いながらマイヤーは母親の前で言う。
「うちはトウジのビジネスパートナーとして一生を終えんねん!」
何が縁談や、そんなもん裏でこっちの事情調べてんねやろ、と。
俺がマイヤーたちにギリスで立ち上げてもらった商会の潜在的な価値。
そこを見た上で、ダーナのような老舗が食い込むために話を持ちかけた。
マイヤーはそう思っているようだった。
「つーか、おかんも知ってるやろ! ギリスでのうちらの大躍進!」
「知っとるけど。別に結婚してからでもできるやろ?」
「うぐっ……いや、うちはあくまで未婚を続けたままで……」
「ってことは、トウジはんも引き続きマイヤーとの関係はよろしく頼んますわあ」
「えっとその……」
応援した方がいいのだろうか。
マイヤーの幸せを願うならば、そっちの方がいいのだろう。
俺が縛っているような状況は、彼女にとって良くはない。
「ちなみに向こうの息子さんは25歳でめっちゃ品行方正やったで? 顔もええし」
「そんなん聞いてへんねん!」
「いいから聞けや。人望も厚くて、時期ダーナを継ぐことを周りの誰も疑っとらん」
なるほど、全てを持ったイケメンか。
話を聞く限り、親が縁談を持ちかけるほどに心配させていて、女遊びもしていない模様。
俗に言う、優良物件ってやつ。
「顔とか人望とか関係ないねん! 時間をかけて培った信頼関係が大事やろ!」
「そんなもんこれからやろ。往生せいや」
「嫌や! 嫌や嫌や嫌や! うちは絶対に認めへんからな!」
「ほんとにもー、あんたはわがままになってもうたな! トウジはんからも言ってもらえまへんか?」
「えっ」
ここでそんなセンシティブな話をこじれる元になった俺に聞く?
イグニールも隣にいる手前、彼女を無下にする言葉を言うわけにもいかない。
俺の口からはマイヤーの幸せを応援してるとしか言えないだろうに……。
「こ、この件に関しては……俺からは何も言えないというか……なんと言うか……」
そう告げると、マイヤーは押し黙り。
「……ほーん」
と、彼女の母から値踏みするような呟きが聞こえてきた。
苦痛だ。
まるで選択肢を間違ってしまったかのような空気。
「ま、これでとりあえず話は仕舞いやな」
「ちょ、待ってや!」
「あかんで、あんたはこれから顔合わせの準備をせな」
「学校はどうなるん? 向こうの仕事とかもあんねん!」
「そっちは一旦休学にして、向こうにはセバスを向かわせたる」
「そ、そんな! 大ごとやし準備期間が必要やろ!」
「あかんあかん。こういう話は勢いとノリが重要なんやから、頼むで?」
あれよあれよと言うまに、マイヤーは言いくるめられて連れていかれた。
そしてマイヤー母は部屋を出る間際に振り返り、俺をにこやかに見ながら言った。
「トウジさん。この子ちょっと忙しゅうなりますが、これからも末長くうちとの関係をよろしく頼みますね」
「あ、はい……」
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