文字の大きさ
大
中
小
530 / 650
本編
830 我が道、誰が道。
◆マイヤー視点
「……独りで船に乗るのって、こんなに退屈やったんやなあ」
貿易船の甲板に置かれたベンチに座りながら、そんなことを独り言ちる。
馬車を走らせ、トガル南端の港までさっさと移動した時もそうだった。
何度も何度も後ろを振り返った。
でも、何も聞こえなかった。
トウジがポチとポーションを作りながらやーやーと騒ぐ声。
そこへジュノーとうちも混ざり、荷台で笑い合う。
「うち、意外と寂しがりややってんな」
潮風に乗って思い出が過ぎ去ってしまうように感じた。
荷馬車の思い出も、船で叱った思い出も。
飲んだくれて失敗した思い出も。
ギリスで一緒に暮らした思い出も、何もかも。
これから先、どうなってしまうんだろう……。
悪いことにはならないとは思う。
相手は名のある商会の御曹司で、悪い噂は一つとない。
むしろ、逆に刺激が少ない。
そんな平凡が待っているのだろうか。
「いいや、むしろ新たな未知との出会いもあるかもしれへん」
こういう時こそ、希望的観測や。
トウジもよく言っていた。
精神を健全に保つには、良いことを考えた方が良いって。
「……うん、これで良かったんや」
後腐れなく、誰も不幸にならない一番良い方法。
あとで謝っておこう。
強引な手段に出て、心配かけてごめんなさいって。
おかんに睨まれたトウジは、獰猛な魔物に睨まれた子ウサギ。
イグ姉がよくトウジを小動物に例えていたけど、ほんまやん。
これ以上、わがままを言ったら死んでしまいそう。
そんな感じだった。
「今のままの関係性でいるよりも、どこかに収まった方がええんや」
うちも、トウジも。
イグ姉もジュノーも、他のみんなも。
少し時間はかかるけど。
また再会した時には、気兼ねなく笑いあえる関係に戻れる。
「うっ……ひぅ」
考えれば考えるほど、どうしようもなく寂しくなる。
潮風が目にしみて、少しだけ涙が溢れてきた。
いくらこれで良かったんだと思い込んでも、そこだけはどうしようもない。
本音を言うなら、もう少しみんなで一緒に過ごしたかった。
もしも、トウジが強引に……いや、考えない方が良い。
イグ姉に失礼や。
「飲んで忘れられたらええんやけどなあ……」
ぶり返して余計に悲しくなりそうなのでやめといた。
「リクールとストロング南蛮、置いてきてもうたけど……」
それもどうしよう。
流石に勢いのままに行動し過ぎたのかもしれないと、ちょっと後悔してきた。
「あ、あかん……急に胃が痛なってきた……うー……」
こういう時、ポチならそっと胃に優しいものくれたなあ。
トウジも心配して秘薬くれたなあ。
考えることすべてがどうやってもトウジたちに結びついてしまう。
そしてぐるぐるぐるぐると渦巻いて、頭から離れない。
「あかんあかんあかん! なんやのこれ! うち決めたやん!」
この方法がみんな幸せになれる選択肢だって。
一度決めたからには、最後まで。
貫き通すのがマイヤー・アルバートなんや!
「……とりあえず、誰もおらんし愚痴だけ叫んでスッキリしたろ」
大きく息を吸うと、船の手すりに体を預けて叫ぶ。
「おかんのあほー! 若作りー! 色々強引過ぎんねんたわけー!」
魔国付近まで飛ばされて、10年行商しろと言われた時。
本気で恨もうと思ったけど、それも今では良い思い出である。
そんな経験があったから、ここまで強くなれたと思っている。
帰る途中で好きな人にも出会えたし。
「トウジのハゲー! あほんだらー! おかんに負けんなやー!」
でも、一緒に暮らしてくれてありがとう。
楽しかったし、どれだけ金を積んでも買えない経験ができた。
少しの間、離れてしまうけど。
落ち着いたらまた一緒に面白いことをやろうや。
もう決めてん、世界一の商会作るって。
それがうちの夢になってるんや。
タリアスとのコネができたら、ある意味でその夢に一歩近づいていける。
「みんな、ありがとな……」
一生の別れではない。
世の中をさらに便利にすれば、すぐに会いに行ける環境ができる。
「よっしゃ、向こうで一旗上げんで!」
この選択は、きっと間違ってなかった。
正しい選択やった。
そう思える様に、頑張ろうと心に決めた。
──その時である。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「うわっ!? な、なんや! なんやのん!?」
船が揺れた。
空は快晴、波もそこまで高くない。
船内で何かトラブルが起こったのだろうか。
「あれ、暗っ」
いきなり甲板に影ができる。
いったい何が起こったんだろうと、見上げると。
「な、なんやぁ……」
太陽を隠すほどの高波が、船に向かって押し寄せて来ようとしていた。
警報、そして叫び声が各地から聞こえる。
「ト、トウジ」
場所は広大な大海原。
どうすることもできずに、運航していた数隻の貿易船は波に飲み込まれた──。
感想 9,840
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
間違えられた番様は、消えました。
夕立悠理※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。
運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」
ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。
ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。
「エルマ、私の愛しい番」
けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。
いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。
名前を失くしたロイゼは、消えることにした。
妹が私の婚約者を奪いました。でも父まで妹を選んだので家を出ます。祖母から世界最大商会を継いだ私に、今さら帰ってこいと言われても遅すぎます
由香【全一話完結】
婚約者を妹に奪われ、父にも見捨てられた伯爵令嬢エレノアは、家を追い出される。
けれど、それは人生最悪の日であり、最高の日でもあった。
亡き祖母が遺したのは、世界最大商会の会頭の座と莫大な財産。
商会を立て直し、世界中から称賛される一方で、没落した家族と元婚約者は「戻ってきてほしい」と泣きついてくるが……。
「あなたたちが捨てたのは、私ではなく未来です。」
もう二度と、その手は取りません。
異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず
星 羽芽異世界転移した舘石 灯(あかり)が持っていたスキルは「インターネット」。現代日本のインターネットにアクセスできる。書き込みなどのアップロード行為はできないが、閲覧やデータのダウンロード、通販サイトでの物品の購入はできる。という神機能。
定期的に街に降り、商業ギルドに日本のシャンプー・リンスを卸して生計を立て、人里離れた森に隠れ住みながら、通販で日本の食品や生活用品を購入し悠々自適に自堕落な生活を送る──筈だったのに、うっかり森で倒れていた青年を拾う羽目になる。私知ってる。こういうのって大体王族とかなんでしょ。
ぐ〜たらオタクと世話焼き真面目騎士の明日はどっちだ
(他サイトにも掲載しています)