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本編
830 我が道、誰が道。
◆マイヤー視点
「……独りで船に乗るのって、こんなに退屈やったんやなあ」
貿易船の甲板に置かれたベンチに座りながら、そんなことを独り言ちる。
馬車を走らせ、トガル南端の港までさっさと移動した時もそうだった。
何度も何度も後ろを振り返った。
でも、何も聞こえなかった。
トウジがポチとポーションを作りながらやーやーと騒ぐ声。
そこへジュノーとうちも混ざり、荷台で笑い合う。
「うち、意外と寂しがりややってんな」
潮風に乗って思い出が過ぎ去ってしまうように感じた。
荷馬車の思い出も、船で叱った思い出も。
飲んだくれて失敗した思い出も。
ギリスで一緒に暮らした思い出も、何もかも。
これから先、どうなってしまうんだろう……。
悪いことにはならないとは思う。
相手は名のある商会の御曹司で、悪い噂は一つとない。
むしろ、逆に刺激が少ない。
そんな平凡が待っているのだろうか。
「いいや、むしろ新たな未知との出会いもあるかもしれへん」
こういう時こそ、希望的観測や。
トウジもよく言っていた。
精神を健全に保つには、良いことを考えた方が良いって。
「……うん、これで良かったんや」
後腐れなく、誰も不幸にならない一番良い方法。
あとで謝っておこう。
強引な手段に出て、心配かけてごめんなさいって。
おかんに睨まれたトウジは、獰猛な魔物に睨まれた子ウサギ。
イグ姉がよくトウジを小動物に例えていたけど、ほんまやん。
これ以上、わがままを言ったら死んでしまいそう。
そんな感じだった。
「今のままの関係性でいるよりも、どこかに収まった方がええんや」
うちも、トウジも。
イグ姉もジュノーも、他のみんなも。
少し時間はかかるけど。
また再会した時には、気兼ねなく笑いあえる関係に戻れる。
「うっ……ひぅ」
考えれば考えるほど、どうしようもなく寂しくなる。
潮風が目にしみて、少しだけ涙が溢れてきた。
いくらこれで良かったんだと思い込んでも、そこだけはどうしようもない。
本音を言うなら、もう少しみんなで一緒に過ごしたかった。
もしも、トウジが強引に……いや、考えない方が良い。
イグ姉に失礼や。
「飲んで忘れられたらええんやけどなあ……」
ぶり返して余計に悲しくなりそうなのでやめといた。
「リクールとストロング南蛮、置いてきてもうたけど……」
それもどうしよう。
流石に勢いのままに行動し過ぎたのかもしれないと、ちょっと後悔してきた。
「あ、あかん……急に胃が痛なってきた……うー……」
こういう時、ポチならそっと胃に優しいものくれたなあ。
トウジも心配して秘薬くれたなあ。
考えることすべてがどうやってもトウジたちに結びついてしまう。
そしてぐるぐるぐるぐると渦巻いて、頭から離れない。
「あかんあかんあかん! なんやのこれ! うち決めたやん!」
この方法がみんな幸せになれる選択肢だって。
一度決めたからには、最後まで。
貫き通すのがマイヤー・アルバートなんや!
「……とりあえず、誰もおらんし愚痴だけ叫んでスッキリしたろ」
大きく息を吸うと、船の手すりに体を預けて叫ぶ。
「おかんのあほー! 若作りー! 色々強引過ぎんねんたわけー!」
魔国付近まで飛ばされて、10年行商しろと言われた時。
本気で恨もうと思ったけど、それも今では良い思い出である。
そんな経験があったから、ここまで強くなれたと思っている。
帰る途中で好きな人にも出会えたし。
「トウジのハゲー! あほんだらー! おかんに負けんなやー!」
でも、一緒に暮らしてくれてありがとう。
楽しかったし、どれだけ金を積んでも買えない経験ができた。
少しの間、離れてしまうけど。
落ち着いたらまた一緒に面白いことをやろうや。
もう決めてん、世界一の商会作るって。
それがうちの夢になってるんや。
タリアスとのコネができたら、ある意味でその夢に一歩近づいていける。
「みんな、ありがとな……」
一生の別れではない。
世の中をさらに便利にすれば、すぐに会いに行ける環境ができる。
「よっしゃ、向こうで一旗上げんで!」
この選択は、きっと間違ってなかった。
正しい選択やった。
そう思える様に、頑張ろうと心に決めた。
──その時である。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「うわっ!? な、なんや! なんやのん!?」
船が揺れた。
空は快晴、波もそこまで高くない。
船内で何かトラブルが起こったのだろうか。
「あれ、暗っ」
いきなり甲板に影ができる。
いったい何が起こったんだろうと、見上げると。
「な、なんやぁ……」
太陽を隠すほどの高波が、船に向かって押し寄せて来ようとしていた。
警報、そして叫び声が各地から聞こえる。
「ト、トウジ」
場所は広大な大海原。
どうすることもできずに、運航していた数隻の貿易船は波に飲み込まれた──。
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