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9巻
9-1
しおりを挟む第一章 休日、全自動分解機!
飛行船の建造に携わるオスローの失踪事件が解決し、久しぶりに落ち着いた俺――秋野冬至は、休みの日を利用して、パンケーキ好きのダンジョンコア、ジュノーが作ったダンジョンに籠り、日課にプラスして色々やることにした。
職人技能各種のレベル上げはもちろんのことだが、先に大量に作り置きしていた装備類の強化と合成を行うことにする。
これがもう尋常ではない数を確保しているため、全てをこなすにはまとまった時間が必要なのだ。
潜在能力のついた装備を成功確率30%のスクロールにて強化、全て成功するまで延々と繰り返し、さらに合成で新しい潜在能力をつける。
この時、良い潜在能力を引ければ、等級を上げるためにダンジョン内に放置して熟成させることが可能なのだが……しょぼい潜在能力を引いてしまった場合、分解して最初からやり直しとなる。
「狙い目は……全ステータス上昇の潜在能力だな……」
装備に関してはこの潜在能力が一番良く、次点は耐久力を向上させるVITの潜在能力だ。魔法スキルは俺には使えないから、そこの補正はいらない。
炎魔法を操る冒険者イグニール用の装備であれば、INTメインで強化した方が良いけど。
「……うーん、ダメだ。ダメだ、ダメだ、ダメだ!」
頭の中で理想の装備を思い描きながら、空き部屋の床にあぐらをかいて黙々と作業を進めていた俺は、悪態を吐きながら頭を掻き毟った。
「どうしたし?」
わざわざ俺の枕を持ってきてクッション代わりにし、隣でゴロゴロし始めたジュノーが、お菓子を食べながら呑気に俺の顔を見上げる。
人の枕を地べたに置いて、その上でお菓子をバリボリ食べるとは、こいつ……。
「強化が上手くいかん」
「どういうことだし?」
彼女の罪深い行動は一旦忘れて、俺はストレスを吐き出すように話す。
「成功の確率が30%で、それを七回やらなきゃいけないんだが、失敗するんだ」
「大変だね、トウジ……でも失敗するのは当たり前だし?」
「ぐっ、そうだけど」
ジュノーにしては正論を言うじゃないか。
ちなみに強化に失敗した装備は分けておくために、インベントリには入れずに部屋の隅に適当に転がしている。
インベントリはスタック持ちできるのは良いのだが、成功したものと失敗したものの違いがわからなくなってしまうからだ。
一応能力がこれっていうものをイメージしながら取り出せば大丈夫だが、失敗品は多種多様過ぎてイメージしながら取り出すことは不可能なのである。
故に、広い部屋に移動して、そこを作業部屋にしていた。
振り返ると、強化に失敗してしまった装備が部屋の至るところに転がっている。
「いや、転がってるというより、積み上がってるだな」
スクロールは失敗すると50%の確率で破壊されるので、成功率30%のスクロールで強化した場合失敗した七割の半分、つまり強化に挑戦した全装備のうちの35%がここに積み上がっていることになる。
理論的には1000個以上作った装備のうち、350個程度のはずだ。
だけどパッと見て500個以上に思えるから、今日の強化運はすこぶる悪いってことになる。
「はぁ……ついてないなあ……」
「ねえ、あの残骸もっとスマートにできないし?」
ゴミ山を見ながらジュノーが顔を顰めて苦言を呈す。
「無理だよ。数にものを言わせるのが成功への道だから」
成功率100%のスクロールを使えばこんな結果にはならない。
しかし成功率の高いスクロールは上昇値が低いのだ。
作るのならば、最強の装備の方がロマンがあって良いじゃないか。
現状、装備の素材はほとんど無限に集められるといっても過言ではない。
「俺は並の強化には興味ありません」
手間をかけてでも最強の装備を作るんだ!
絶対に諦めないんだ!
ネトゲ廃人だった過去の悪い癖が如実に出ているかもしれないが、妥協を許さないことは今後の生活の安全に大きく関わるので許して欲しいところである。
「はあ……なんだって良いけど、こんな量よくやれるし」
「そこはまあ、慣れだよ、慣れ」
「慣れでここまでやれるしー? ずーっと同じ作業の繰り返しだし?」
「でもジュノーだって、パンケーキは飽きずに無限に食べられるだろ?」
「うんっ! 好きだからっ!」
積み上げられた残骸を見て辟易していたジュノーは、パンケーキの話題になると一気に笑顔を取り戻す。
食べてもいないのに、ワードだけで満面の笑みになるとは、さすがパンケーキ師匠。
「それと同じで、俺も好きだからやってんの」
「へ~、変わった趣味だし」
「……」
こいつに変わっていると言われてしまったら、なんだかもう終わりな気がした。
もう放っておいて強化の続きを頑張ろう。
期待値で語るなら、1000回作れば350個は成功したものが残る。
これを1000個溜まるまで繰り返し、二度目の挑戦を行うのだ。
この工程を何度も何度も行うことによって、30%の確率を七回全て乗り越えた最高傑作が出来上がる。
「絶対に不可能じゃない、数をこなすだけの簡単な作業だ。今日中に一気にやってしまうぞ!」
「わかったけどトウジ、このゴミの山どうするし?」
はいはいわかりましたとばかりに溜息を吐きながら、後ろを指さすジュノーである。
「うーん、確かに千どころか万単位の作業になりそうだからなあ……」
広い部屋を使って作業をしているとしても限度はある。
ジュノーは、ダンジョン内部がゴミ装備で散らかるのは嫌っぽい。
「あ、そうだ」
あとで1個1個分解するのは大変だなと思ったので、俺はアレを作ることにした。
「ジュノー、仕事をやろう」
「仕事? なになに? とりあえず話を聞かせてくれし」
とりあえず話を聞かせてくれとか、俺の受け売りかよ……まあいいや。
作業の手を止めて、一旦錬金術の職人技能で別のものを作る。
作ったものは、【巨匠】級分解機だ。
「……? なんだし、これ……?」
黄色だか紫だかの禍々しい色合いに変化し続ける水溶液で満たされたガラス製の巨大な瓶に、アイテムの投入口と排出口が取り付けられた装置。
「ジョウロ……?」
その装置を前にして、ジュノーが口をあんぐりとさせて首を傾げる。
「分解機だよ」
「分解機?」
説明しよう。
分解機とは錬金術の技能を持たなかったり、持っていても技能レベルが低かったりするプレイヤーでも、お金を払うことで入れたものの分解ができる素晴らしい装置なのである。
レベルの高い装備は、技能レベルが低いプレイヤーには分解できないことがあるので、そのお助け装置として分解機というものがある。
毎日同じ時間帯、同じ場所にこれを置いておくと、勝手に知らないプレイヤーたちが集まって、待ち合わせ場所に使われ始めるなんてこともあったなあ。
小金も稼げるし、あの人は分解機を置いてくれる良い人、なんて感じに受け取られるので、自尊心を満たすためだけにやっていたことがある。
「一回の分解で100ケテルかかるけど、まとめて処分できるから楽だよ」
これの利点は、他のプレイヤーでも利用できるという点だ。
つまり、俺じゃなくても分解ができるということ。
ジュノーの仕事とは、ゴミ山をこれで一気に処分することなのである。
「わああ! トウジがやってることができるし? どうやって使うし?」
「硬貨と一緒に装備を入れたら勝手に分解されて出てくるよ」
実際に銅貨を一枚入れて、次に装備を一つ投入口に放り込む。
すると、シュウウウウと音を立てながら水溶液の中に入った装備が消えていき、元となった素材の一部や分解による副産物へと変わり、排出口からポンッと飛び出した。
「おおぉ~~~~~~~っ!」
その様子を見て、ジュノーは目をキラキラと輝かせている。
「次あたし! あたしがやる! やるし! やらせろしっ!」
「ほいほい、頼むぞー」
分解にケテルを消費するが、手間をかなり省けるのは楽だ。
最初からこれを作っておけば良かったのかもしれない。
「おおおお! 面白いし! これ、パンケーキ入れたらどうなるし?」
「やめておいた方が良いと思うけど」
元になった材料が吐き出されるとは思うが、還元率は100%ではない。
確実に量が減った状態で出てくるのだ。
つーか食べ物で遊ぶなもったいない、ポチが見たらキレる。
しかし、ゲームでは装備類しか分解できなかったが、異世界では何でもありのゴミ処理機として機能してしまう。
分解機を用いたゴミ処理機能を、このダンジョンに構築するのはどうだろうか。
異世界の人々が普通に使えるのならば、ゴミ回収でも一儲けできそうである。
ただのゴミでも分解機を通せば何かしらのアイテムになるから、ウハウハだ。
とりあえず果てしない強化と合成の作業が一段落したら考えよう。
「おわったぁー!」
「おう、お疲れさん」
ググーッと背伸びをするジュノーに労いの言葉をかける。
そう、俺はついに粗方の作業を済ませたのだ。
無限に続くかと思われた、強化と合成による潜在能力の厳選を終わらせたのである。
途中でスクロールが足りなくなりそうだったのだが、俺が大量に買ったので、デプリの上層部が勘違いして大量に刷りまくった勇者の本を分解してことなきを得た。
「終わってみれば、今回の強化運は微妙だったなあ」
まあ、こういう日もある。
数にものを言わせれば、いずれ成功するだけマシだ。
おかげでインベントリ内もかなりスッキリした。
さらなる高みを目指すには、より膨大な時間が必要だが、また毎日採掘して、コツコツ次の分を溜めようか。
「疲れたから甘いものが食べたいし!」
「ポチに言えば作ってくれるだろ」
「今日の食後のデザートは十段パンケーキでいいし? いいし?」
かなり働いたぞ、と言いたげなオーラで擦り寄ってくるジュノー。
「うーん……」
あまり甘やかすのもどうかと思うが……。
「頑張りを見るし! トウジも快適になったし!」
「じゃあ、今日だけ特別な」
「わーい!」
長時間の作業の結果、大量に出てしまうゴミ装備をジュノーはせっせと分解機につっこんで、さらにはダンジョンで一度吸収し、素材ごとに分けてくれた。
さすがダンジョンコア、万能としか言えない能力である。
十段重ねという頭の悪いパンケーキも今日だけは許そうか。
「うーむ、この部屋の下にもう一段層を作った方が良いかな?」
部屋の隅に設置した分解機を見ながら思考を巡らせる。
「なんでだし?」
「滑り台形式にして、その下に分解機の投入口をセットすれば、いちいち手で持って入れに行かなくても勝手に分解できるんじゃないかなと思ってね」
分解された素材はダンジョンで吸収してカテゴリー別に分ければ、放り込むだけの全自動分解機の完成だ。
「おお~! トウジなかなかやるじゃん!」
「へへ、伊達にネトゲ廃人してないぜ」
俺が唯一誇れる部分はそれくらいなもんだ。
「でも滑り台にしなくても、そこに置いたらダンジョンの中を移動して勝手に挿入口に落とすようにできるから、いちいち分けなくても大丈夫だし!」
「そうなの?」
「うん! そこで見てるし!」
元気に頷いたジュノーが腕をかざすと、分解機がグググとダンジョンの床に吸い込まれた。
そして壁際にズオオオと半分めり込んだ形で出現する。
「えっとねー、ここに全部集まって入ってー」
「ふむふむ」
「出てきたものはこっちで集まってー」
「なるほど」
「で、反対の壁に棚を作ってそこに勝手に出てくるようにして……できた!」
「おおおおっ!」
あっという間に、部屋の半分にゴミを置くと勝手に分解されて、反対側の壁際に作られた棚に吐き出されるという全自動分解機が作り出されてしまった。
ダンジョンコア……本当に恐ろしい子!
「よくわからない素材は、その他ってところの棚に適当に分けてもいい?」
「うん、バッチリだ。偉いぞ」
「えへへー……」
珍しく有能な働きをしたジュノーの小さな頭を指先で優しく撫でてやると、彼女はくすぐったそうに首をすくめて喜んでいた。
試しに適当な装備を作ってゴミ置き場に投げ込んでみる。
「おおお!」
ズズズと地面に吸い込まれて分解機の中に入ったのが確認でき、そのまま分解されて種別ごとの棚に素材がしっかりと分けられて出現した。
ソート機能も完璧じゃないか!
大量に狩った魔物も、ここに適当に投げ込むだけで勝手に分解されて出てくる。
必要なお金は事前に入れておけば本当に全自動分解機。
「今日のジュノーは、スーパージュノーだな」
「本当⁉ だったらバニラアイスも所望するし‼」
「ポチに伝えておくけど……バニラが残り少なかったら諦めろよ?」
デザートにフル活用した結果、もらった分は枯渇しかけているのだ。
俺だって今のジュノーにはバニラアイスを食べさせてあげたいけど、ないものはない。
「むー……どこにあるし、バニラ!」
「確かタリアスって国にあるダンジョンだってラブが言ってたような……」
「だったら今すぐそこに取りに行くし! うちで育てるし!」
「飛行船ができてからだな」
長距離の移動は、できる限り飛行船が完成してから行いたい。
その前に、タリアスのダンジョンコアについて、断崖凍土のダンジョン管理者代行であるラブに聞いておかなければならない。
話が通じる相手なのか、そうじゃないのか。
穏便に済むのならば、いちいち大変な思いをしなくてもバニラをもらえるだろう。
「飛行船早くできないかなー!」
「できたらタリアスなんてすぐだよ。まあ、その前に一旦ラブのところへ行こうか」
「え! ラブっちのところ? 行く行く、行くし!」
ラブはジュノーにできた、ダンジョン繋がりの友達であり、甘いもの同盟の仲間。
たまには遊びに連れて行って交流させてあげないと寂しかろう。
俺も最上位のガーディアンからドロップする装備が欲しいし。
「ラブっちどうしてるかな~? 会えるの楽しみだし~!」
「そうだな」
え? 最上位のガーディアンなんてジュノーに作らせれば良いじゃないかって?
ふっ、無理だな、無理無理。
今日は珍しく有能だったが、こいつは基本的にポンコツの部類だ。
一度任せると、とんでもないガーディアンを作りかねない。
出会った当初が良い例だろう?
絶対面倒臭いことになるから、俺は野菜モンス以外は絶対に飼わんのだ。
住まいは可能な限り安全にしたい。
もっとも、ダンジョン拡張分の魔力は、各所に配置したドアと潜在能力持ちの装備用に全て使用しているから、やろうと思ってもできないのである。
そもそも今はギリスを拠点としているが、勇者絡みの面倒ごとが舞い込んできた瞬間、俺は他の国に鞍替えするつもりだから無駄に拡張することはない。
「よし、そろそろ飯の時間だから戻るぞ」
「はーい」
とにかく、休日に終わらせようと思っていたことが全てできた。
明日からは飛行船に必要な素材があればすぐに取りに行くべく、冒険者業の再開である。
他にもやりたいことは色々とあるのだけど、一つ一つ確実に進めていこうか。
◇ ◇ ◇
翌日、早速オカロとオスローのいる研究所へ、前々から渡そうと思っていた素材を持って足を運んだ。
「……液体の魔力ガス? 情けなく退陣に追い込まれてしまった中年よ、知っているかね?」
「……うーん、高密度の状態で液状化するなんて、僕知らないよ?」
研究室にデデンと置かれた魔力ガス入りのタンクを前に、神妙な顔をする二人。
どうやら気体だと思っていたものが液体で持ち込まれたことに驚きを隠せないようで、二人の研究者は、魔物のカラフルバルンから採取した大量の気体や皮よりも、ファントムバルンからドロップした魔力ガスのタンクがすごく気になるようだった。
「トウジ、これはどこで手に入れたんだ?」
「ファントムバルンを倒してタンクに入れたら、こうなってたよ」
まさかドロップしましたとも言えずに、オスローに適当な説明をしておく。
主従の腕輪を壊した際も、説明する時は合成したり分解したりするスキルを持っていることにしておいた。実際にそんな感じなのだから、間違ってないよね?
「ふむ……水を沸かすと水蒸気となる……逆に水蒸気を冷やすと水となる……その法則が魔力を含んだ特殊な気体にも当てはまるというのだろうか……?」
顎に指を当てて深く考え始めるオスローに、オカロが言った。
「娘よ、そもそも魔物の中にある存在が気体だと思っていることが間違いじゃないかな?」
「技術屋が理論派である私に意見するのか、中年」
「その中年っていうのやめてもらえる? パパ傷つく」
実の娘に中年中年と言われて、地味にダメージを負ってふらつくオカロ。
足に来てるな……。
愛娘の辛辣な言葉は、父親にとってはボディーブローと同じである。
この二人は、オスローの失踪事件を経て再会してからずっとこんな感じだった。
しばらく顔も見ていないようなことをオカロは言っていたから、上手く距離を詰められないのは仕方のないことである。オスローはあんなだしな。
だが、俺は知っているぞ。
二人とも、自分のケツはしっかり自分で拭おうとするタイプだってことを。
根っこの優しい部分も似ているから、こいつらはしっかり血の繋がった親子なのである。
「まあいい、とりあえず思ったことを話してみろ父親」
「なんかトゲトゲしいなあ……えーと、ゴホン」
娘の口調に引っ掛かりを感じながらも、父オカロは咳払いして説明を始めた。
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