35 / 64
夢見る権利とシャボン玉のマーチ3
しおりを挟む
夕暮れがリビングをオレンジ色に染める。
僕はいろんなショックで動けないまま、しばらく呆然としていた。
あーさんに小説家になるな、と言われたこと。
百パーセントではないけど、なんとなく気持ちがばれていたこと。
いろんなことが澱になって、僕の心をぐちゃぐちゃに濁らせていく。
あーさんは相変わらず、部屋にこもって、出てこない。
締め切り前みたいな籠城。あーさんの部屋には小型の冷蔵庫と、固形の食べ物が多少あるから、もしかしたら今日はもう、出てこないつもりかもしれない
はあ……。こんなはずじゃなかったのになあ。
計画ではもう少し徐々に僕が小説家になりたいってことを明かしていくつもりだった。
こんなところで、勢いに任せてぽろっと言うべきじゃなかった。
頭、冷やしたい。風にでも当たろう。
僕はリビングからベランダに足を運んだ。
こういう、もにゃっとした気持ちがたまってしまった時、タバコを吸う人の気持ち、すごくわかるなあ。
外に出て、何も考えずにタバコを吸えたら、少しは気持ちが立て直せるかもしれない。
ベランダには、体を包み込むような形の背もたれが籐に似せたプラスチックでできた一人掛けのガーデンソファと揃いのガーデンテーブルが置かれている。
この一人掛けのガーデンソファは、あーさんが愛煙家時代から愛用していたものだ。
タバコを吸っていた時は、ここに腰掛けてすぱーっとやっていたってわけだ。
僕はそこにどかっと腰をかけて、夕暮れに染まる空をぼんやりと見ていた。
ふと、洗濯バサミを入れている小さな籠に視線を落とす。カゴの中には、両手サイズの水色ストライプ柄のポーチが入っている。
僕はそれに手を伸ばし、中身を取り出す。
中には、シャボン玉液と吹き棒が入っていた。
蛍光グリーンの吹き棒の側面にはマジックペンで『あまね』『ひとし』とそれぞれの名前が書き込まれている。
僕がこの家にきた時から、あーさんはたまにシャボン玉を吹いていた。
この家にきたての時、僕はまだ十歳だったから、合わせようとして吹いているのか? と最初は思ったけど、あーさんは紛れもなく、自分が楽しいから、という理由で原稿が煮詰まるとシャボン玉を吹いていた。
大人がシャボン玉吹いてる、と最初は面食らったけど、あーさん曰く「楽しいものは大人になっても楽しい」らしい。
もしかしたら、禁煙し初めて口寂しくなって、シャボン玉を吹いていたのかも。
楽しそうに遊ぶ大人を見ていると、こちらもうずうずしてくる。僕もやりたい、とあーさんにお願いして、専用の吹き棒を百均で買ってもらった後は、僕も夢中になって遊んだ。
あの頃は本当に、楽しかった。
ゲラゲラ笑ってはしゃぐあーさんを見て、大人もこんなにはしゃぐんだって知って、何だか安心した記憶がある。
僕は久しぶりにシャボン玉液の蓋をあけ、吹き棒に液をつける。
ふうーと吹くと、風に乗って、いくつもの球体が街の方へと流れていく。
同じシャボン玉を吹いているはずなのに、幼い頃の僕が吹いたシャボン玉と違って、今日のシャボン玉はどこか覇気がなく、寂しげに見えた。
ああ……これから、どうしよう……。
一人で吹くシャボン玉は、泣きそうなくらい寂しくて、つまらなかった。
僕はいろんなショックで動けないまま、しばらく呆然としていた。
あーさんに小説家になるな、と言われたこと。
百パーセントではないけど、なんとなく気持ちがばれていたこと。
いろんなことが澱になって、僕の心をぐちゃぐちゃに濁らせていく。
あーさんは相変わらず、部屋にこもって、出てこない。
締め切り前みたいな籠城。あーさんの部屋には小型の冷蔵庫と、固形の食べ物が多少あるから、もしかしたら今日はもう、出てこないつもりかもしれない
はあ……。こんなはずじゃなかったのになあ。
計画ではもう少し徐々に僕が小説家になりたいってことを明かしていくつもりだった。
こんなところで、勢いに任せてぽろっと言うべきじゃなかった。
頭、冷やしたい。風にでも当たろう。
僕はリビングからベランダに足を運んだ。
こういう、もにゃっとした気持ちがたまってしまった時、タバコを吸う人の気持ち、すごくわかるなあ。
外に出て、何も考えずにタバコを吸えたら、少しは気持ちが立て直せるかもしれない。
ベランダには、体を包み込むような形の背もたれが籐に似せたプラスチックでできた一人掛けのガーデンソファと揃いのガーデンテーブルが置かれている。
この一人掛けのガーデンソファは、あーさんが愛煙家時代から愛用していたものだ。
タバコを吸っていた時は、ここに腰掛けてすぱーっとやっていたってわけだ。
僕はそこにどかっと腰をかけて、夕暮れに染まる空をぼんやりと見ていた。
ふと、洗濯バサミを入れている小さな籠に視線を落とす。カゴの中には、両手サイズの水色ストライプ柄のポーチが入っている。
僕はそれに手を伸ばし、中身を取り出す。
中には、シャボン玉液と吹き棒が入っていた。
蛍光グリーンの吹き棒の側面にはマジックペンで『あまね』『ひとし』とそれぞれの名前が書き込まれている。
僕がこの家にきた時から、あーさんはたまにシャボン玉を吹いていた。
この家にきたての時、僕はまだ十歳だったから、合わせようとして吹いているのか? と最初は思ったけど、あーさんは紛れもなく、自分が楽しいから、という理由で原稿が煮詰まるとシャボン玉を吹いていた。
大人がシャボン玉吹いてる、と最初は面食らったけど、あーさん曰く「楽しいものは大人になっても楽しい」らしい。
もしかしたら、禁煙し初めて口寂しくなって、シャボン玉を吹いていたのかも。
楽しそうに遊ぶ大人を見ていると、こちらもうずうずしてくる。僕もやりたい、とあーさんにお願いして、専用の吹き棒を百均で買ってもらった後は、僕も夢中になって遊んだ。
あの頃は本当に、楽しかった。
ゲラゲラ笑ってはしゃぐあーさんを見て、大人もこんなにはしゃぐんだって知って、何だか安心した記憶がある。
僕は久しぶりにシャボン玉液の蓋をあけ、吹き棒に液をつける。
ふうーと吹くと、風に乗って、いくつもの球体が街の方へと流れていく。
同じシャボン玉を吹いているはずなのに、幼い頃の僕が吹いたシャボン玉と違って、今日のシャボン玉はどこか覇気がなく、寂しげに見えた。
ああ……これから、どうしよう……。
一人で吹くシャボン玉は、泣きそうなくらい寂しくて、つまらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
fall~獣のような男がぼくに歓びを教える
乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。
強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。
濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。
※エブリスタで連載していた作品です
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ミルクと砂糖は?
もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる