燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

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現実を見た者と夢を描き続ける若人1

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 僕が将来の夢を口にしてから、あーさんとの暮らしはどこかぎくしゃくしていた。

 あーさんは毎朝、学校へいく前、見送りをしてくれていたのに、僕と顔を合わせたくないのか、早めに仕事を初めてしまう。
 でも、ダイニングテーブルには養育者の義務を果たそうとしているのか、朝食と、普段は作らないお弁当が綺麗にセットされている。

 冷える朝、それを一人で口に詰め込んでいく作業はひどく虚しい。
 ああ、僕は一人でご飯を食べることになんの楽しみを感じないのだな、ということに唐突に気がつく。

 あーさんと食べる朝食はいつもなんでかわからないけれど楽しいから。いつも、僕とあーさんが食べているのは食パンとコーヒーとジャムだけの簡素だけど、ホテルで食べる朝食みたいに美味しかった。

 好きな人と食べる、ということが最高のスパイスだったのだ、ということを思い知らされる。味のしない食パンを口の中に無理やり詰めてコーヒーで流し込む。



 こんなはずじゃなかった。
 今日も行きたくない気持ちをうまく宥めて、学校へ向かう。 

 そのまま、ブルーな気持ちを引きずりながらも、なんとか四時間目まで倒れずに乗り切って、昼休み。
 誰とも話す気分になれず、僕は一人、裏庭に向かう。

 裏庭は、選択授業で使う教室の裏にある。日当たりはそこまでよくはないが、大きなクスノキがシンボルツリーのように植えてあり、それを囲むようにベンチが設置されていた。

 表の庭に比べれば小さな空間だ。他の生徒達は教室や表にある庭で昼食を取ることが多いので、誰も来ない裏庭はゆっくり過ごしたい時にはぴったりの穴場スポットである。
 お弁当の蓋をパカっと開いたら、後ろから声がかかる。

「うまそうな弁当だな」
「赤坂先生」

 声をかけたのは今日も花を背負ったような煌びやかさを持った、赤坂先生だった。どうしてか今日は赤坂先生の様子がいつもよりくたびれて見える。

「俺もここで食べよっかな……」

 赤坂先生は僕が座っていた隣のベンチに座り、購買で買ったであろう袋からジャムパンを取り出した。

「職員室で食べないんですか?」
「職員室はなあ……。ちょっと女性の先生の視線が痛いからなあ」

 言いにくそうな声音だったけれど、僕はああ、と納得してしまう。

 この美貌だから、生徒達だけではなく先生達にも人気なんだろう。しかも、アイドル的に楽しむ生徒たちと違って、独身の先生達にとって、同じ土俵に立つイケメンは絶好の狩り対象になってしまうに違いない。

 赤坂先生は、自分がイケメンであることをひけらかして生きていきたいタイプでは全くなさそうだし、それどころか小説を一人書くような地味なタイプ(小説を書く人間は大体地味な性格をしていると僕は思う、完全に偏見)だから。
 きっと外見で引っかかった人たちに、いちいち声をかけられたりするのが鬱陶しくてたまらないんだろう。

 イケメンもここまでくると不憫なのかもしれない。僕は同情して、同席を許した。

 そうだ、今のあーさんに聞けないこと、赤坂先生にだったら、聞けるじゃん。

「先生、質問してもいいですか?」

 赤坂先生はジャムパンを大きな口で頬張った後、微かにキョトンとした表情を見せた。

「……婚活関連以外だったなんでもいいぞ」

 疲弊した様子から、どれだけ赤坂先生がいろんな人に狙われて追いかけ回されているのかが、垣間見えた。

「そんなこと聞くわけないじゃないですか。僕が聞きたいのは小説のことです」

 赤坂先生は一瞬、キョトンとした顔をした。

「俺が小説家デビューしてたって、周に聞いたか?」
「はい。聞きました。それで……。僕の小説家になりたいと思っているんです」
「そうかあ。じゃ、周は複雑だろうな」

 赤坂先生は困ったように笑った。赤坂先生も小説家になることをよく思っていないのが明白にわかった。それがわかった上で、だからこそ、赤坂先生に聞いてみたいことがあった。

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