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番外編
上官とその奥方
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帰宅しようとしたとき、わたし宛に荷物が届いていると事務方に声をかけられた。受け取った箱は、軍部では滅多に見ない可愛らしいものだ。
(誰からだろう……?)
そんなことを思いながら帰宅し、包装を解いて箱を開けた。すると中身はチョコレートで、繊細な透かし模様の入ったカードが添えられていた。そこには先日の剣技大会のお礼と、ツバキという名前が書かれていた。
ツバキという文字に、ふっと口元が緩む。上官の奥方である彼は、元男娼とは思えないほど普通で可愛らしい方だった。
“王城門の巨石”と呼ばれている我が上官が結婚したと聞いたとき、軍部のほとんどが驚きざわめいた。恋の噂もお見合いの話も一切なかったはずだがと話していると、相手が元男娼だと判明しさらに驚かされた。
そのうえ直前に少将へ昇進したのもその元男娼を身請けするためだとわかり、多くの軍人が「まさか」とざわついた。部下のなかには、その元男娼こそが大将閣下の差し金なのではと疑う者がいたくらいだ。
以前から、大将閣下がアララギ少将を自分の味方に引き入れようとしていたことは、軍部では有名な話だ。男娼を使って骨抜きにし、地位を与えることで言うことを聞かせようという策略ではないかと誰もが疑った。
ところがよくよく話を聞くと、どうも違うような気がする。それに、奥方の話をするときの少将は明らかに普通とは違い、心底惚れているのだというように優しい表情を浮かべている。恋にも宝飾品にも興味がなかった少将が、「妻とお揃いなんだ」と言いながら短刀につけた碧玉を嬉しそうに眺める。
これは本気の恋を成就させたのかもしれない――わたしたちは、そう推論した。少将の微笑みをうっかり目にした者たちはあまりの豹変振りに卒倒するほどで、あの笑みは間違いなく本心から出たものだと悟るしかなかった。
それから程なくして、奥方が軍部に書類を届けに来るという事件が起きた。「本当に大将閣下の企みではないのか」と気になった何人もが奥方を見に行ったが、全員が「あんなに可愛らしい元男娼なんて見たことがない」と口を揃えた。「見た目は普通なのに、どうして可愛らしいなんて言うんだ?」と疑問に思っていた者たちも、先日の剣技大会で大いに納得することになった。
「それにしても、可愛らしいチョコレートですね」
箱の中には、少しずつ形が違う一口大のチョコレートが六個並んでいる。剣技大会のとき、チョコレートが好きだというツバキさんと美味しいお店の話を少ししたから覚えていてくれたのだろう。
「それにしても、まさかお礼の品が届くなんて思いもしなかった」
ただ上官命令で案内しただけなのに、これでは逆に申し訳なく思ってしまう。
「たしかに、高級娼館にいたとは思えない人ではあるかな」
剣技大会のときの様子を思い出すと、つい口元がほころんでしまう。感情が表に出やすいのも元男娼としては珍しい。コロコロ変わる表情や仕草はやけに可愛らしくて、思わず微笑んでしまうほどだ。
そう、我らが上官の奥方は、まるで子どものように可愛らしかった。背丈はわたしとそう変わらないのに、やけに庇護欲を刺激されるからか軍部ではすっかり人気者になっている。
それに気づいた少将閣下は、近頃ではツバキさんの名前が聞こえるだけで苦虫を潰したような表情になる。うっかり「少将の奥方は可愛らしいぞ」なんて言おうものなら、眼力だけで殺されそうになるくらいだ。
ちなみに剣技大会の翌日、ツバキさんに自己紹介した軍人全員が地獄の特訓を受けさせられたのは言うまでもない。
「少将閣下があれほど嫉妬深かったとは、意外でしたね」
いや、自分の伴侶が軍人たちに必要以上に気に入られるのが困るという気持ちは、わからなくはない。軍人たちのなかには、自分と似たり寄ったりの体格の男を相手に性欲を発散させる者たちがいる。というより、多くの軍人が手っ取り早く軍部内で肉体関係を持っていた。
ツバキさんは、背丈だけでいえば標準的な軍人に近い。それなのに軍人が絶対に持ち得ない不思議な魅力を持っている。可愛らしさと言い子どものような表情と言い、そういうところが軍人の心を刺激するのだろう。だから少将閣下はひどく心配するのだ。
「……その気持ち、わからないでもないかな」
結婚したばかりのわたしも、日々同じような不安を抱いていた。
わたしの伴侶は軍人だ。しかも、体格にも才能にも恵まれた軍人たちが揃う近衛隊に所属している。もし彼の恋愛対象の条件に“軍人らしい体格”や“軍人としての強さ”があるとしたらと考えるだけで心配になる。
「……いや、わたしとは違うか」
少将閣下なら、相手が誰であってもツバキさんを守り抜くだろう。でなければ、大勢の貴族たちがいたあの部屋でツバキさんを抱きしめたりはしなかったはず。
「あれも、一種の牽制……いや、虫除け、かな」
“我が伴侶に手を出せば、どうなるかわかっているだろうな”
あのときの少将からは、そんな雰囲気がこれでもかと感じられた。あれでは大将閣下に与する方々も、うかつにツバキさんに接触はできないだろう。……いや、単純に自分の欲のためであれば、何かしらする人物もいそうな気はするけれど。
「少なくとも五、六人はいたような……」
少将閣下に抱きしめられる前後、ツバキさんを熱心に見ている貴族がそのくらいはいた。さすがに堂々と口説く人はいないにしても、他人のものに手を出したがる貴族は結構いる。ツバキさんが、そういった悪癖に晒されなければよいがと心の底から願う。
「……そんな強者は、さすがにいないか」
そんな怖い者知らずは王子殿下方だけだろう。
「殿下方は、本当に怖い物知らずでいらっしゃる」
思い出すだけでため息が漏れた。
第一王子殿下がツバキさんを抱擁したと伴侶から聞いたときには血の気が引いた。何か起きるのではないかと心配したが、聞けばその前に妃殿下がツバキさんの頬に口づけをしたのだという。なるほど、妃殿下にぞっこんの殿下は、それに対する仕返しをされたのだ。
それでも、一歩間違えれば軍部と王家の確執になりかねない行為だ。ただでさえ大将閣下と王家のあいだに亀裂が入りかけているというのに、殿下は……。
「どうした? 食べないのか?」
「……お、かえり、なさい。今夜は、泊まりだったのでは?」
不意に背後から声をかけられて、肩が跳ねるほど驚いてしまった。振り返れば、明日の朝まで第二王子殿下の護衛だと言っていたはずの伴侶が立っている。
「あー、うん、その予定だったんだけどな。殿下から『ヒイラギのところに行くから帰っていいよ』って言われてなぁ」
「……また縛られるんじゃないですかね」
「俺もそんな気がしてる」
そう言って苦笑する伴侶に、わたしも苦笑いで答えた。第二王子殿下は、昔から近衛隊隊長であり側近でもあるヒイラギ中将に夢中だった。過去に何度も夜這いをかけていらっしゃるようだが、これまで一度として成功したことがない。夫の話では中将閣下も殿下に心を寄せているということだけれど、思いを受け止めるのはなかなか難しいのだろう。
わたしたちのように一介の軍人なら同性婚も問題ないだろうが、モクラン殿下は王位継承第二位の地位にいらっしゃる。そう簡単に男の妃殿下を迎える許可が出るとは思えない。
思えないけれど、そろそろ風向きが変わりそうな気もしている。
「そのうち、ズイカ妃殿下が何かされそうな気がしますね」
「あー、そうだなぁ。妃殿下は、やたらと軍人の婚姻に熱心だって話だもんなぁ」
「軍人というよりも、殿方同士の色恋に興味がおありなんだと思いますよ?」
「えぇ? ほんとに? はぁー、そりゃまた珍しい。だって妃殿下のすぐ上の兄君って、ほら……」
「どうでしょうね。身内はまた別ということじゃないんですか?」
「うーん、そんなもんなのかねぇ」
妃殿下のすぐ上の兄――大将閣下の四番目のご子息は、高級娼館の男娼に入れ上げた挙句、金品を使い込んで地方の領地に飛ばされたと聞く。大将閣下はそれはもう烈火のごとくお怒りだったとかで、まだ輿入れ前だった妃殿下も随分呆れていたと少将閣下から聞いたことがあった。
「それに、先日少将閣下のお伴で妃殿下にお目通りした際に、あなたとの仲はどうかとお尋ねでしたし。同性婚をしている軍人はすべて記憶されているようでしたよ?」
「へぇ……って、なんで妃殿下に二人の仲を聞かれるんだ? 俺たち新婚だぞ? 仲がいいに決まってるのに、何でだ?」
「さぁ?」
理由なんてよくわかっている。目の前で首を傾げる我が伴侶は、昔から軍部でも人気が高い人間だった。既婚者になったいまでも、陰では間男を狙っている軍人が多いと聞く。それを妃殿下は聞きつけたようで、「あなたの伴侶は色男で有名だそうね」とおっしゃられたときには、苦笑するしかなかった。
(そういえば、おもしろいことをおっしゃられていたな)
話のなかで、妃殿下にヒイラギ中将閣下に似ていると言われた。どこが似ているのかはわからないけれど、「あなたがどなたかに手込めにされないか、そちらのほうが心配よね」と言われたことは黙っておいたほうがいいに違いない。モクラン殿下に仕えている伴侶が知れば、きっと複雑な顔をすることになる。
「まぁいいや。で、そのチョコレート、買ってきたのか?」
「いえ、これはアララギ少将閣下の奥方からのいただき物なんです」
「へぇ、噂の」
「近衛隊でも噂が?」
「うん。モクラン殿下が『巨石の奥さん、めっちゃ可愛らしかった』って言って回ってたし」
「…………どなたかお止めになったほうがいいですよ。そのうち血の雨が降りかねません」
「あぁ、それなら大丈夫。中将が恐ろしくきれいな笑顔を浮かべてたから」
あぁ、なるほど、それで殿下は夜這いに……。いや、それでは今夜も失敗するだろう。ヒイラギ中将閣下は嫉妬されたのではなく、最も効率よく、かつ手早く口止めされただけなのだろうから。
「……いや、もしかしたら、そろそろ本気になられたという可能性も……?」
我が上官が奥方を迎えて以来、軍部のあちこちで結婚する者が増えた。おそらく少将閣下の不気味なほど幸せそうな姿に当てられ、それほど幸せになれるのならばと決意した者たちが続々と現れているのだろう。
「ま、殿下と中将のことは、そのうち丸く収まるんじゃないか? ……それより、せっかく帰って来れたんだから、今夜は一緒に眠りたい」
「明日は、お休みですか?」
「うん、休みはもぎ取った。おまえも休みだろ?」
艶やかに笑う伴侶の視線が色気を増す。わずかだけれど、少将閣下がツバキさんを見るときの眼差しに似ているような気がした。
あのお二人は、傍から見ていて心底羨ましくなるほどの溺愛夫婦だ。しかし伴侶の表情を見ると、自分たちも似たような状態なのかもしれない。そう思うと、なんだか面映ゆくなってくる。
「ん? どうした?」
「いえ、幸せを噛み締めていました」
素直にそう答えれば、ニヤッと笑った伴侶に情熱的に口づけられた。今夜は我が上官とその奥方に負けないくらい熱く濃密な時間を過ごせそうだと思うだけで、わたしの口元は少将閣下と同じように緩んできた。
(誰からだろう……?)
そんなことを思いながら帰宅し、包装を解いて箱を開けた。すると中身はチョコレートで、繊細な透かし模様の入ったカードが添えられていた。そこには先日の剣技大会のお礼と、ツバキという名前が書かれていた。
ツバキという文字に、ふっと口元が緩む。上官の奥方である彼は、元男娼とは思えないほど普通で可愛らしい方だった。
“王城門の巨石”と呼ばれている我が上官が結婚したと聞いたとき、軍部のほとんどが驚きざわめいた。恋の噂もお見合いの話も一切なかったはずだがと話していると、相手が元男娼だと判明しさらに驚かされた。
そのうえ直前に少将へ昇進したのもその元男娼を身請けするためだとわかり、多くの軍人が「まさか」とざわついた。部下のなかには、その元男娼こそが大将閣下の差し金なのではと疑う者がいたくらいだ。
以前から、大将閣下がアララギ少将を自分の味方に引き入れようとしていたことは、軍部では有名な話だ。男娼を使って骨抜きにし、地位を与えることで言うことを聞かせようという策略ではないかと誰もが疑った。
ところがよくよく話を聞くと、どうも違うような気がする。それに、奥方の話をするときの少将は明らかに普通とは違い、心底惚れているのだというように優しい表情を浮かべている。恋にも宝飾品にも興味がなかった少将が、「妻とお揃いなんだ」と言いながら短刀につけた碧玉を嬉しそうに眺める。
これは本気の恋を成就させたのかもしれない――わたしたちは、そう推論した。少将の微笑みをうっかり目にした者たちはあまりの豹変振りに卒倒するほどで、あの笑みは間違いなく本心から出たものだと悟るしかなかった。
それから程なくして、奥方が軍部に書類を届けに来るという事件が起きた。「本当に大将閣下の企みではないのか」と気になった何人もが奥方を見に行ったが、全員が「あんなに可愛らしい元男娼なんて見たことがない」と口を揃えた。「見た目は普通なのに、どうして可愛らしいなんて言うんだ?」と疑問に思っていた者たちも、先日の剣技大会で大いに納得することになった。
「それにしても、可愛らしいチョコレートですね」
箱の中には、少しずつ形が違う一口大のチョコレートが六個並んでいる。剣技大会のとき、チョコレートが好きだというツバキさんと美味しいお店の話を少ししたから覚えていてくれたのだろう。
「それにしても、まさかお礼の品が届くなんて思いもしなかった」
ただ上官命令で案内しただけなのに、これでは逆に申し訳なく思ってしまう。
「たしかに、高級娼館にいたとは思えない人ではあるかな」
剣技大会のときの様子を思い出すと、つい口元がほころんでしまう。感情が表に出やすいのも元男娼としては珍しい。コロコロ変わる表情や仕草はやけに可愛らしくて、思わず微笑んでしまうほどだ。
そう、我らが上官の奥方は、まるで子どものように可愛らしかった。背丈はわたしとそう変わらないのに、やけに庇護欲を刺激されるからか軍部ではすっかり人気者になっている。
それに気づいた少将閣下は、近頃ではツバキさんの名前が聞こえるだけで苦虫を潰したような表情になる。うっかり「少将の奥方は可愛らしいぞ」なんて言おうものなら、眼力だけで殺されそうになるくらいだ。
ちなみに剣技大会の翌日、ツバキさんに自己紹介した軍人全員が地獄の特訓を受けさせられたのは言うまでもない。
「少将閣下があれほど嫉妬深かったとは、意外でしたね」
いや、自分の伴侶が軍人たちに必要以上に気に入られるのが困るという気持ちは、わからなくはない。軍人たちのなかには、自分と似たり寄ったりの体格の男を相手に性欲を発散させる者たちがいる。というより、多くの軍人が手っ取り早く軍部内で肉体関係を持っていた。
ツバキさんは、背丈だけでいえば標準的な軍人に近い。それなのに軍人が絶対に持ち得ない不思議な魅力を持っている。可愛らしさと言い子どものような表情と言い、そういうところが軍人の心を刺激するのだろう。だから少将閣下はひどく心配するのだ。
「……その気持ち、わからないでもないかな」
結婚したばかりのわたしも、日々同じような不安を抱いていた。
わたしの伴侶は軍人だ。しかも、体格にも才能にも恵まれた軍人たちが揃う近衛隊に所属している。もし彼の恋愛対象の条件に“軍人らしい体格”や“軍人としての強さ”があるとしたらと考えるだけで心配になる。
「……いや、わたしとは違うか」
少将閣下なら、相手が誰であってもツバキさんを守り抜くだろう。でなければ、大勢の貴族たちがいたあの部屋でツバキさんを抱きしめたりはしなかったはず。
「あれも、一種の牽制……いや、虫除け、かな」
“我が伴侶に手を出せば、どうなるかわかっているだろうな”
あのときの少将からは、そんな雰囲気がこれでもかと感じられた。あれでは大将閣下に与する方々も、うかつにツバキさんに接触はできないだろう。……いや、単純に自分の欲のためであれば、何かしらする人物もいそうな気はするけれど。
「少なくとも五、六人はいたような……」
少将閣下に抱きしめられる前後、ツバキさんを熱心に見ている貴族がそのくらいはいた。さすがに堂々と口説く人はいないにしても、他人のものに手を出したがる貴族は結構いる。ツバキさんが、そういった悪癖に晒されなければよいがと心の底から願う。
「……そんな強者は、さすがにいないか」
そんな怖い者知らずは王子殿下方だけだろう。
「殿下方は、本当に怖い物知らずでいらっしゃる」
思い出すだけでため息が漏れた。
第一王子殿下がツバキさんを抱擁したと伴侶から聞いたときには血の気が引いた。何か起きるのではないかと心配したが、聞けばその前に妃殿下がツバキさんの頬に口づけをしたのだという。なるほど、妃殿下にぞっこんの殿下は、それに対する仕返しをされたのだ。
それでも、一歩間違えれば軍部と王家の確執になりかねない行為だ。ただでさえ大将閣下と王家のあいだに亀裂が入りかけているというのに、殿下は……。
「どうした? 食べないのか?」
「……お、かえり、なさい。今夜は、泊まりだったのでは?」
不意に背後から声をかけられて、肩が跳ねるほど驚いてしまった。振り返れば、明日の朝まで第二王子殿下の護衛だと言っていたはずの伴侶が立っている。
「あー、うん、その予定だったんだけどな。殿下から『ヒイラギのところに行くから帰っていいよ』って言われてなぁ」
「……また縛られるんじゃないですかね」
「俺もそんな気がしてる」
そう言って苦笑する伴侶に、わたしも苦笑いで答えた。第二王子殿下は、昔から近衛隊隊長であり側近でもあるヒイラギ中将に夢中だった。過去に何度も夜這いをかけていらっしゃるようだが、これまで一度として成功したことがない。夫の話では中将閣下も殿下に心を寄せているということだけれど、思いを受け止めるのはなかなか難しいのだろう。
わたしたちのように一介の軍人なら同性婚も問題ないだろうが、モクラン殿下は王位継承第二位の地位にいらっしゃる。そう簡単に男の妃殿下を迎える許可が出るとは思えない。
思えないけれど、そろそろ風向きが変わりそうな気もしている。
「そのうち、ズイカ妃殿下が何かされそうな気がしますね」
「あー、そうだなぁ。妃殿下は、やたらと軍人の婚姻に熱心だって話だもんなぁ」
「軍人というよりも、殿方同士の色恋に興味がおありなんだと思いますよ?」
「えぇ? ほんとに? はぁー、そりゃまた珍しい。だって妃殿下のすぐ上の兄君って、ほら……」
「どうでしょうね。身内はまた別ということじゃないんですか?」
「うーん、そんなもんなのかねぇ」
妃殿下のすぐ上の兄――大将閣下の四番目のご子息は、高級娼館の男娼に入れ上げた挙句、金品を使い込んで地方の領地に飛ばされたと聞く。大将閣下はそれはもう烈火のごとくお怒りだったとかで、まだ輿入れ前だった妃殿下も随分呆れていたと少将閣下から聞いたことがあった。
「それに、先日少将閣下のお伴で妃殿下にお目通りした際に、あなたとの仲はどうかとお尋ねでしたし。同性婚をしている軍人はすべて記憶されているようでしたよ?」
「へぇ……って、なんで妃殿下に二人の仲を聞かれるんだ? 俺たち新婚だぞ? 仲がいいに決まってるのに、何でだ?」
「さぁ?」
理由なんてよくわかっている。目の前で首を傾げる我が伴侶は、昔から軍部でも人気が高い人間だった。既婚者になったいまでも、陰では間男を狙っている軍人が多いと聞く。それを妃殿下は聞きつけたようで、「あなたの伴侶は色男で有名だそうね」とおっしゃられたときには、苦笑するしかなかった。
(そういえば、おもしろいことをおっしゃられていたな)
話のなかで、妃殿下にヒイラギ中将閣下に似ていると言われた。どこが似ているのかはわからないけれど、「あなたがどなたかに手込めにされないか、そちらのほうが心配よね」と言われたことは黙っておいたほうがいいに違いない。モクラン殿下に仕えている伴侶が知れば、きっと複雑な顔をすることになる。
「まぁいいや。で、そのチョコレート、買ってきたのか?」
「いえ、これはアララギ少将閣下の奥方からのいただき物なんです」
「へぇ、噂の」
「近衛隊でも噂が?」
「うん。モクラン殿下が『巨石の奥さん、めっちゃ可愛らしかった』って言って回ってたし」
「…………どなたかお止めになったほうがいいですよ。そのうち血の雨が降りかねません」
「あぁ、それなら大丈夫。中将が恐ろしくきれいな笑顔を浮かべてたから」
あぁ、なるほど、それで殿下は夜這いに……。いや、それでは今夜も失敗するだろう。ヒイラギ中将閣下は嫉妬されたのではなく、最も効率よく、かつ手早く口止めされただけなのだろうから。
「……いや、もしかしたら、そろそろ本気になられたという可能性も……?」
我が上官が奥方を迎えて以来、軍部のあちこちで結婚する者が増えた。おそらく少将閣下の不気味なほど幸せそうな姿に当てられ、それほど幸せになれるのならばと決意した者たちが続々と現れているのだろう。
「ま、殿下と中将のことは、そのうち丸く収まるんじゃないか? ……それより、せっかく帰って来れたんだから、今夜は一緒に眠りたい」
「明日は、お休みですか?」
「うん、休みはもぎ取った。おまえも休みだろ?」
艶やかに笑う伴侶の視線が色気を増す。わずかだけれど、少将閣下がツバキさんを見るときの眼差しに似ているような気がした。
あのお二人は、傍から見ていて心底羨ましくなるほどの溺愛夫婦だ。しかし伴侶の表情を見ると、自分たちも似たような状態なのかもしれない。そう思うと、なんだか面映ゆくなってくる。
「ん? どうした?」
「いえ、幸せを噛み締めていました」
素直にそう答えれば、ニヤッと笑った伴侶に情熱的に口づけられた。今夜は我が上官とその奥方に負けないくらい熱く濃密な時間を過ごせそうだと思うだけで、わたしの口元は少将閣下と同じように緩んできた。
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