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19 告白

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 絶対に逃さないという気配を漂わせているニゲルを前に、無言を貫くことも誤魔化すこともできなかった。そもそもベッドから起き上がれないのだから逃げ道はない。
 思い出したくもない過去を口にするのは嫌だったが、答えなければ何度でも聞いてくるだろうことはニゲルの様子からわかった。それなら、いまここで話しておくほうがいいかと思い、渋々ながらルークレットのことを話すことにした。

 俺が白手袋の修行を始めたときに出会った剣士だということ、師匠がパーティを組んでいた幼馴染みの息子で師匠共々よく一緒にいたこと、そうして憧れの冒険者だったことを簡単に説明した。それから初恋の人で、初体験の相手だということも話した。
 さすがに初体験で自分から罠にはめるように迫ったことは話せなかった。というより明らかにやらかしているとしか思えない出来事で、そんな過去の汚点は情けなくて話したくない。

 それなのにニゲルという男は察しがよすぎるのか、簡潔に説明した俺の話を静かに聞き終わると、「なるほど、その男が白手袋を諦めるに至った元凶ですか」と言ってのけた。

「え、と……、いや、そうじゃないっていうか、まぁそうなんだけど」
「憧れから恋に発展したのなら、その男に否定でもされて諦めたとか、そういうことですよね」
「……なんで、そう思うんだ」
「だって、憧れの人のそばにいたいから冒険者になろうと思ったんでしょ? かわいいハイネさんなら、目指す原因も諦める原因もその男なんだろうなってことくらいわかります」

 本当にニゲルは四つ年下なんだろうかと、こういうときに実感する。大体セックスも俺よりずっと手慣れていて、年上の俺に何度もかわいいなんて言うのも年下っぽくない。

「何か言われたからいろいろ諦めたんですよね? なんて言われたんです?」
「あー……」

 さすがに言うのはためらわれた。
 初体験のときの言葉がきっかけで、自分は見た目だけなんだと痛感した。いくら美人でも見た目だけの俺には魅力がないことも理解した。
 だからルークレットも「美人だけどそれだけ」だと口にしたのだろう。そのあとに聞いたルークレットの言葉にも傷つき、腹を立て、だからこそ容姿にふさわしい言動をしようと決意した。好きな人のそばにいるためにと努力してきた白手袋への道は、ルークレットへの思いが消えるのと同時にあっさりと諦めてしまった。

 しかし考えてみれば、ルークレットに振り回された人生と言えなくもない。こうして受付になったのもルークレットの影響だし、二十八歳のいままで影響されたまま何も変わっていないような気がしてきた。
 たった一人の男の言葉で白手袋になることを諦め、それでも冒険者からは離れられずギルドの受付になり、そこで初恋の男をたどるように逞しい冒険者とベッドを共にしてきたなんて稚拙すぎる。そんなみっともない姿をニゲルに、……好きな相手に知られるのは嫌だった。

「ハイネさん」
「言えば、呆れるから」
「呆れませんよ」
「絶対に呆れるし、くだらないって思うよ」
「思いませんって。まぁ、かわいいなぁとは思うでしょうけど」

 知られるのは嫌だと思っているのに、優しく言われると「話してしまえ」ともう一人の自分が囁く。

「ハイネさん」

(話したくない……けど、話してもいい気がするな)

 全部話して、俺自身が何もかも過去のことだと振り切りたいのかもしれない。取り繕った俺だけでなく、ろくでもない俺も知ってほしいと思ったりもした。
 それに、ニゲルなら呆れないかもしれない。そうだ、「くだらない話」というニゲルの過去を聞いても、俺は呆れなかったし嫌いにもならなかった。ニゲルも俺と同じ気持ちなら、きっと大丈夫。……とは思ったものの、どうしようもない内容を話すのにはそれなりに勇気がいる。

「ハイネさん」

 いつもと変わらない優しい声が、俺の勇気を後押ししてくれているように感じた。……そうだ、年下なのに甘えさせてくれるところも、ニゲルのいいところだ。それなら、全部話したって大丈夫に違いない。

「…………初めての夜に、あー、その、……美人だけど、それだけだな、って、言われた」

 ボソボソとした声になったが、すぐそばにいるニゲルには聞こえたはずだ。しかし、ニゲルからは何の反応も返ってこない。
 やっぱり呆れたのかと思い、チラッと視線だけを向ける。ニゲルの顔は呆れているのではなく、眉を寄せて何か考えているような感じだった。

「それで?」
「え……?」
「それだけじゃないですよね?」

 初体験のときに言われたのは、それだけなんだけど……。そう思って改めてニゲルの顔を見ると、「全部言ってください」と静かに迫られた。

「…………二日後に、偶然聞いてしまったっていうか、たまたま街で見かけて聞いてしまったっていうか」
「何を?」
「あー……、見た目は抜群でも、寝てるだけなら人形と一緒だよな、とか、」
「とか?」
「美人でも、色気がないとな、とか、」
「とか?」
「かわいげがないと、つまんないよな、とか……、言われた」

 言いながら段々と悲しく……なることはなく、腹が立ってきた。

 きっと俺は恋心も拗らせていたのだろう。初めて好きになった人の言葉を聞いたときはショックを受けたものの、翌日には言いようもないくらい腹が立っていた。好きだった時間が長かったぶん、怒りに変わったのかもしれない。
 あとで気づいたことだが、おそらくルークレットは俺の恋心を知っていたに違いない。自分で思い返してもあまりにわかりやすい態度を取っていたのだから、経験豊富なルークレットが気づかないわけがない。知っていたうえで、あの夜俺を抱いたのだ。
 両親と同じくらい頭が上がらなかった師匠の手前、あくまで俺に誘われたという事実が必要で、酔っ払った振りをした可能性だってある。
 しかし実際に抱いてみると想像していたのとは違ったのだろう。次の日、痛みや微熱で起きられなかった俺を置いてさっさと部屋を出て行ったルークレットは、二日後には友人らしき男にそんなことを話していた。

「もしかして、仕返しとかしました?」

 普段と変わらないニゲルの口調に、呆れたり嫌われたりしていないのだとホッとした。安堵したら、思い出すだけで腹が立っていた出来事も大したことがないことのように思えてきた。そうなると途端に気持ちが軽くなり、さっきまでとは打って変わって口が滑らかに動く。

「どうしてそう思う?」
「うーん、俺の知っているかわいいハイネさんなら、たぶん十六歳でも仕返ししただろうなぁと思って」
「……かわいいは、関係ないと思うけど」
「でも、やったんだ」

 にこりと笑った顔に、うんと頷いた。

「何をしたんです?」
「教えない」
「ここまで話したなら、最後まで話しましょうよ」
「だって、絶対に呆れるから」
「呆れませんって」
「いいや、絶対に呆れる。今度こそ呆れる」
「呆れません。いま話したことだって呆れてませんよ? まぁ、相手の男は潰してやろうかと割と本気で思いましたけど」
「もう昔のことだから、いいんだ。……それに、自分でやったから」
「ほら、やっぱり仕返ししてる」

 チラッと横目でニゲルを見てから天井に視線を戻し、口を開いた。

「仕返しっていうか、ちょっとした薬を飲ませただけだよ」
「薬?」
「そう。俺の師匠は解毒が得意だったんだけど毒にも詳しくて、部屋にはいろんな毒薬があったんだ。もちろん解毒の研究をするために持ってたんだけど、まぁ、中にはいろんな効果の毒や薬があって……」

 いつも穏やかに微笑んでいた師匠と、薄暗くおどろおどろしかった研究の部屋との違いを思い出すと、いまでも少し笑いたくなる。

「ニゲルは蠱惑茸って知ってる?」
「聞いたことはあります。たしか東の国に生えるキノコの一種ですよね」
「うん。この国じゃ珍しいんだけど、師匠の部屋には蠱惑茸とそれを解毒する薬もあったんだ。……蠱惑茸の石づきの赤い部分が、催淫剤になることは知ってる?」
「聞いたことがあるような」
「結構な威力があってね、それを解毒する薬も相当な効果が必要なんだ。で、俺はその解毒薬をたっぷりとルークレットに飲ませた」
「解毒薬のほうを? キノコのほうじゃなくて?」

 チラッと見たニゲルはきょとんとした顔をしていて、思わず「おまえのほうがかわいいよ」と言いたくなった。

「効果の強い催淫剤を解毒するには、肉体的な興奮を強力に打ち消す薬が必要になる。おそらく蠱惑茸の解毒薬は、世界一強力な効果を持っている。それを蠱惑茸に冒されていない体に入れたら、どうなると思う?」

 考えるような顔をしながら、ニゲルの手がゆっくりと俺の金髪を撫でる。そんな仕草も好きだなと思うだけで、口元が勝手に緩んでしまいそうになった。

「催淫効果がないのに、それを強力に抑える薬を飲む……、催淫……、あ、」

 わずかに口を開いたニゲルが、まさかという目で俺を見た。

「肉体的な興奮、つまり性欲を強力に打ち消すことになる。その薬をたっぷり飲ませた」
「つまり……」
「勃起しなくなる。セックスできなくなるってこと」

 少しだけ笑いながら告げた俺に、「うわー……」とニゲルが声を上げた。

「一生勃起しなくなるわけじゃないから、大丈夫だよ」
「あー、まぁ、そのくらいされてもおかしくないことをしたんだし、いいか」
「え、いいの?」
「いいでしょ? だってハイネさんの初めてを奪っておいて、あの暴言だったんですよね? いっそ不能に、いや切り落とされても文句言えないと思いますけど」
「……おまえのほうが怖いよ」
「そうですか?」

 首を傾げたニゲルが覆い被さってきて、頬と唇にキスをされた。

「え、どうしてここでキスなの?」
「仕返しできたことへのご褒美?」
「やったのは十年以上も前だよ?」
「じゃあ、かわいいハイネさんに辛抱できなくなったから」

 いまの話のどこがかわいいのかわからない、そう言おうとした唇は、ニゲルに塞がれて言葉を紡ぐことはできなかった。


 ++++


 目が覚めたあともまだ安静が必要だとニゲルに言われ、結局五日もの間ベッドからほとんど出ることができなかった。その間は夜間の受付をリィナ一人に任せていたことになり、お詫びも兼ねて彼女の好きなお菓子を見繕ってから六日ぶりのギルドへ向かった。

「ハイネ!」
「もう体はいいんですか!?」
「ハイネさんの解毒魔術、すごいじゃないですか!」
「あれで白手袋じゃなかったなんて、嘘でしょ!?」
「さすがは我らが黄金の受付嬢!」

 ギルドのドアを開けた途端にあちこちから声をかけられ、驚いてしまった。酒場のほうからもかけられる声に「大丈夫」、「ありがとう」と返事をしながら受付台へ向かうと、ホッとしたような笑みを浮かべているサザリーがいた。

「心配かけてごめん」
「本当に、うちの受付たちには困ったものね」
「アイクは明日からだっけ」
「えぇ。あっちはあっちで過保護な剣士が目を光らせているから、完全回復するまで外出禁止だったみたいよ?」
「あー、それは……って、やっぱりサザリーも知ってたんだ」
「あら、当然でしょ?」

 ふふっと笑うサザリーに改めて心配をかけたことを謝ると、「街のためにがんばってくれてありがとう」と抱きしめられた。
 サザリーがお詫びの品なんてものは受け取らないとわかっていたから、品物の代わりに一日娘を預かることを提案した。その日は旦那さんと二人で過ごしてほしいと伝えると、珍しく頬を赤くして「ハイネったら」と笑っている。

「あ、ハイネ! もう大丈夫なの!?」
「うん、すっかり。迷惑かけてごめんね」

 いつもどおり元気よくギルドに入ってきたリィナに笑いながらそう答えると、「やだっ、黄金の受付嬢の微笑みがパワーアップしてる!」と、よくわからないことを言われてしまった。

「これ、お詫びに」
「ひゃあ! これ、花のホテルに新しくできたお店のお菓子でしょ!? いいの!?」
「うん、五日間も休んじゃったからね」
「そんなの、全然いいのに! だってハイネがいなかったら、アイクは危なかったんでしょ? それにアイクがいなかったら深傷を負った人たちだって危なかったんだし、ハイネも大変だったんだし」
「うん、でもリィナがいてくれたから休めたのは間違いないから」
「……ハイネ~!」

 リィナには飛びつくように抱きつかれた。サザリーとは違うぎゅうっとした感触に、少しだけ涙が出そうになる。

 はじめは未練を引きずったままギルドの受付をしていた。受付になるための試験は難しかったが、それもルークレットへの腹立たしさを原動力にがんばっていたように思う。
 そんな俺だったけれど、いまはサウザンドルインズのギルドで受付ができることを心の底からよかったと思っている。仲間に恵まれ、仕事も充実し、なにより冒険者たちや街の人たちと過ごす日々は楽しい。

 そんなことをしみじみと思っていたら、「ひゃっ」とリィナが声を上げて飛び退いた。

「あ、あのね! これはええと、そういうのとは全然違うからね!」

 両手をブンブン振りながら必死に話すリィナの視線を追って振り返ると、そこには……。

「ニゲル、睨まない」
「……睨んでませんよ」

 相変わらずのニゲルの態度に、リィナは口元を引くつかせながら受付台の奥に逃げ、サザリーは苦笑をこぼしている。

「おー、ニゲル! しけた顔してないでこっちに来いよ」
「恋人が元気になったんだ、祝い酒といこうぜ!」
「ってことは、今夜はニゲルの奢りか?」
「っしゃあ! 奢りだ、奢り!」
「誰も奢るなんて言ってませんよ」
「ケチケチすんなって!」
「よーし、今夜は黄金の受付嬢を拝みながら旨い酒を飲むぞー!」
「勝手に見ないでください」

 騒がしくなった酒場から声をかけられ、何人もの冒険者に手を引かれるようにニゲルが連れていかれる。そんな後ろ姿を見ながら、くすぐったくも面映い気持ちで胸がいっぱいになった。



 こうして受付としての日常が戻った翌日、俺は昼過ぎにギルドへと向かった。仕事の時間にはまだ早いが、今日はアイクが仕事復帰する日だから気になって部屋にいられなかったのだ。
 そんな俺を見て「気になるのはわかりますから、まぁいいですけど」と、少し不機嫌になるニゲルは何だかかわいいと思う。しかし、それを口にすれば「ハイネさんのほうがかわいいですよ」と言われてベッドに押し倒されかねないので、そっと胸の内にしまってギルドへと向かった。

「アイク!」

 ギルドに入ると、受付台に座るアイクの姿が見えた。思わず声をかけた俺に、ふわふわの金髪を揺らしながら「ハイネさん」と笑い、アイクが受付台から出てくる。

「あの、ありがとうございました」
「それは別にいいんだ。それより、体調は?」
「はい、もうバッチリです」
「そっか、よかった」
「あの、ハイネさんは……?」
「俺ももう大丈夫。昨日から仕事にも復帰してるよ」
「はい、それは聞いてます。……あの、本当によかったです」

 少し潤んだ濃い碧眼が泣きそうに見えて、「大丈夫だから」と言って頭をぽんと撫でた。俺より小柄で撫でやすい位置に頭があるからか、やけにしっくりとくる。それに見た目以上にふわふわな金髪は触り心地がよくて、気がつけば何度も手を動かしていた。

「ハイネさん、そこまでです」
「え?」
「アイクもうっとりしているんじゃない」
「ひゃっ!?」

 背後から手首を握られ驚いている俺の目の前で、アイクが大きな体に後ろから抱き込まれていた。真っ赤になった顔の上には……、少し困ったようなヒューゲルさんの顔がある。

「ヒューゲルさん……?」
「ハイネのおかげで助かったことには感謝している。だが、あまりかわいがらないでほしい」
「は……?」
「それでなくとも、最近はハイネはすごいだとか尊敬するだとか、わたしが落ち着かなくなることを口にするんだ。そういう気持ちがないとわかっていても、少々妬けるくらいでね」
「ちょっと、フロイン!」
「本当のことだろう?」
「だから、僕は仕事の先輩として憧れているだけで、そういうことじゃないって何度も言ったじゃないですか!」
「もちろんわかっているよ。だが、どうしても気になってしまうんだ」
「……っ」

 真っ赤なアイクの顔が、ますます湯だったように赤くなった。それを見つめるヒューゲルさんの碧眼は穏やかに笑いながらも、両手はしっかりとアイクの体を抱きしめている。

(そっか、ヒューゲルさんもアイクのことがちゃんと好きなんだ)

 しかも俺を牽制するくらいには、しっかりと。
 俺が逞しい冒険者としかベッドを共にしないと知っていて、さらに言えば抱かれる側にしかなれないことも知っているのに、それでも嫉妬してしまうくらいヒューゲルさんはアイクのことを好きなんだと、初めてはっきりとわかった。恥ずかしがってはいるものの、逞しい両腕から逃げようとしないアイクも、同じくらいヒューゲルさんのことが好きなのだろう。
 そんな二人を見て、胸の奥がじわりと温かくなる。

「大丈夫ですよ。アイクは後輩として好きなだけですから」

 大事な友人に大切な人ができたことがうれしくてそう告げると、どうしてか今度は俺が背後からギュッと抱きしめられてしまった。

「かわいい笑顔を振りまかないでください。っていうか、頭を撫でるのは一回だけです」
「ニゲルまで、なに言ってんだ」
「これでも最大限、譲歩しているんですからね」
「いや、譲歩って、」
「アイクとどうこうなるとは思ってませんけど、ハイネさんのかわいさをこれ以上見られるのは嫌なんです」
「かわいいって、何言って、って、ちょっと待、っ、……ん……っ」

 硬い手のひらに顎を掴まれた次の瞬間、グイッと後ろを向かされ、痛みに顔を歪ませるよりも先に唇を塞がれてしまった。慌てて身を捩るが現役の剣士の力に勝てるはずもなく、背後から抱きしめられたまま不安定な姿勢でキスが続く。
 息継ぎもままならず、苦しい体勢もあって息が上がり始めた頃、ようやく唇と顎が解放された。

「ニゲル、なにして……」
「かわいいハイネさんは俺のものだと宣言しておきたかったんで」

 息を乱しながら睨んだ俺に、整った顔でにこりと笑ったニゲルは少し大きな声でそんなことを言ってのけた。内容と態度に「は?」と口を開いた直後、酒場のほうから「やるなぁ!」、「ヒューヒュー」と一斉に野次が飛んできた。
 そういえばここはギルドで、酒場には昼食を食べている人だけでなく酒を飲んでいる冒険者もそこそこいるんだったと、いまさらながらのことを思い出した。途端に顔に全身の血が集まり始める。

(夜の駆け引きも猥雑な言葉も、恥ずかしいなんて思ったこともないのに)

 それなのにニゲルに「俺のもの」宣言をされ、野次を受けただけで顔が火照ってしまった。目の前のニゲルをもう一度睨んていると、背後から「なるほど」という声がした。

「宣言というのは効果的だな」
「フロイン……?」

 アイクの「え? え?」という戸惑った声に振り向くと、そこには……。

「ん――……っ!」

 正面から抱きしめられたアイクが、熱烈にキスをされているところだった。身長があまりにも違うせいで、アイクのつま先は床から少し離れてしまっている。それでもがっしりとした両腕に抱きしめられているからか落ちることはなく、唇が離れることもなかった。
 そうしてしばらくキスをしていた二人がようやく離れると、酒場からはますます大きな野次が飛んできた。下世話な単語が混じりながらも、ヒューゲルさんとアイクを祝福する言葉が飛び交う。気がつけばギルドにいた冒険者たちも、拍手したり「お熱いねぇ」と笑っていたりしながら二人を見ていた。
 もちろん俺も二人のことは祝福していたし、本当によかったと思っている。ただ、自分たちも目の前の二人のように大勢に見られていたのかと思うと、やはり恥ずかしくて居心地が悪い。
 そんな俺の耳に、最後のとどめが飛び込んできた。

「黄金の受付嬢二人ともに凄腕の恋人ができたなんて、そのうち恋愛成就の女神だって拝まれそうだな!」

 黄金の受付嬢に白手袋の女神、さらには恋愛成就の女神なんて、どんな肩書きだろうかと少しだけ頭を抱えた。
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