後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

朏猫(ミカヅキネコ)

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後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

2 帝国に渡った第五王子2

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 帝国に来てひと月が経った。僕はいま、帝国の城の奥にある後宮で暮らしている。
 僕が暮らしている場所は“黄玉宮おうぎょくきゅう”と呼ばれる後宮の一画で、もとは違う名前だったそうだ。それを黄玉宮という名前に変えたのは軍帝だと聞いている。僕の髪が黄玉のような色だからこの名前にしたのだとも聞いた。
 黄玉宮には僕のほかに、祖国から一緒に来た少しのお付きの人たちとわずかな帝国人しかいない。そのお付きの人たちも食事や湯浴みのときしか姿を現すことはなかった。出入り口には屈強な軍人たちがいるため誰かが尋ねてくることもない。誰にも会わず誰とも話さないのは塔での生活を同じだから、取り立てて不便に感じることはない。それでもほんの少し寂しさを感じるのは兄上様に会うことができないからだ。

「ふぅ」

 思わず声が漏れてしまった。最近体がだるいのは体の中に魔力が溜まっているからだろう。いつもならひと月に一度魔石という形で吐き出していたけれど、最後に吐き出したのはふた月ほど前だ。
 まるで澱みのように僕の体に溜まっていく魔力は、魔石として吐き出さなければ自らの体を傷つけてしまう。それを防ぐために兄上様がひと月に一度採取してくれていた。

(でも、もう兄上様に頼ることはできない)

 ここはあの国ではないのだから、兄上様が部屋にやって来ることはない。だからといって自分でする気持ちにもなれず、帝国に来てからずっと放置していた。

(いっそ、このまま魔石を生まなくてもよい体になればいいのに)

 これまで何度も同じことを願ってきた。けれどそうならないことは僕自身が一番よくわかっている。魔石を生み出し続けることが“魔血”であり“魔純の御子”である僕の運命だからだ。

(そうやって僕が生み出した魔石はいろんな魔具を動かす動力に使われる)

 世界中で使われている魔具は魔力がなければ動かない。身近なものでいえば井戸の水を各建物に運ぶ水道や調理に使う火器、それに部屋を照らす灯りも魔具だ。移動に使う魔動式馬車や農作業で使う大型農具、それに家畜を養うための道具の多くも魔具だと聞いている。そうした魔具を動かすには多くの魔力が必要で、昔は魔力を持つ魔術士しか扱えないのが魔具だった。
 そんなとき発見されたのが魔石だった。魔力を蓄えた魔石を使えば魔術士がいなくても魔具を操作することができる。魔石が発見されたことで、誰もが魔具を扱えるようになった。
 魔石の登場は、より多くの魔具が開発されるきっかけにもなった。魔具のおかげで人々の生活はとても便利になったものの、同時に危険な魔具も生み出されることになった。その代表的な魔具が兵器だ。兵器となった魔具も魔石があれば誰でも扱える。この世界はとても便利になり、同時にとても恐ろしい世界へと変わってしまった。
 帝国軍はそんな恐ろしい魔具の兵器をいくつも持っている。しかも他国が持たないような大きなものをもだ。そういう兵器を動かすにはたくさんの魔力が必要で、そのためには大量の魔石を手に入れなくてはいけない。買い集めた魔石の中には、きっと僕が生み出した魔石も含まれていたことだろう。

(……そうじゃない。あんな大きな兵器は僕の魔石でしか動かせないはず)

 帝国に到着した日、軍帝を迎える大勢の民と軍人を見た。そこには人の何倍もの大きさの兵器がいくつも置かれていた。
 あんなに大きく黒く、そして恐ろしい魔具を見たのは生まれて初めてだった。あの場に並んでいた兵器を動かすだけでも、これまで僕が生み出した魔石の半分ほどが必要なんじゃないかと思ったくらいだ。

(僕の生み出した魔石をたくさん買っていたに違いない)

 兄上様が純度の高い魔石を生成する研究をしているけれど完成したとは聞いていない。ということは、いまこの世界であれほど大きな兵器をいくつも動かすことができる魔石は“魔純の御子”である僕が生み出すものしかないということだ。

(つまり、あの国は自分たちが作り出した魔具や魔石に滅ぼされたことになる)

 なんて愚かなんだろう。そうなることに誰も気づかなかったんだろうか。

(……きっとわかっていて売っていたんだ)

 それとも魔石の供給国だから安全だと思っていたのだろうか。
 あの国は魔具と魔石をよその国に売ることで豊かになった。遠い昔からそうして国を豊かにしてきたからこその“魔術士の国”なのだ。優秀な魔術士たちが潤沢な魔石を使い、多くの魔具を開発した。はじめは自分たちのためだったのだろうけれど、よその国に高く売れるとわかるとより一層開発に力を入れた。なかには他国から依頼されて開発した魔具もたくさんあったと聞いている。
 そうして世界中に自分たちの開発した魔具が広がると、今度は魔具を動かすための魔石を売るようになった。そうできたのも、あふれかえるほどの魔石を持つ国だからだ。そうして売られた魔石の中には、僕が生み出すような純度の高い魔石も含まれていたに違いない。

(僕の魔石でなくても、あの国の王族は純度の高い魔石を生み出すことができたから)

 あの国の王族のほとんどは“魔血”の血筋で、男性王族のほとんどが純度の高い魔石を生み出すことができた。そのため男性王族には生まれたときから魔石を生み出す役割が課せられていた。
 そうやって生み出された魔石はルリ兄上様のような魔術士が鑑定し、研磨してから国に納められた。その後どこに売られるかは国が決めることで僕自身は知らない。けれど、高純度の魔石のほとんどは帝国軍に売られたのではないかと思っている。そうでなければ、あんな大きな兵器を使い続けることなど不可能なはずだ。

(あの大きな兵器も、もとは魔術士たちが開発したものなんだろう)

 あの国の魔術士たちが作る魔具は白色を基調にしたものばかりだった。でも、帝国の兵器は真っ黒だ。もしかして自分たちで魔具を作り替えたのだろうか。そうしたことができる魔具も作っていただろうから、結局は自分たちの首を自分たちで絞めたことになる。それでもいいと思っていたのは、巨大化した魔具を動かすために純度の高い魔石を大量に買ってくれると思っていたからかもしれない。

(そうだとしたら、なんて愚かなんだろう)

 僕が生まれ育った国は、自分たちが作った魔具と僕が生み出した魔石によって滅ぼされたことになる。帝国軍に売っていたときには、まさか自分たちが生み出したもので滅ぼさるとは思いもしなかっただろう。こういうのを“自業自得”と言うに違いない。
 膨らんだ欲を満たすために次々と危険な魔具を生み出し、本来やるべきではなかった高純度の魔石すら自分たちの欲のためにたくさん売り渡した僕の祖国。その結果が自滅だとしたら“身から出た錆”と言うしかない。

(その錆は、きっと僕自身だ)

 言われるがままに生み出した魔石は僕の錆びのようなものだ。そのせいで国が滅んだとしたら、帝国に引き渡されたのは当然の報いのような気がする。ルリ兄上様は「幸せになりなさい」と言ってくれたけれど、それは無理なことだ。

 ――後宮に押し込めるなんて。
 ――第五王子というご身分であるのに。
 ――まるで見せしめのような。

 お付きの人たちがヒソヒソと囁いていた言葉を聞いて、「あぁ、そうか」と理解した。王子でありながら後宮に入れられ軟禁されるという屈辱的な仕打ちは、きっと多くの国への見せしめになる。それに後宮に入れられては国の再興も叶わないだろう。敵国の後宮に召し上げられた王子に従う兵も民もいるはずがないからだ。

(僕は見せしめの人質なんだろう)

 それも後宮という、一見すると豪華な鳥籠に入れられた鳥だ。鳥はたださえずるだけで籠の中では何もできない。それに僕を軟禁することで帝国に都合がよいことがほかにもある。

(僕がここにいる限り、高純度の魔石が他国に流出することはない)

 祖国にいる“魔血”の王族たちがどうなったかはわからない。たとえ生き残ることができたとしても最高純度の魔石を生み出せるのは僕だけだ。その僕が帝国の後宮にいる限り、他国が帝国と似たような兵器を手に入れたとしても動かすことはできない。動かせたとしても戦争をするほど動かし続けるのは難しいだろう。
“魔純の御子”を手にした帝国軍は文字どおり最強の軍隊となった。これでもう誰も帝国に逆らうことはできなくなった。たとえ僕が二度と魔石を生み出さなかったとしても、僕を手元に起き続ける限り帝国に逆らう国はなくなったということになる。

「……ふぅ」

 体が熱い。あまりよくない状態だ。本当なら兄上様にお願いして魔石の採取をしてもらいたいけれど、それは叶わない。自分でもできるように最低限のやり方は教えてもらっているものの、内容を考えただけで嫌な気持ちになる。

(それに、これ以上僕が魔石を生み出すのはよくない)

 これ以上僕の錆のような魔石を増やしてはいけない。そう思っているのに、体の奥でくすぶる熱を抱えたままでいるのがつらくて吐き出したくて仕方がなかった。
 どうにかしなくてはと両手を握り締める。覚悟を決めた僕は中庭の散策を中断することにした。そうしてお付きの人に部屋に近づかないようにと告げると、寝室の扉を固く閉じて寝台に潜り込んだ。
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