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後宮に繋がれしは魔石を孕む御子
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僕が軍帝の“お渡り”を受けるようになって、ひと月が経とうとしていた。
軍帝が訪れること以外、僕の日常に変化はない。前の皇帝のときには十数人の妃が住んでいたそうだけれど、僕以外は誰もいないのか後宮はとても静かだ。まるで塔に住んでいたときのように風の音や鳥の鳴き声しか聞こえない。たまにお付きの人たちの声がするけれど、彼らは必要最低限しか会話をしないからか存在自体を忘れそうになる。
(軍帝が来なければ塔と同じかもしれない)
塔のときと違うのは魔石を生み出せと催促されないことだ。そういう意味では兄上様が言ったとおり、僕は幸せな日々を過ごしていることになるのかもしれない。ここでは黄玉宮の中だけでなく広い中庭を散歩することもできる。土を踏みしめ花を愛でることもできる。塔では叶わなかった様々な本を読むことも、魔琴の音色を楽しむこともできた。
(僕は本当に魔石を生み出さなくてもいいんだろうか)
軍帝が僕に魔石を生み出せと命じることはない。逆に「魔石なんか必要ねぇよ」と苦々しい表情で口にする。帝国にはあれだけ大きな兵器がたくさんあるのに、僕が生み出す高純度の魔石が必要ないのはなぜだろう。
(……考えてもわかるわけないか)
中庭にある四阿でそんなことを考えていると、全身真っ白なお付きの人が近づいて来るのが見えた。
「今宵、陛下がお渡りになられます」
「……わかりました」
前回お渡りがあったのは三日前だ。最初は五日に一度だったのが、気がつけば三日に一度と間隔が短くなっている。
(このままだと、そのうち毎日来るようになるかもしれない)
男の妃のもとに来るくらいなら女性の妃のところに行けばいいのに……そう考えた僕は「もしかして」と思った。
(本当に僕以外の妃がいないんじゃ……)
もしそうだとしたら、なぜ僕を妃にしたのだろう。軍帝は帝国の皇帝だ。後継ぎを作るためにも子が生める女性の妃が必要なはずだ。
父上様には何人もの妃がいた。あの国でさえそうなのだから、それより領土が広く強大な帝国なら妃も子の数もたくさんいておかしくない。それなのに僕が後宮に来てからほかの妃の声も幼い声も聞いたことがなかった。
(側近の人たちは何も言わないんだろうか)
初めて軍帝に会ったとき、そばには体の大きな軍人たちが数人立っていた。ほかの軍人と軍服が違っていたから、おそらく側近の人たちだったに違いない。
(側近だと言っていたあの人も何も言わないんだろうか)
軍帝のすぐそばに立っていた、ひときわ大柄な軍人のことを思い出した。ボクトという名前のその軍人は兄上様の身柄を引き取った人でもある。
「この人がわたしの身柄を引き取ってくれる。ボクト様は軍帝の側近なんだよ」
僕にそう紹介したのは兄上様だ。美しい笑みで軍人を見つめる様子に、僕は兄上様はきっと大丈夫だと確信した。
(あの人も何も言わないんだろうか……それとも、誰も軍帝に意見できないとか……?)
そんなことを考えながら四阿を出て建物の中に入った。廊下を歩く足が、部屋が近づくにつれて段々と重くなっていく。そんな僕を呼びに来たのか、前方からお付きの人がやって来た。
「湯浴みの用意が整ってございます。このまま湯殿へお連れいたします」
「もう、ですか?」
いつもなら夕食を少し取ってから湯浴みをする。けれど夕食の時間にはまだ早い。
「お渡りの時間が早まったのでございます」
「そうですか……」
お付きの人の表情は変わらない。きっと「湯浴みは後でいい」と言っても聞き入れてはもらえないだろう。
重い足を引きずるように全身真っ白なお付きの人についていった。すっかり用意が整った湯殿で全身くまなく洗われ、後ろも冷たい管を入れて清められる。いい加減慣れてもよさそうなものなのに僕の体は管の感触に慣れることはなく、入ってくる瞬間はいつも震えてしまった。
(……違う、慣れないんじゃない。この後のことを考えて怖くなるんだ)
行為が怖いだけじゃない。抱かれることで気持ちいいと感じてしまう自分が怖くて仕方なかった。あんなに嫌悪していたはずなのに、いまでは首筋に口づけられるだけで鳥肌が立つほど気持ちいいと思ってしまう。やめてほしいという気持ちは薄れ、むしろあの大きな手に触れてほしいと思うことさえあった。
(僕はどんどん卑しくなっていく)
行為のことを思い出すと、湯殿で清められているときから体が熱くて仕方がなくなる。お腹の奥がどうしようもなく疼き、軍帝の硬く熱い感触を思い出しては背筋がブルッと震えた。
(僕はどうしようもなく卑しい人間になってしまった)
湯浴みが終わると肌の手入れが待っている。その最中でさえ軍帝のことを思い出さずにはいられなかった。最近はいつも軍帝が好きだとこぼした柑橘系の香りの香油を肌に塗り込められる。その香りが鼻をかすめるだけで頭がぼうっとし、はしたなくも後ろがきゅうと動いた。
なんて情けないのだろう。僕はこんなにも快楽に弱い。“魔血”として優秀すぎる体に絶望にも似た気持ちがわき上がってくる。
手入れが終わると毎回真っ白な夜着を着せられた。そうして寝室へ直接繋がっている廊下を一人で歩く。
「……ふぅ」
体の奥に澱んだものを感じる。ひと月前、軍帝に初めて抱かれたあの日、魔石の残骸さえ生み出すことがなかったのに、僕の体からは魔力の澱みが消えていた。なぜ消えたのかわからない。けれど、たしかに消えていた。それがひと月経って再びこうして体の奥に魔力の澱み始めている。
(本当は自分で吐き出せればいいんだけれど)
何度か試そうと思ったものの、残滓さえ出てこない体では魔力を放出することすらできない。軍帝に抱かれるたびに欲を吐き出しているのに澱みだけは溜まり続けている。
「っ」
急に目の前が真っ暗になった。立ちくらみだと思い、足を止める。それでも目の前がグラグラと揺れるのは止まらず、ふっと意識が途切れかけた。
(このままじゃ倒れてしまう)
傾く体を感じたものの、身をよじることもかばうこともできなかった。僕はそのまま身を投げ出すように廊下に倒れた。
軍帝が訪れること以外、僕の日常に変化はない。前の皇帝のときには十数人の妃が住んでいたそうだけれど、僕以外は誰もいないのか後宮はとても静かだ。まるで塔に住んでいたときのように風の音や鳥の鳴き声しか聞こえない。たまにお付きの人たちの声がするけれど、彼らは必要最低限しか会話をしないからか存在自体を忘れそうになる。
(軍帝が来なければ塔と同じかもしれない)
塔のときと違うのは魔石を生み出せと催促されないことだ。そういう意味では兄上様が言ったとおり、僕は幸せな日々を過ごしていることになるのかもしれない。ここでは黄玉宮の中だけでなく広い中庭を散歩することもできる。土を踏みしめ花を愛でることもできる。塔では叶わなかった様々な本を読むことも、魔琴の音色を楽しむこともできた。
(僕は本当に魔石を生み出さなくてもいいんだろうか)
軍帝が僕に魔石を生み出せと命じることはない。逆に「魔石なんか必要ねぇよ」と苦々しい表情で口にする。帝国にはあれだけ大きな兵器がたくさんあるのに、僕が生み出す高純度の魔石が必要ないのはなぜだろう。
(……考えてもわかるわけないか)
中庭にある四阿でそんなことを考えていると、全身真っ白なお付きの人が近づいて来るのが見えた。
「今宵、陛下がお渡りになられます」
「……わかりました」
前回お渡りがあったのは三日前だ。最初は五日に一度だったのが、気がつけば三日に一度と間隔が短くなっている。
(このままだと、そのうち毎日来るようになるかもしれない)
男の妃のもとに来るくらいなら女性の妃のところに行けばいいのに……そう考えた僕は「もしかして」と思った。
(本当に僕以外の妃がいないんじゃ……)
もしそうだとしたら、なぜ僕を妃にしたのだろう。軍帝は帝国の皇帝だ。後継ぎを作るためにも子が生める女性の妃が必要なはずだ。
父上様には何人もの妃がいた。あの国でさえそうなのだから、それより領土が広く強大な帝国なら妃も子の数もたくさんいておかしくない。それなのに僕が後宮に来てからほかの妃の声も幼い声も聞いたことがなかった。
(側近の人たちは何も言わないんだろうか)
初めて軍帝に会ったとき、そばには体の大きな軍人たちが数人立っていた。ほかの軍人と軍服が違っていたから、おそらく側近の人たちだったに違いない。
(側近だと言っていたあの人も何も言わないんだろうか)
軍帝のすぐそばに立っていた、ひときわ大柄な軍人のことを思い出した。ボクトという名前のその軍人は兄上様の身柄を引き取った人でもある。
「この人がわたしの身柄を引き取ってくれる。ボクト様は軍帝の側近なんだよ」
僕にそう紹介したのは兄上様だ。美しい笑みで軍人を見つめる様子に、僕は兄上様はきっと大丈夫だと確信した。
(あの人も何も言わないんだろうか……それとも、誰も軍帝に意見できないとか……?)
そんなことを考えながら四阿を出て建物の中に入った。廊下を歩く足が、部屋が近づくにつれて段々と重くなっていく。そんな僕を呼びに来たのか、前方からお付きの人がやって来た。
「湯浴みの用意が整ってございます。このまま湯殿へお連れいたします」
「もう、ですか?」
いつもなら夕食を少し取ってから湯浴みをする。けれど夕食の時間にはまだ早い。
「お渡りの時間が早まったのでございます」
「そうですか……」
お付きの人の表情は変わらない。きっと「湯浴みは後でいい」と言っても聞き入れてはもらえないだろう。
重い足を引きずるように全身真っ白なお付きの人についていった。すっかり用意が整った湯殿で全身くまなく洗われ、後ろも冷たい管を入れて清められる。いい加減慣れてもよさそうなものなのに僕の体は管の感触に慣れることはなく、入ってくる瞬間はいつも震えてしまった。
(……違う、慣れないんじゃない。この後のことを考えて怖くなるんだ)
行為が怖いだけじゃない。抱かれることで気持ちいいと感じてしまう自分が怖くて仕方なかった。あんなに嫌悪していたはずなのに、いまでは首筋に口づけられるだけで鳥肌が立つほど気持ちいいと思ってしまう。やめてほしいという気持ちは薄れ、むしろあの大きな手に触れてほしいと思うことさえあった。
(僕はどんどん卑しくなっていく)
行為のことを思い出すと、湯殿で清められているときから体が熱くて仕方がなくなる。お腹の奥がどうしようもなく疼き、軍帝の硬く熱い感触を思い出しては背筋がブルッと震えた。
(僕はどうしようもなく卑しい人間になってしまった)
湯浴みが終わると肌の手入れが待っている。その最中でさえ軍帝のことを思い出さずにはいられなかった。最近はいつも軍帝が好きだとこぼした柑橘系の香りの香油を肌に塗り込められる。その香りが鼻をかすめるだけで頭がぼうっとし、はしたなくも後ろがきゅうと動いた。
なんて情けないのだろう。僕はこんなにも快楽に弱い。“魔血”として優秀すぎる体に絶望にも似た気持ちがわき上がってくる。
手入れが終わると毎回真っ白な夜着を着せられた。そうして寝室へ直接繋がっている廊下を一人で歩く。
「……ふぅ」
体の奥に澱んだものを感じる。ひと月前、軍帝に初めて抱かれたあの日、魔石の残骸さえ生み出すことがなかったのに、僕の体からは魔力の澱みが消えていた。なぜ消えたのかわからない。けれど、たしかに消えていた。それがひと月経って再びこうして体の奥に魔力の澱み始めている。
(本当は自分で吐き出せればいいんだけれど)
何度か試そうと思ったものの、残滓さえ出てこない体では魔力を放出することすらできない。軍帝に抱かれるたびに欲を吐き出しているのに澱みだけは溜まり続けている。
「っ」
急に目の前が真っ暗になった。立ちくらみだと思い、足を止める。それでも目の前がグラグラと揺れるのは止まらず、ふっと意識が途切れかけた。
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