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後宮に繋がれしは魔石を孕む御子
11 軍帝という人
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廊下で倒れた日から黄玉宮に兄上様がやって来るようになった。兄上様が言うには、伴侶であるボクト様を通じて軍帝から許可を得たのだそうだ。本来、後宮に男性が立ち入ることはできない。でも、いまは男の僕しかいない。だから許可が下りたのだろう。
(兄上様も軍帝の妃は僕一人だと言っていたけれど……でも、本当にそれでいいんだろうか)
そのことがずっと頭から離れなかった。でも、気になる理由は以前とは違う。
(もし女性の妃が後宮に入ったら、軍帝はきっと僕のところへは来なくなる)
誰だって男の妃より女性の妃のほうがいいはずだ。それにいつかは女性の妃を迎えることになるはず。そのとき僕は冷静でいられるだろうか。
(まさか僕がこんなことを考えるなんて思いもしなかった)
兄弟の誰が婚姻しようと気にしたことはない。唯一気になったのはルリ兄上様のことで、自分自身の婚姻のことさえ気にならなかった。それなのに軍帝のことが気になって仕方がない。
(気になることは直接軍帝に尋ねればいいと兄上様は言ったけれど……)
ちらりと軍帝を見る。軍帝の顔を見たのは十日ぶりだ。十日ぶりに話しかける内容が「ほかの妃は来ないのか」というのはよくない気がする。それでもいま聞かなければずっと気になってしまうだろう。
「あの、」
声を出すと赤い眼が僕を見た。その眼にドキッとしながら「尋ねたいことがあります」と口にする。
「なんだ?」
じっと僕を見る視線が怖い。僕の浅ましい気持ちまで見透かされるような気がして、そっと視線を外した。
「この後宮には……僕以外の妃は入らないんでしょうか」
言い終わると、軍帝が「はぁ」と大きなため息をついた。機嫌を損ねたと思い、視線だけでなく顔も背ける。
「ようやくおまえから話しかけてきたと思ったら、そんなくだらねぇことか」
「くだらなくはないと……思います」
「くだらねぇな。どうしておまえ以外の妃を迎える必要がある? せっかく後宮を綺麗さっぱり掃除したっていうのに」
ちらっと視線を向けた先にあったのは、明らかに不機嫌そうに眉を寄せる軍帝の顔だった。
(やっぱり尋ねるべきじゃなかった)
後悔しながら、軍帝の返事に心の奥がむずむずした。まるで僕だけを妃でいさせてくれるような返事に、居心地が悪いようなそわそわするような奇妙な感覚になる。
「そもそも女の妃は無駄に金がかかる。子どもができればできたで後継ぎがどうこうと騒ぎを大きくして問題を起こす。前の皇帝の妃たちがいい例だ」
前の皇帝には大勢の妃がいたと聞いている。そのぶん子どももたくさんいたようで、後継ぎ問題から身内同士の大きな争いに発展したのだと聞いた。それが段々と広がっていき、国を危うくするまでになったのだという。
「それに後宮を一掃するのはオオルリからの条件の一つでもあったしな」
「兄上様からの……?」
「この国を手に入れ、後宮を一掃する。そして後宮にはカナリヤ、おまえだけを住まわせる。オオルリからの条件ではあるが、俺もそうしようと考えていた」
「利害の一致だな」と続く軍帝の言葉は僕の耳に入っていなかった。
(僕だけを住まわせる……僕だけが、この人の妃……)
胸の奥から熱い何かがせり上がってくる。くすぐったいようなむず痒いような感覚に肌がほんの少し火照った。
「それに俺はほしいものは必ず手に入れる主義だ。どんな手を使ってでもだ。そのために邪魔なものを排除することにためらったりはしない。皇帝も妃たちも文官も武官も、俺に逆らう奴らは全員排除した」
赤い眼がぎらりと光った。
「おまえを閉じ込めているあの国もぶっ壊した。そうしないとおまえを手に入れることができなかったからな」
ふわふわと浮き上がっていた気持ちがストンと落下した。背中がゾクッとし、体の芯が真冬の水に浸されたように冷たくなった。
(つまり……あの国は僕のせいで滅んでしまった、ということ……)
生まれてから十八年間、僕の中に王子であるという自覚は一欠片もなかった。王宮に入ったことはなく民たちを見たこともないから仕方がないかもしれない。唯一自分が王子だと実感するのは魔石を生み出すときだけだった。
それでも自分のせいで国が滅んだと聞けば胸が痛む。見たことのない民たちがどうなったのか、会ったことのない兄弟や王族たちがどうなったのか、いまさらながら考えた。
「おまえを手に入れるのに半年近くもかかった。あの国はクソ面倒な魔具が多くて手を焼いたが、ま、こうして無事に手に入れることができたんだからチャラってところだな」
軍帝の手が僕の頬を撫でる。恐ろしいことを口にした直後だというのに手つきは優しく、やっぱり兄上様を思い出させた。
(僕にはこの人しかいない)
なぜかそう感じた。この人なら僕を確実に守ってくれる、そんな気がした。
「……あなたは、僕を愛してくれますか?」
気がついたらそんな言葉が口を突いて出ていた。僕のせいで国が滅んだことも、それを行ったのが目の前の人物であることも遠い彼方のことのように感じる。これまでのあの国での出来事が物語の中のようなあやふやな感覚になった。
赤い眼をじっと見つめる。僕の瑠璃色の眼とは違う激しい色の瞳には、いま僕しか映っていない。それが心地よくて仕方がなかった。
「おまえはおもしろいな。祖国を滅ぼした俺に愛してくれるかと聞くのか?」
「はい」
「ははっ。聞いていたより俺好みだ。それがおまえの本性ってやつか」
軍帝の手が耳を摘んだ。それだけでうなじがゾクッと震える。小さく息を呑みながら目を閉じると、「可愛い反応だな」と笑った軍帝が首筋をするりと撫でた。
「おまえを初めて見たのは、おまえがまだ小せぇガキの頃だ」
突然始まった話に目を開いた。僕を見る軍帝の表情は優しく穏やかだ。
「見た瞬間、おまえは俺のものだと確信した。俺にしか扱えない代物だとすぐにわかった。案の定、あのクソ親父は塔になんぞに閉じ込めやがった。てめぇが扱い切れねぇなら俺にさっさと渡せばいいものを、強欲すぎた結果があれだ。ったく、どの国の王もろくな奴がいねぇ」
僕を見つけたのは諜報という任務の最中だと軍帝が言葉を続けた。そのとき兄上様と知り合い、それから密かに魔石を生み出す魔具の共同研究を始めたのだという。
「俺にとって魔石はただの道具だ。道具は道具が生み出せばいい。それを人に生み出させるなんざ反吐が出る」
軍帝の指先が触れていた鎖骨のあたりがチリリとした。まるで魔力が触れたような感覚がするのはなぜだろう。
(軍帝は魔術士じゃないのに……)
それなのに指先が触れている肌はたしかにチリリとする。まるで本で読んだ南の国の日差しのようだと思いながら軍帝の話に耳を傾けた。
「前にも言ったが魔石なんざどうでもいい。むしろこの世からなくなればいいと思っている。魔石があるせいで軍人は魔具にこき使われ余計な争いに巻き込まれてきた。散々な目に遭ってきた。しかも帝国は高火力の魔具を阿呆ほど買い漁り、ますます軍人をこき使おうとしやがった。それを使うためにバカ高い金を払って魔石を買い求めていたのが前の皇帝だ」
軍帝の赤い眼がギラッと光った。
「買い漁るだけじゃ物足りなくなった皇帝は、さらに火力の強い兵器にしようとあちこちいじり始めた。しかもそれを戦場に持ち込みやがった。魔術士じゃねぇ素人がいじった挙げ句、試し撃ちすらしてないものをな」
肌に触れる軍帝の指先がさらに熱くなる。それが軍帝の怒りを表しているような気がするのは僕の気のせいだろうか。
「そんな武器がまともに動くはずがねぇ。敵と戦って死ぬならまだしも、味方の魔具の暴走で命を落とすなんざ馬鹿げてる。そうなることがわかっていて皇帝はいじった魔具を戦場に送り込みやがった。軍人はいい実験道具ってわけだ」
その兵器を動かすために僕が生み出した魔石を使っていたに違いない。僕の魔石は僕が生まれた国だけでなく帝国をも危険にさらしていたということだ。
「そんなクソみたいな皇帝の首を俺がはねた。これ以上俺たちを蹂躙する奴が出てこないように帝国は軍のものにした。そのために俺は大勢の首をはねてきた。どうだ? 俺が怖いか? こんな俺に、おまえはまだ愛してくれるのかなんて尋ねられるか?」
赤い眼がギラギラと光っている。まるでこの部屋にある魔具に埋め込まれた魔石のようだ。
(激しい色は怖いと思う。でも、とても綺麗だ)
燃えるような赤眼はまるで軍帝の魂のようだと思った。軍帝の魂になら、この熱になら燃やされてもかまわない。軍帝なら、きっと魔石を生み出し続けた僕の罪ごと燃やし尽くしてくれるだろう。
「はい」
僕はこの苛烈な熱に焼き尽くされたい。
「俺は血にまみれてるぞ?」
「かまいません。それに……僕が生み出した魔石は、きっとあなた以上に血にまみれていると思います」
だから僕はあなたがいい。もう、あなたを怖いとは思わない。軍帝と僕はきっと同じものだから。
「ははっ。オオルリが言ってた以上だな。三十年生きてきたが、こんなおおしろい奴に出会ったのは初めてだ」
「三十年……ということは」
「俺はお前より十二歳も年上だ。こんなオヤジにいいように抱かれて気持ち悪くないか?」
たった十二歳の違いを、どうして気持ち悪いなんて言うのだろうか。
「母上様は十一歳で初潮を迎え、すぐに伯父である父上様の妃になったと聞いています。そのとき父上様は三十歳を過ぎていました。十二歳の差程度で驚いたりはしません」
「……あのクソオヤジ、つくづくろくでもねぇ奴だな」
舌打ちをする様子でさえ美しいと思った。強く美しい軍帝から目が離せない。苛烈な性格も乱暴な言葉遣いも、なにもかもが僕を惹きつける。
(……そうか、これが恋い慕うという気持ちなんだ)
まさか僕の中にそんな気持ちがあるとは思わなかった。
(僕は、きっとこの人のことを愛している)
胸の奥がふわっと温かくなった。同時に体の奥底でゆらりと揺らめくものを感じる。魔力の澱みにしては何かが違う。何だろうと意識が逸れた僕の唇を軍帝がするりと撫でた。
「カナリヤ、おまえは俺に愛されたいか?」
低い声とギラギラした赤い眼に意識が吸い寄せられた。見つめられるだけで肌が火照り、お腹の奥がどうしようもなく疼く。
「あなたに愛されたいです」
「いい答えだ。今夜は泣いても嫌だと言ってもやめないからな。覚悟しろ」
ぼうっと霞む意識の中で僕はこくりと頷いた。
(兄上様も軍帝の妃は僕一人だと言っていたけれど……でも、本当にそれでいいんだろうか)
そのことがずっと頭から離れなかった。でも、気になる理由は以前とは違う。
(もし女性の妃が後宮に入ったら、軍帝はきっと僕のところへは来なくなる)
誰だって男の妃より女性の妃のほうがいいはずだ。それにいつかは女性の妃を迎えることになるはず。そのとき僕は冷静でいられるだろうか。
(まさか僕がこんなことを考えるなんて思いもしなかった)
兄弟の誰が婚姻しようと気にしたことはない。唯一気になったのはルリ兄上様のことで、自分自身の婚姻のことさえ気にならなかった。それなのに軍帝のことが気になって仕方がない。
(気になることは直接軍帝に尋ねればいいと兄上様は言ったけれど……)
ちらりと軍帝を見る。軍帝の顔を見たのは十日ぶりだ。十日ぶりに話しかける内容が「ほかの妃は来ないのか」というのはよくない気がする。それでもいま聞かなければずっと気になってしまうだろう。
「あの、」
声を出すと赤い眼が僕を見た。その眼にドキッとしながら「尋ねたいことがあります」と口にする。
「なんだ?」
じっと僕を見る視線が怖い。僕の浅ましい気持ちまで見透かされるような気がして、そっと視線を外した。
「この後宮には……僕以外の妃は入らないんでしょうか」
言い終わると、軍帝が「はぁ」と大きなため息をついた。機嫌を損ねたと思い、視線だけでなく顔も背ける。
「ようやくおまえから話しかけてきたと思ったら、そんなくだらねぇことか」
「くだらなくはないと……思います」
「くだらねぇな。どうしておまえ以外の妃を迎える必要がある? せっかく後宮を綺麗さっぱり掃除したっていうのに」
ちらっと視線を向けた先にあったのは、明らかに不機嫌そうに眉を寄せる軍帝の顔だった。
(やっぱり尋ねるべきじゃなかった)
後悔しながら、軍帝の返事に心の奥がむずむずした。まるで僕だけを妃でいさせてくれるような返事に、居心地が悪いようなそわそわするような奇妙な感覚になる。
「そもそも女の妃は無駄に金がかかる。子どもができればできたで後継ぎがどうこうと騒ぎを大きくして問題を起こす。前の皇帝の妃たちがいい例だ」
前の皇帝には大勢の妃がいたと聞いている。そのぶん子どももたくさんいたようで、後継ぎ問題から身内同士の大きな争いに発展したのだと聞いた。それが段々と広がっていき、国を危うくするまでになったのだという。
「それに後宮を一掃するのはオオルリからの条件の一つでもあったしな」
「兄上様からの……?」
「この国を手に入れ、後宮を一掃する。そして後宮にはカナリヤ、おまえだけを住まわせる。オオルリからの条件ではあるが、俺もそうしようと考えていた」
「利害の一致だな」と続く軍帝の言葉は僕の耳に入っていなかった。
(僕だけを住まわせる……僕だけが、この人の妃……)
胸の奥から熱い何かがせり上がってくる。くすぐったいようなむず痒いような感覚に肌がほんの少し火照った。
「それに俺はほしいものは必ず手に入れる主義だ。どんな手を使ってでもだ。そのために邪魔なものを排除することにためらったりはしない。皇帝も妃たちも文官も武官も、俺に逆らう奴らは全員排除した」
赤い眼がぎらりと光った。
「おまえを閉じ込めているあの国もぶっ壊した。そうしないとおまえを手に入れることができなかったからな」
ふわふわと浮き上がっていた気持ちがストンと落下した。背中がゾクッとし、体の芯が真冬の水に浸されたように冷たくなった。
(つまり……あの国は僕のせいで滅んでしまった、ということ……)
生まれてから十八年間、僕の中に王子であるという自覚は一欠片もなかった。王宮に入ったことはなく民たちを見たこともないから仕方がないかもしれない。唯一自分が王子だと実感するのは魔石を生み出すときだけだった。
それでも自分のせいで国が滅んだと聞けば胸が痛む。見たことのない民たちがどうなったのか、会ったことのない兄弟や王族たちがどうなったのか、いまさらながら考えた。
「おまえを手に入れるのに半年近くもかかった。あの国はクソ面倒な魔具が多くて手を焼いたが、ま、こうして無事に手に入れることができたんだからチャラってところだな」
軍帝の手が僕の頬を撫でる。恐ろしいことを口にした直後だというのに手つきは優しく、やっぱり兄上様を思い出させた。
(僕にはこの人しかいない)
なぜかそう感じた。この人なら僕を確実に守ってくれる、そんな気がした。
「……あなたは、僕を愛してくれますか?」
気がついたらそんな言葉が口を突いて出ていた。僕のせいで国が滅んだことも、それを行ったのが目の前の人物であることも遠い彼方のことのように感じる。これまでのあの国での出来事が物語の中のようなあやふやな感覚になった。
赤い眼をじっと見つめる。僕の瑠璃色の眼とは違う激しい色の瞳には、いま僕しか映っていない。それが心地よくて仕方がなかった。
「おまえはおもしろいな。祖国を滅ぼした俺に愛してくれるかと聞くのか?」
「はい」
「ははっ。聞いていたより俺好みだ。それがおまえの本性ってやつか」
軍帝の手が耳を摘んだ。それだけでうなじがゾクッと震える。小さく息を呑みながら目を閉じると、「可愛い反応だな」と笑った軍帝が首筋をするりと撫でた。
「おまえを初めて見たのは、おまえがまだ小せぇガキの頃だ」
突然始まった話に目を開いた。僕を見る軍帝の表情は優しく穏やかだ。
「見た瞬間、おまえは俺のものだと確信した。俺にしか扱えない代物だとすぐにわかった。案の定、あのクソ親父は塔になんぞに閉じ込めやがった。てめぇが扱い切れねぇなら俺にさっさと渡せばいいものを、強欲すぎた結果があれだ。ったく、どの国の王もろくな奴がいねぇ」
僕を見つけたのは諜報という任務の最中だと軍帝が言葉を続けた。そのとき兄上様と知り合い、それから密かに魔石を生み出す魔具の共同研究を始めたのだという。
「俺にとって魔石はただの道具だ。道具は道具が生み出せばいい。それを人に生み出させるなんざ反吐が出る」
軍帝の指先が触れていた鎖骨のあたりがチリリとした。まるで魔力が触れたような感覚がするのはなぜだろう。
(軍帝は魔術士じゃないのに……)
それなのに指先が触れている肌はたしかにチリリとする。まるで本で読んだ南の国の日差しのようだと思いながら軍帝の話に耳を傾けた。
「前にも言ったが魔石なんざどうでもいい。むしろこの世からなくなればいいと思っている。魔石があるせいで軍人は魔具にこき使われ余計な争いに巻き込まれてきた。散々な目に遭ってきた。しかも帝国は高火力の魔具を阿呆ほど買い漁り、ますます軍人をこき使おうとしやがった。それを使うためにバカ高い金を払って魔石を買い求めていたのが前の皇帝だ」
軍帝の赤い眼がギラッと光った。
「買い漁るだけじゃ物足りなくなった皇帝は、さらに火力の強い兵器にしようとあちこちいじり始めた。しかもそれを戦場に持ち込みやがった。魔術士じゃねぇ素人がいじった挙げ句、試し撃ちすらしてないものをな」
肌に触れる軍帝の指先がさらに熱くなる。それが軍帝の怒りを表しているような気がするのは僕の気のせいだろうか。
「そんな武器がまともに動くはずがねぇ。敵と戦って死ぬならまだしも、味方の魔具の暴走で命を落とすなんざ馬鹿げてる。そうなることがわかっていて皇帝はいじった魔具を戦場に送り込みやがった。軍人はいい実験道具ってわけだ」
その兵器を動かすために僕が生み出した魔石を使っていたに違いない。僕の魔石は僕が生まれた国だけでなく帝国をも危険にさらしていたということだ。
「そんなクソみたいな皇帝の首を俺がはねた。これ以上俺たちを蹂躙する奴が出てこないように帝国は軍のものにした。そのために俺は大勢の首をはねてきた。どうだ? 俺が怖いか? こんな俺に、おまえはまだ愛してくれるのかなんて尋ねられるか?」
赤い眼がギラギラと光っている。まるでこの部屋にある魔具に埋め込まれた魔石のようだ。
(激しい色は怖いと思う。でも、とても綺麗だ)
燃えるような赤眼はまるで軍帝の魂のようだと思った。軍帝の魂になら、この熱になら燃やされてもかまわない。軍帝なら、きっと魔石を生み出し続けた僕の罪ごと燃やし尽くしてくれるだろう。
「はい」
僕はこの苛烈な熱に焼き尽くされたい。
「俺は血にまみれてるぞ?」
「かまいません。それに……僕が生み出した魔石は、きっとあなた以上に血にまみれていると思います」
だから僕はあなたがいい。もう、あなたを怖いとは思わない。軍帝と僕はきっと同じものだから。
「ははっ。オオルリが言ってた以上だな。三十年生きてきたが、こんなおおしろい奴に出会ったのは初めてだ」
「三十年……ということは」
「俺はお前より十二歳も年上だ。こんなオヤジにいいように抱かれて気持ち悪くないか?」
たった十二歳の違いを、どうして気持ち悪いなんて言うのだろうか。
「母上様は十一歳で初潮を迎え、すぐに伯父である父上様の妃になったと聞いています。そのとき父上様は三十歳を過ぎていました。十二歳の差程度で驚いたりはしません」
「……あのクソオヤジ、つくづくろくでもねぇ奴だな」
舌打ちをする様子でさえ美しいと思った。強く美しい軍帝から目が離せない。苛烈な性格も乱暴な言葉遣いも、なにもかもが僕を惹きつける。
(……そうか、これが恋い慕うという気持ちなんだ)
まさか僕の中にそんな気持ちがあるとは思わなかった。
(僕は、きっとこの人のことを愛している)
胸の奥がふわっと温かくなった。同時に体の奥底でゆらりと揺らめくものを感じる。魔力の澱みにしては何かが違う。何だろうと意識が逸れた僕の唇を軍帝がするりと撫でた。
「カナリヤ、おまえは俺に愛されたいか?」
低い声とギラギラした赤い眼に意識が吸い寄せられた。見つめられるだけで肌が火照り、お腹の奥がどうしようもなく疼く。
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「いい答えだ。今夜は泣いても嫌だと言ってもやめないからな。覚悟しろ」
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