後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

朏猫(ミカヅキネコ)

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後宮に繋がれし王子と新たな妃

4 新しい妃2

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 お茶会の翌日、僕はまたお茶会に誘われるかもしれないと少しだけ身構えていた。けれど、ツアル姫のお付きの女性が黄玉宮にやって来ることはなかった。それにホッとしつつ、いつもよりモヤモヤとしたものを感じて気分が重くなる。日課の散歩に出てはみたものの気分が晴れることもない。

(兄上様がいたら話を聞いてもらえたのに)

 そんなことを思ってしまった自分にハッとした。いつでも兄上様に会えるようになったとはいえ、それでは甘えすぎだ。塔にいたときとは違い、ここでは中庭の散歩や読書、それに見たことがない花々を楽しむこともできる。そんな贅沢な暮らしをしているのに、これ以上兄上様に迷惑をかけるわけにはいかない。

(それに兄上様も忙しいのだろうし)

 祖国で魔石を専門に扱う魔術士だった兄上様は、帝国では魔具の開発に携わっているのだそうだ。魔具の話をする兄上様はとても楽しそうで、きっと昔から魔具に携わりたかったに違いない。ようやく夢を叶えた兄上様に心配をかけるようなことはしたくなかった。それに今度は僕が兄上様を助ける番だ。

(そう思ってはいるけれど、結局僕は何の役にも立っていない)

 兄上様は「カナの魔力のおかげで人工魔石の純度を測ることができる。助かっているよ」と言ってくれた。でも、本当に僕の魔力が役に立っているのか僕にはわからない。

(兄上様が戻ってくるのは五日後か)

 つまり軍帝が戻って来るのも五日後ということになる。そう思ったからか、つい「会いたいな」と口にしてしまった。
 途端に会いたくてたまらない気持ちがあふれ出した。会って、あの低い声で「カナ」と呼んでほしい。燃えるような赤い眼で僕を見てほしい。そう思うだけで体の奥が熱くなった。同時に澱んだものがわざりと動くような感覚に襲われた。

(僕の魔力はすっかり軍帝が喰らったはずなのに)

「ふぅ」とため息をつき、なんとか熱を散らす。それでもチリチリと焼けるような熱が体の奥を刺激する。
 しばらくするとツアル姫から贈り物があるので会いたいという連絡が来た。本当は会いたくない。ツアル姫を思い出すだけで気が重くなる。けれど断る理由もない。それに、いずれは軍帝の正妃になる姫の訪問を断るのは失礼だ。僕は「わかりました」と答え、それからもう一度小さく息を吐いた。
 部屋にやって来たツアル姫は、服をたくさん手にしたお付きの女性たちを何人も引き連れていた。どうしたのだろうと見ていると、お付きの女性が服を飾る魔具を用意し始める。そこにほかの人たちが次々と服を飾った。すべて男性が着るような服で、随分高級な生地を使っているように見える。

「すべてカナリヤ様のために仕立てたものですわ。お気に召しましたらよいのですけれど」

 呆然と見ていた僕にツアル姫がそう説明した。まさか僕のための服だとは思わず、驚いてツアル姫を見る。

「あの、これを僕に……?」
「えぇ、そうですわ」

 淡い空色のドレスを着たツアル姫は、今日も髪を綺麗に結い上げて色とりどりの髪飾りを付けていた。胸には真っ赤な宝石の首飾りがキラキラと光っている。

「後宮に残る妃が後宮を去る妃に贈り物をするのが帝国の慣習ですの。本来なら首飾りや髪飾りを贈るのですけれど、カナリヤ様は男性ですからそういったものは必要ないでしょう? だから、代わりに服を何着か仕立てさせましたの。わたくしの生家が昔から懇意にしている仕立て屋ですから、品も腕も保証しますわ」

 もう一度並べられた服を見た。離れたところから見ても、とてもよい品だということがわかる。それに生地だけでなく刺繍もすばらしかった。はっきりとは見えないけれどボタンにも刺繍が施されているように見える。軍帝が着ているものとは違うけれど、おそらく帝国の貴族が着る服に違いない。

(そんな服を、どうして僕に……?)

 なぜツアル姫は僕に服を贈ろうと考えたのだろうか。

(そういえば後宮を去る妃って……)

 嫌な予感がした。胸がグッと重くなるのを感じながら並んだ服を見る。

「やはり少し地味でしたかしら」

 ため息をつくようなツアル姫の言葉に、慌てて「そんなことはありません」と答えた。服が地味かどうかはわからないけれど、高価なものだということはわかる。それでも何も言えなかったのは受け取る理由がわからないからだ。

「去られる方が身につけるものですから、あまり派手になってはよくないかと思いましたの。どちらへ降嫁されるのか存じ上げませんけれど、いずれの家格に行かれても大丈夫なように仕立てていますから、そこは安心してくださいませ」
「こうか……?」

 聞いたことがない言葉に、思わずツアル姫を見た。

「あら、ご存知なくて? 後宮を去る妃は、家臣のどなたかに嫁がれることが多いのですわ。陛下の妃であった方を娶るのですから、家臣にとっては至上の誉れ。陛下にとっても家臣への褒美としてこれほどのものはありませんもの」

 ツアル姫の指が真っ赤な宝石を意味ありげに撫でている。

「それで、カナリヤ様はいつ後宮をお出になりますの?」

 僕を見る碧眼が笑っているように見えた。


 気がついたら窓の外が真っ暗になっていた。途中でお付きの人たちが部屋の魔燈をつけてくれたような気がするけれど、いつ夜になったのかよくわからない。
 灯りに照らされた部屋には、ツアル姫が持って来た何着もの服が飾られたままだった。それらをぼんやりと眺めながら、後宮を去る僕への贈り物だというツアル姫の言葉を思い出す。
 そういえば、僕はちゃんとお礼を言っただろうか。思い出そうとしけれど、頭がぼんやりしてよくわからない。それ以前にツアル姫たちがいつ部屋を出て行ったのかさえ思い出せなかった。
 ツアル姫を思い出すと体の奥で澱みがゆっくりと渦巻く気がする。溜まっているはずがない澱みを感じて眉をひそめた。

(まだ溜まるには早すぎる)

 そもそも毎日のように軍帝に魔力を喰われている僕の中に澱むほどの魔力が溜まるとは思えない。たとえ僕が高純度の魔石を生み出せるほどの魔力を持っていたとしても、たった数日で渦巻くほど溜まるとも思えなかった。
 それなのに、体の奥深くで澱んだものがグネグネと蠢いている。いつもならゆらゆらと揺れているだけなのに、それよりもずっと重いものが渦を巻きうねるように動いていた。
 この日、僕は帝国に来て初めて夕食を食べることができなかった。どうしても喉を通らず、果実水だけを飲んで下げてもらう。体が重くて湯浴みも拒否した。てっきり無理やり湯殿に連れて行かれると思っていたけれど、お付きの人たちは何も言うことなく部屋を出て行った。

(これも軍帝の指示なのかな)

 真っ白なお付きの人たちを見送った僕は、寝台に倒れ込むように横になった。
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